8 働いて男を磨こう

勇太は、転生2日目にしてカフェ店員の見習いをしている。


葉子の店だ。


目まぐるしい転生生活になっているが、前世界と同じ顔をした葉子と梓のためと思えば苦にならない。


それに陰キャから脱出して、ルナと堂々と会うための修行にもなる。


この辺は、人物と名前が激似で良かったと思っている。いきなり馴染めた。



それにしても勇太は、カフェ店員がこんなにハードな仕事だとは思わなかった。


当初は客が帰ったあと、テーブルの片付けと食器洗い。その程度だと思っていた。


午後4時。


手伝いを始めて1時間。ひっきりなしに女性客に呼ばれ、オーダーを取っている。


葉子母さんにそうしろと言われた。テーブルの片付けもマリアにやらせてしまった。


店舗は広めで店内には窓際カウンターのとこに立ったりすれば50人は入れる。


なのに店内もテラス席も満席。


テイクアウトの客も増えて、店の外まで行列ができている。


勇太が呼ばれ、メモを持って全部の注文を聞いている。


まごついても、みんな待っていてくれる。お客さんが優しいと思い、1人ずつお礼を言った。


気付いたが、勇太は今の体になって汗をかきやすい。暑がりになっている。


店内と外を行ったり来たりしていると、ワイシャツが湿ってきた。


着替えもない。


梓と葉子を休ませる暇もないのに、自分だけ涼みにいけない。


「梓、葉子母さんのカフェって流行ってるじゃん。前のコーヒー店より断然客が入ってるな」

「うん、今日はすごいね」


「土曜日だからだな、うん」


梓は呟いた。「ユウ兄ちゃん効果だよ」



梓は、勇太の言動に少し驚いている。昨日、高校の階段から落ちて死にかけている。


病院に付き添ったし、大量出血だった気もする。


大復活を遂げたかと思えば、人間性が良くなった。

まるで誰か乗り移ったかのようだ。


けれど確かに本人だ。梓のことを覚えている。


探りを入れる意味の質問も、正しい答えを返してくれる。


ただ、世間の常識を忘れている気がする。


女はみんなオオカミなんだよ。もちろん私も、と梓は言いたい。


カフェを手伝ってくれるのはいいけど、男子なのに白いシャツでボタンを2つも空けている。


そして、あれれと思った。


汗をかいて、素肌が所々透けている。下着を着ていない。


ギャル風の2人連れに声をかけられた。

「店員のお兄さん、ワイシャツ1枚ですか~」


「そうですよ~」って、自分で胸元を引っ張って中を見せた。


周囲の人もどよめいた。


「ほらね」じゃないでしょ!


そもそも、カフェの男性店員なんて、私も初めて見た。


自分が、これだけの客を集めていると思っていない。


人が良くなりすぎている。


マリアさんの前でも、生着替えを披露したという。悔しい・・


梓は嬉しい反面、心配している。勇太は頭を怪我して性格の悪い部分が吹き飛んだ。


同時に貞操に関しての常識までなくしている。


心配である。だけど、今日のお出かけをドタキャンしたのに、怒るどころかねぎらってくれた。


その上にカフェの仕事を手伝ってくれる。


1年前どころか、かつてないほど優しい。


迂闊に意見して、暗黒時代に戻りたくない。



勇太と仲が良かった幼少期、お嫁さんにしてくれると言われた。


同居してから4年、関係は悪くなっていった。だけど幼少期のように、再び仲良くなれると信じて我慢強く接してきた。


母親の葉子も義理の息子になる人間と思ってお金を渡していた。


するといきなり、昨日から勇太が変わった。わずか1日とはいえ、本当にこちらのことを考えてくれるのだ。


母葉子が心配していた、お金のことも気付いてくれた。


勇太から葉子に振り込まれたお金は、小さな家が建てられるくらいだという。


服を買いに行くのは、明日の日曜日。勇太の方から言い出してくれた。


その上に服を買ってくれると言う。



あの花木ルナさんに語った、愛の言葉だけが理解できない。


だけど、あの姿を見て胸が高鳴った。



怒濤のような時間が過ぎた6時、やっと客が減ってきた。


休みの予定だったバイトの人が1人来てくれて、働く人間にも余裕がでてきた。


小休止している梓に、声をかける人物がいた。


「・・梓、来たよ」

「あ、カリン、来てくれたんだ」


「本当に、いいの?」

「うん、この前のお詫びに、好きなもの頼んで」


ちょうど、その場面を勇太が見た。そして気が重くなった。


渋谷カリン。パラレル勇太の記憶によると、梓の親友で幼少時からパラレル勇太とも面識がある。


そして最近は、パラレル勇太がぶつかり、持っていたペンケースが落ちて壊れた。


謝らずに逃げた。


「うわあ、早くも謝罪相手の一人目に遭遇だよ・・」


今の梓とカリンの会話から察するに、梓が勇太の行為のお詫びとして、カフェで何かおごるようだ。


黙っている訳にはいかない。


「梓、いいかな」

「ユウ兄ちゃん・・」


「ユウ?・・」


カリンの警戒度が上がった。直後、不思議な感覚に包まれた。


デブ馬鹿の勇太、のはずだが、目の前にいるのは別人に見える。


顔も似ているし、声も同じ。


だけど4日前にペンケースを壊されたときとは違って、体型がすっきりしている。


勇太は、本当に申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさいカリン、許してくれとは言えない。今から、ペンケースだけは弁償する」



前世界の勇太はカリンと面識があった。梓とカリンは、勇太の元の世界でも友達だった。


カリンはいたずらっ子で、よく勇太から逃げ回っていた、可愛い子だった。


最後に会ったのは12歳。治らない病気だと言ったとき、勇太に抱きついて泣いてくれた。


勇太の行動は早い。葉子に頼むと、もう上がっていいと言われた。


むしろ感謝された。なにげに売り上げが普段の土曜日の5割増しなのだ。


カリンは呆然としている。そして注目を浴びている。


勇太効果で、まだ店内には30人の客がいる。真横にはテイクアウト待ちの客もいる。


その前でカリンはみんなが注目している勇太に頭を下げられた。


あぜんとしているカリンの手を勇太はつかんだ。


このカリンではないが、同じ顔をしたカリンとは手も繋いだことがある。


勇太は自分が21歳のつもり。またカリンのことは、たまに遊んであげた7歳のイメージのままだ。


懐かしい。


このカリンには嫌われていてる。


だったら、強引にお詫びをするしかない。


「梓、1時間くらいしたら戻って来るから」


身長153センチ、ロングヘアで細身のカリンの手を引いて、勇太はデパートの方に向かった。



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