一緒にタイムリープした彼女は僕とのラブコメを実現したいらしい
逆瀬川さかせ
プロローグ
青春なんて、一部の選ばれた人間以外にとってはフィクションだ。この歳になって改めてそう思う。
島田陽、二十四歳。社会人二年目の地方公務員。男子校出身。
彼女いない歴=年齢だったのだが、ここに来て人生で初めての彼女ができた。
だが、現実には「自然な出会い」なんて存在しない。
出会った場所はオタク向けマッチングアプリだ。
中高時代は妹以外の女子と口をきいたことすらなかった僕だが、幸いにも大学4年間でリハビリをして、女子への耐性が多少ついたこともあって、今さらだけど彼女をつくることができた。
彼女――
同じ市の出身で、実家があるのは僕の最寄り駅の隣。その気になれば、お互いの実家同士は歩いて行けるほどに近い。
彼女も学生時代は同じ路線で通学していたと聞いた時は驚いたものだ。学校が違うとはいえ、二人は案外どこかですれ違っていたのかもしれない。お互い相手のことを知らなかっただけで。
だが、不幸にも彼女の人生は僕の人生と重なり合わなかった。もしどこかですれ違っていたとしても、気付いていなければ、それは重ならなかったのと同じだ。満員電車で痴漢から助けるとか、図書館で本を手に取ろうとしたら手が重なるとか、そんな出会いは現実ではまずありえない。映画化された人気小説の舞台になっている路線だろうが、それは同じだ。
趣味に理解のある、優しくてかわいい年上彼女がいて、一体なにが不満だというのか。実際、僕なんかにはもったいない相手だと思う。
文句を言ったら、罰が当たるだろう。
でも、どうせなら高校生の時に出会って、一緒に青春したかった。
明日から三連休という木曜日の夕方、僕は楓さんが住むアパートに来ていた。三連休は二人で過ごす予定である。
付き合いはじめて一カ月で、もう部屋に上げてくれるってことは、そういうことでいいのだろうか。ついつい期待してしまう。
散らかった部屋の中に置かれたコタツに入りながら僕は緊張していた。
思えば僕の24年の人生の中で、彼女の部屋に上がるなんて経験は初めてだ。楓さんが人生初の彼女だから当たり前のことだけど。
こうして楓さんの部屋に来てみて、まず思ったのは、案外汚いんだなということだ。なんでもそつなくこなすイメージだったのだが、片付けだけは苦手らしい。畳敷き六畳の居間には漫画とか書類とか服とかが床に散らばっていて、まとめたゴミ袋が置きっぱなしだ。
完璧な楓さんにも苦手なことがあったのかと少しホッとする自分がいる。
さて部屋の主はと言うと、現在隣の部屋で着替え中だ。
傷んだふすま越しに衣擦れの音が聞こえてくる。
そろそろ着替え終わるころかなと思っていたら、ちょうどふすまが開いて楓さんが顔を出した。
「久しぶりに着てみたんだけど、どうかな?」
少し恥ずかしそうに問いかけてくる楓さんは、セーラー服を着ていた。青と白の爽やかだけど、少し古風なデザインのセーラー服。長めのスカートが落ち着いた雰囲気を感じさせる。楓さんが通っていた女子大附属中高の制服だ。
二十代なのに似合いすぎていて反則だろ。見た瞬間、そう思った。
茶色がかった黒髪はハーフアップにしていて、ナチュラルメイク。大人っぽい女子高生といった雰囲気だ。
「陽くん、どうかな。初めて見る私の制服姿は?」
「えっと、美しすぎて言葉にできないです」
いかん、見とれてしまって感想を言うのがつい遅れてしまった。
楓さんは僕の小学生並の感想にも満足したようで、ニヤニヤとしていたが、後ろ手に持っていた紙袋を僕に差し出してきた。
「じゃあ、陽くんも着替えよっか」
袋の中から出てきたのはチャック式の学ラン。本来なら、僕の部屋の押し入れに眠っているはずの母校の制服だ。高校卒業以来だから、かれこれ6年ぶりに目にすることになる。
「なんで僕の制服が?」
「ごめん、君の部屋に行った時にこっそり借りてきた」
「それは別に構わないんですけど、僕も制服を着るんですか?」
