私を離さないでと言った彼女と話せなくなってしまった……

とりあえず 鳴

死が二人を分かつまで?

『一生私を離さないでね』


 二年前、そう言った彼女は二度と話せない体になった。


 一生を添い遂げるつもりだった。


 だけど、僕は彼女を『離して』しまった。


 きっと彼女は恨んでいるだろう。


 だってあの日から、僕の体は不調続きだ。


 駅まで十分の距離で息が切れる。それだけならただの運動不足で片付けられるけど、それだけではない。


 女の人と話すと寒気がするし、僕と話した女の人も不調に見舞われる。


 ただのいじめならいいのだけど、どうやらそうではないらしく、今では女の人に避けられるようになった。


 別にそれはいい。


 要は、僕には彼女が取り憑いているのではないかという話だ。


 そういう訳で。


「憑いてるね」


「そうですか」


 今日はとある有名な除霊師さんの元を訪れた。


 見た目はどこにでもいるような女子高校生だ。


 だけどちゃんと成人してるらしく、腕も確かとのこと。


 決して彼女が取り憑いていたら祓ってもらおうなんて思っていない。


 ただ知りたかっただけなのだ。彼女なのかと、僕に取り憑く理由を。


「あなたは彼女の意思? みたいなのが分かるんですよね?」


「そだね。ちなみに今は私に念を送ってるよ」


「それって、僕と話した女の人が不調になってる原因ですよね? 大丈夫なんですか?」


「私強いから。それにこれは私みたいな本職の人からしたら可愛いとしか思えないやつだし」


「可愛い?」


 意味が分からない。


 僕と話した女の人は総じて次の日には体調を崩した。


 それが可愛いとはどういうことなのか。


「いやね、これただの嫉妬」


「嫉妬?」


「あなた相当に愛されてるね。それこそ、取り憑くぐらいに」


 確かに永遠の愛を誓いあい、生涯を共にする約束をした。


 だけど僕はそれを裏切った。


「愛されるはずがないですよ。僕は恨まれるはずなんです。僕が彼女を『離した』せいで彼女は亡くなったんですから……」


「それ、彼女さんの方が気にしてるけど?」


「僕が悪かったんです。仕事が忙しくて、少し不機嫌になっていたからといって、彼女と別の部屋に行ってしまったから……」


「物理的距離かい!」


 仕事帰りで少し不機嫌だった僕に、彼女は普段通り接してくれた。


 帰ってからずっと僕を抱きしめて、何かを補給してるらしい。


 いつもはただ嬉しい気持ちになるけど、その日は違った。


 彼女は何も悪くないのに、怒ってしまったのだ。


 そして別の部屋に行き、引きこもった。


 次の日に謝ろうと彼女を探したけど、家のどこにも居なかった。


 朝早くだったから買い物に行ってる訳もなく、だけど胸騒ぎがした。


 夜中、やけに近いところで救急車の音もしていた。


 とにかく連絡を取ろうと置きっぱなしにしていたスマホを手に取り、彼女にメッセージを送ると、家の中で音がした。


 その時には全てが遅かった。


 どうして夜中に外に出たのか、どうして僕はそれに気づけなかったのか、どうして僕は彼女を一人にしたのか。


 悪いのは全部僕。


 彼女は何も悪くない。


「なんかね、あなたに嫌われたと思って泣いちゃったんだって。だけど、これ以上あなたに嫌われたくなくて、距離を取ろうとして外に出た。涙で視界が悪かったところに……だって」


「やっぱり僕のせいですよね。僕が……」


 僕にそんな権利がないのは分かっているが、僕の頬に涙が伝う。


「ごめん、本当にごめん。謝って済む話じゃないのは分かってる。だけど、何も悪くない君を死なせて、ごめん」


 僕にはもう独りよがりで謝ることしか出来ない。


 彼女には聞こえるのだろうけど、僕には彼女の声はもう聞こえない。


 どんな罵詈雑言を受けても仕方ないけど、それでもいいから彼女と話したい。


「『ばーか』」


「……」


「あ、私が言ったんじゃないよ? 彼女がね、あなたに」


「優しさですか?」


「私はあくまで中立で、人の気持ちとか理解しようとしない人間だから、今のは彼女の言葉だよ」


 そもそもの話、本当に僕に彼女が憑いているのか分からない。


 この霊媒師さんが適当なことを言っているのかもしれない。


「まぁ人間って信じたいことしか信じないからね。一応言っとくけど、信じないからって金を払わない奴は通報するからね?」


 そういうところはリアリストらしい。


「お支払いしますよ。なので最後に一つだけいいですか?」


「会わせてくれとかは無理だよ? 私は祓うことは出来ても憑依させるとか、見えるようにするとかは専門外だから」


「分かってます。彼女の返事を聞いて欲しいんです」


「それなら」


「今度こそ僕から離れないで。嫌になったらいいけど」


 もう二度と彼女と離れるなんて考えたくない。


 僕は死ぬまで彼女と生き続ける。


 それを人はサイコパスと言うかもしれない。だからなんだ。


 彼女と居られるのなら、他人のことなんか気にしない。


「もっとヤンデレみたいな返事がいいなぁ」


「彼女はなんて?」


「『今度は離れないし、離さない。だからあなたも離さないで』と」


 霊媒師さんが「高校生か!」と突っ込みを入れるが、それは無視する。


 僕は、自分の胸の前に手を置く。


 きっとそこには彼女の手があるはずだから。

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私を離さないでと言った彼女と話せなくなってしまった…… とりあえず 鳴 @naru539

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