12 私は出会ってしまった

◇ルナ◇


坂元くん・・いや、勇太君に抱き締められたあと、家に送ると言われた。


え?と聞き返してしまった。


普通は同じ肉食系女子から希少な男の子を守るため、私が送るべきでしょ。


優しくて変な人だ。


今、顔が火照ったまんま1人で歩いている。



勇太君は、私に会えたからって泣いていた。


月曜日の朝、学校の最寄駅で待ち合わせもした。


そこまで思われてるのに、やっぱり、会った記憶がない。



私の家族は双子の妹・純子、純子を大人にしたような母親。


そして、この世界には珍しく父親が同居している。


父は現代日本なのに、一夫一妻を貫いている。


父、母、妹は高身長で細面の美形ばかり。鼻も高くて目も大きい。3人ともスレンダー高身長。


私は誰にも似てない。丸顔で目も細い。そして身長は155センチで胸もひとりだけ大きい。


だけど両親に、愛されている。


あまりに私が両親に似ていないから、法事のとき叔母が騒いだこともある。


この叔母は、自分の仕事を有利に動かすために、父に2人目の妻を娶ることを勧めていた。拒否した恨みだった。


父は、叔母に大きな音が鳴るくらいのビンタをした。


そして父は、私を抱き締めた。


大きくなっても妹の純子とふたりして、父と仲が良かった。会話も多く冗談も言い合えた。


ほぼ毎日、一緒にご飯を食べて、食後のお茶を飲みながら談笑していた。


父親がいる女子がいても、完全な同居、そして父親の時間を多くもらえる子は稀な世界。


私達の日常は、普通の同級生が経験していない。


妹の純子は、父と培った話術を魅力のひとつとして、すごくモテる。


私はその経験値があって、何とか人とのコミニュケーションが取れている。


だからなのか、私にも伊集院光輝君という男子が話しかけてくれる。


きっと父親で男性に慣れていて、相手に話やすくしてあげられるからだろう。


他に理由が見当たらない。


素の私に魅力はない。タヌキ顔だし。


伊集院君が私に近付いてきた理由に心当たりがある。


きっと、伊集院君も純子が目当てだと思う。


現に過去にも2人、純子目当てで私に近付いてきた男子がいた。


どちらも純子とうまくいってセックスした。そして別れた。


男子2人は、もう私と話さなくなった。


そこはいい。


私の中に問題がある。その男子2人に、まったく何も感じなかった。


じゃあ自分が純粋なレズかと思って、半年前に女の子と付き合った。


家に連れて帰った。


その子と関係を持てば何か分かるかと思った。だけど、その子は純子が目当てだった。


純子の部屋で純子とシてた。


面倒なことに、母親にバレて純子が怒られた。


私は何も気にしてなかったのに・・


その後は父も私を慰めてくれた。


純子は両親とギクシャクし、最近は家族でお茶をするとき加わらなくなった。



周囲の人には、何かあるたびに私がかわいそうだと言われた。それには何も感じてない。



そんな自分にショックを受けた。


自分が冷めた人間かと思えて寂しかった。愛してくれる人はいるのに、孤独感があった。


良くしてくれる人に申し訳ないし、口に出したことはない。



だけど昨日、5月10日の金曜日。私の冤罪を晴らしてくれた男子がいた。


坂元勇太君。


太ってたけど、あんな必死になってくれる男子と初めて会った。


今日は助けてもらったお礼を言いに来た。


痩せて大変身していた。


私は相手にされないと思った。


お礼のクッキーを受け取ってくれただけでうれしかった。


帰ろうとしたら、呼び止められた。嬉しそうに話をしてくれた。



会話は短かったのに、すごく楽しかった。


集中しすぎて、言葉をまとめずに話し始めてしまった。


途切れながら、あちこちに飛んでいく思考。


本当に、自分の言葉で喋りたいときにやってしまう、変なしぐさ。


誰もが欠点と言う。だから隠してきた。


それを勇太君の前でやってしまった。終わったと思った。



なのに彼は、優しい目になった。ゆっくりと聞いてくれた。


まるで迷走した私が、ゴールにたどり着くタイミングを知っているかのようだった。


言い終えた直後に、言葉を返してくれた。


考えずに次の言葉が出た。そして勇太君が褒めてくれた。


勇太君は、私のリズムにぴったり合わせてくれた。


地味子のくせに、生意気にも『見つけた』と思ってしまった。



勇太君に過去に会ったことがあると言われ、愛おしそうに見つめられた。


きっと、私に雰囲気が似ているルナという、別人がいたんだと思った。


そしてそのルナさんと勇太君は、もう会えないんだと思う。


本物のルナさんは亡くなっているのかもしれない。



勇太くんは、私なんかに連絡先を聞いてくれた。


だけど、大きな期待を寄せてはならない。


勇太君は昨日までの太ってモテないキャラじゃない。


誰も邪魔が入らない場所に行って、独占できる人じゃない。好きなだけ話ができる相手ではなくなるだろう。


昨日、私は勇太君に助けられたとき、好かれていたのかと錯覚した。


『花木姉妹の地味な方』のくせに。


私の錯覚かと思えば、周りにいたクラスメイトも、私と同じように愛情を感じたそうだ。


過去に勇太君との間に何があったか聞かれた。


やっぱり、何も思い出せない。


あんな素敵な男の子に好かれて忘れていたら、頭がおかしいだろう。


それに彼は、もうネットで話題になっている。彼に抱き締められた私にアンチの人まで現れている。


モテ女の純子が勇太君を見つけるのも時間の問題だろう。


私と仲良くなった人は、最後は純子を好きになる。



期待させられて、最後にはしごを外される。そんなことには慣れている。


けれど、おかしい。



今回だけは、その悲しいゴールを思うだけで胸が痛くなってきた・・・



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