僕の問いに楓さんは大きく頷いた。
「私さ、制服デートと言うものに憧れてたんだよね。女子校で彼氏もいなかったから。彼氏ができたらやってみたいとずっと思ってたんだ」
なるほど、今日の目的はそれか。かくいう僕も制服デートに憧れがあるので、楓さんの指示を受け入れて、着替える。
「陽くんもよく似合ってるよ。サイズもぴったりだし、現役高校生でまだ通用すると思う」
「24なのに、未だに年齢確認されますからね」
「若く見えるのはいいことじゃん」
「僕の場合、それを通りこして子供っぽく見られるんですよ」
マッキーの名曲ではないが、スーツ姿を七五三みたいだと自分でも思ってしまう。
ネクタイを上手く選べるようになるのはいつの日だろうか。
「私は陽くんのかわいい顔好きだけどな」
楓さんがサラっと言った言葉に思わずドキッとさせられる。
自分では見た目に自信はないのだが、こうして好いてくれている人がいるのは純粋に嬉しい。
「できればあちこち制服デートしたいところだけど、この格好で外に出るわけにもいかないから、今日はおうちデートを楽しみましょうか」
楓さんはそう言うと、冷蔵庫から飲み物と料理を取り出して並べはじめた。やたら酒が多いし、料理もおつまみになりそうなのばかりだ。
明日は休みだし、今日はいっぱい飲む気なのだろう。
「今日、制服デートしようと思ったのはさ、この前陽くんが言ってくれたことがきっかけなんだよ」
「僕、なんか言いましたっけ」
「うん、私が高校時代の写真を見せたときに、こんなかわいい女の子と一緒に青春を送りたかったって。あと、青春コンプ抱えてるみたいな話も」
たしか言ったような気がする。
あれはたしか仕事終わりに梅田で合流して、地下街で串かつ食べた時だな。
その時はすぐに話題が別のことに移ってしまったのだが、楓さんの方は覚えていて、実家マンションの押し入れから、高校時代の制服を探し出してきたらしい。
「楓さんのセーラー服姿ほんといいですよね。学生時代にこんな彼女がいればなあ」
「やっぱり陽くんもそう思ってくれるんだ。私も陽くんと一緒に学生生活を送りたかったよ。あーほんと、タイムリープとか実際に起きないもんかなー」
「タイムリープですか…… 」
「過去に戻れるもんなら戻りたいよ。社畜生活にも疲れたし、青春モノの作品とか見てると、どうして私にはこんな経験がなかったんだろうって悲しくなるし」
楓さんはそう言って日本酒をグッと呷る。日々の暮らしで相当ストレスを溜めているらしい。
日本酒をぐいぐい呑む女子高生なんて、絵面がもはや犯罪である。
この人が泥酔したら介抱するのは僕の役目なので、僕は一缶飲んだだけでお茶に切りかえた。元々お酒には強くないので、頭にはボーっと霞がかかっている。寝てしまわないようになんとか頑張ろう。僕はあくびをこらえながら、楓さんの話に相槌を打っていく。
出会って数カ月なので、僕はまだこの人のことをよく知らない。大人っぽいかと思えば、子供っぽい無邪気な面を見せることもある。
酔っぱらった楓さんを見るのは今日が初めてだ。社会人ということで普段は自制していたのだろう。
「ねえ、よーくんは、わたしといっしょに、高校時代に、もどりたい?」
楓さんは酔いが回った真っ赤な顔で僕に問いかける。目はトロンとしてるし、呂律は回ってない。
「戻れるものなら戻りたいですね。まあ、タイムリープなんて現実にはまずありえないですけど」
「ありえないって、ほんとに、そうかな?」
どういうことかと聞き返そうとしたら、楓さんはコタツの天板に頭を付けてかわいい寝息を立てはじめた。とりあえず背中にそっと毛布をかける。
せっかくだし楓さんのかわいい寝顔を満喫したいところだったが、僕の方も限界のようだ。
遠くに引っ張られるように、意識が急に遠のいてきて、目の前が真っ暗になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます