第32話 弟、ダンスでお疲れです

 俺はクロに会いにいくために中庭に出た。


 心地よく吹く風が熱した体を少しずつ冷やしていく。


「はぁー、クロちん疲れたよ」


「体力がないからな」


 俺は交代でダンスを踊った。


 イザベラと踊る時は、普段は俺が男役をしていたのにいつのまにか俺が女役になって終始リードされていた。


 疲れていたからそこまで気が回らなかったが、それで良かったのだろうか。


 もちろん俺としては大歓迎だ。


 ただ、それ見ていたのが影響しているのか令嬢達から誘われることはなかった。


 ああ、この時点で将来の嫁さん候補はいないということだ。


 貴族達は早い段階で婚約者を決めないといけないと聞いている。


 その証拠に姉にはすでに婚約者がいた。


 では兄はどうなのかという話だが、兄は学園で見つける予定のため断っていると言っていた。


 公爵家の長男になると、婚約者選びも慎重になるのだろう。


 実際に兄も眼鏡で隠れているが、鋭い目つきに令嬢達はびびっていた。


 中々兄も婚約者を見つけるのは大変そうだ。


 ああ見えても優しい兄だぞとおすすめしたいぐらいには思っている。


「とりあえずお肉とイモマッチョ持ってきたけど足りるかな?」


「お前にこれをやろう」


 クロはお皿に乗ったイモマッチョを突き返す。


「いやいや、食わず嫌いはダメだぞ」


 見た目はウニョウニョして気持ち悪いが、味は保証できる。


 それに今日は特別な日だからか、いつものイモマッチョより濃厚で美味しい。


 前から食べようとしなかったが、この世界の犬は雑食のため、単に好みの問題だろう。


「ぬぬぬ、離せ! 俺は肉だけで十分だ」


 俺はクロを捕まえて、イモマッチョを口に押し込もうとするが頑丈な口を開こうとしない。


――ガチャン!


 さっきダンスを踊っていたように、イモマッチョが乗った皿が宙に浮いている。


 皿が割れる音とともにイモマッチョは地面に落ちた。


「あーあ、美味しいのに落としちゃったじゃん」


「お前が無理やり食べさせようとするのがいけないんだ!」


 クロは地面をドンドン叩きながら、そっぽ向いて怒っている。


 それなのに犬の見た目だからか、独特な怒り方が可愛く見えてしまう。


「クロって可愛いね」


「なっ、それは俺に言う言葉じゃないだろ!」


 ほらほら、また怒ってジタバタしている。


 俺はそんなクロを眺めていると急に視界が暗くなった。


「えっ、何? 兄しゃま?」


 こういうことをやるのは大体兄だ。


 だが、普段はすぐに声が聞こえてくるのに、全く反応がない。


「おい、こいつで合ってるんだろうな?」


「ああ、依頼は可愛い令嬢・・って言っていたからな」


 明らかに兄とは違う低い声に、別の人物だと気づいた。


 それに俺は令嬢じゃないのに、令嬢と間違えられたのだろうか。


 どこから見ても俺は令嬢ではなく令息だ。


 ほら、見た目が――。


――ゆるふわキュルルン系カシューナッツだった……。


 パンツを脱がさない限り、男の子っぽい服装を着た令嬢と間違われる可能性もあった。


 現にドレスを着てない令嬢もちらほらお披露目会の会場にはいた気がする。


「キャン!」


 俺はこの状況をどうするか考えていたら、クロの声が聞こえてきた。


 話しているのではなく犬のような鳴き声だ。


「おい、なんか犬が噛みついてきたぞ!」


 どうやらクロが俺を助けようとしたのだろう。


 あんなに怒っていたのに、俺を助けるなんて可愛いやつだ。


 どうせ身代金目的の誘拐だから気にすることないのに。


「クロ、早く逃げるんだ!」


 このままではクロが怪我をすると思い声を出す。


「おい、静かにしろ!」


 だが、俺の口はすぐに押さえつけられてしまった。


 クロがどうなったのかは見えないが、男達が移動し出したから無事に逃げられたのだろう。


 俺はクロの無事を祈りながら、男達に誘拐されていた。


 まぁ、令嬢じゃないっていえば諦めてくれそうだしなー。


 気長に運ばれておこう。

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