19 今度のルナは有段者

5月16日、木曜日。ルナと体育館に来た。


勇太は、柔道部に入りたい。


この学校には武道場がない。


柔道部は月、水、木曜日に体育館の隅に畳を敷いて、練習をする。


梓が所属するバドミントン部と活動日が被る。梓に迷惑をかけないか少し気がかりだが、とりあえず来てみた。


ちょうど、今日の準備係の女子生徒2人が、用具室から畳を出すところだった。校長が無駄な長話をするステージの前に、すでに2枚敷いてある。


テンションが上がった。


「部長、入部希望者連れてきましたよ~」

「よろしくお願いしま~す」


「わ、男子だ。最近、ルナさんと仲良くなったというエロカワさんだ・・」


「私が部長のカガワだ。おめえ、坂元だったよな。ルナ、入部希望者が男子だとは聞いてなかったぞ」


勇太は驚かれることにも慣れてきた。


「はい、入部希望。俺なんかで悪いっすけど・・ははは」


「え」「は」


1年生3人、2年生1人、3年生2人の柔道部らしい。


部長のカガワだけ、勇太とほぼ同じ体格。残りは軽量級か。


評価が低い勇太だとばれたが、そこまで嫌そうでもない。


部員の中に前世と一致する顔がある。思わずカガワ時子の前に行った。


勇太は懐かしい。前世では高校入学と同時に柔道部に入った。


時子はルナを指導してくれて。ルナは短期間で時子を慕うようになった。


今世ではルナとパラレル時子は柔道を通じて早くから知り合っている。


前世では柔道部員も暖かかった。


勇太の病気が進行して退部しても、みんな良くしてくれた。ギリギリまでやれることを探してくれた。


最後に学校に通えた高1の2月を過ぎても、部員として所属させてもらった。


「とりあえず、畳並べるの手伝わせてもらうね」


教室で学んだ。どうせマイナススタートなのだ。


好かれることがなくても、グイグイいきたい。


せっかくの拾った人生。


女子部員が全員そろって驚いているけれど、気にせず動いた。


前世でも畳を干して、敷き直したりした。


畳を並べた。前世では放課後に畳を拭いて、基礎トレをしながら先輩を待ったことを思い出した。


あっという間に畳を敷き終わった。そして道着に着替えた。



バドミントン部も準備していて梓がいた。手を振ったら、多くの部員の人も手を振り返してくれた。


「うん、同じスペースで切磋琢磨する者同士、陰キャにも優しい」


「おい坂元、冷やかしじゃねえよな」


「はい、時子部長、真剣です。あ、すみませんカガワさん。馴れ馴れしすぎましたね」


「い、いや時子でいいぞ・・」


カガワ時子、もうすぐ18歳。下の名前を男子に呼ばれたのは、なにげに初めてである。


「基礎練習、技のやり方は頭の中に入ってます。技の体系が違うけど、合気道なら長くやったよ」


「ふむ。男子の指導方法が分からん。適度に基礎練習をして、乱取りでもやるか」


勇太は、腹ばいになって匍匐前進の動きや、通称エビという動きをやり始めた。


すごく懐かしい。


体は動く。ただし、パラレル勇太に何の蓄積もないので最初は感覚と一致しない。


今の体ではこすれたところが、あっという間に赤くなった。


だけど勇太はやめない。ランニングで確認した。体力が切れても5~15分ほど眠れば1時間は動ける。


畳がない場所でも腹筋、腕立て伏せ。次々と繰り返した。


膝と肘がすりむけて血がにじんでいた。それに汗も噴き出た。


1回目は20分でグロッキー。その場で大の字に寝転んだ。


カガワ時子は驚いている。


勇太の動きに変な部分もあるが、武道の基礎を知っている。それにタフだ。


悪評は聞いているけれど、偶然にも接点ゼロ。印象は好転している。


さらに20分ほどして、女子部員は立ち技の練習に入った。勇太は久々なので、もう少し基礎をやると言う。


体育館を這いずり回ることに集中する勇太。


今、柔道部だけでなくバドミントン部、バスケ部も、みんな手を止めて勇太を見ている。


勇太は、かなりの勢いで基礎訓練をした。10分ほど寝転んだあと、しっかり立った。


柔軟運動をしたあと、畳の上に来た。


「部長、俺もみんなに加わっていい?」


「お、おう」


「じゃあ、最初はルナお願い」


みんな手を止めた中、勇太とルナが向き合った。勇太にすれば5年ぶりである。


他の部の人間も2人を見ている。


ルナは希少な男子と、どう組み合っていいものか迷っていたが、勇太の方から組んできた。ルナも反応した。



「あれ、この感覚って・・やべっ」ルナからの重圧がすごい。


ルナはルナだけど、パラレルルナは柔道の熟練者。よく見ると黒帯だ。


「いい感じだね勇太君、足の運び方は鍛練されてるね」

「ルナもすげえ!」


身長差を生かして奥襟を取りに行った勇太の懐に、ルナが入ってきた。


「げ、ルナのレベルが違い過ぎ」


そう呟いたときには、勇太の体は宙を舞っていた。


ぱーんといい音がして、勇太は畳にたたきつけられた。


時子部長がいつの間にか審判をしていた。


「惜しいルナ、背負い投げで技ありだな」


勇太は挽回するため寝技に持ち込もうとした。逆に熟練者のルナは、先に左手で勇太の首を巻き、押さえ込みの態勢に入った。


手を抜いて技から逃れようとした勇太の道着がはだけた。


「え」「わ」「おうっ」


「ゆ、勇太君、インナー・・・」


ここは男女比1対12の世界。周囲には肉食系女子のみ。


ルナの前にはフェロモン男子の胸、乳首、腹筋。そして自分だけにモテればいいという、勇太の言葉を思い出した。鼻血が噴き出してきた。


一方勇太は、真剣な柔道モード。力が抜けたルナの隙を見逃さなかった。


ロックされていた腕を抜いて、ルナの道着の背中をつかんで引きはがした。


ところが・・


ルナが無防備すぎたため、おでこが畳に当たった。


「きゃっ」「ルナ!」


慌てて起き上がった勇太が見たものは、おでこが赤くなって鼻血まみれのルナ。


「ルナ!」



勇太はルナの鼻血が100パーセント興奮からだと気付かない。



慌ててルナを抱き上げた。



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