アドリア捜査2日目夜→3日目朝

 ホテルの受付嬢モニカ・レッティから聞いた話では、上層階での特別パーティは週に一度ていど、開催されているらしい。


 その現場に飛び込むには、まずパーティが開催される日を把握する必要がある。



『マズロア・ホテル』は全四十階のビルだ。

 しかし一般客用エレベーターは三十五階までしか上れない。


 マズロアの私宅やVIPルーム、そして特別パーティ会場などがある上層階に行くためには専用エレベーターを使用しなければならないのだ。



 正面のロビーにはそれらしいエレベーターは見当たらない。

 一般客が入れないようなところにあるのだろう。


 おそらくホテルの裏側にVIP用の玄関口があって、上層階に直行できるようになっているのだ。

 二人はそう考えた。



 その見立ては正しかった。

 レオンがこっそりホテルの裏手にまわって確認してみたところ、物資の搬入口にならんで、豪華な雰囲気の出入り口があった。


 警備員が常に数人立っている。

 間違いなくVIP用だ。



「ホテルの裏手でこそこそしてるレオンの姿、この窓からバッチリ見えたよ」


 シィナは目立つので部屋で待機していた。

 403号室の部屋には、ホテルの背中側に向いている窓がある。

 ちょうどそこからレオンの姿が見えたらしい。



「ということは……この部屋からVIP用の玄関に出入りする客を確認できるってことか」


 大勢のVIP客が裏手の玄関からホテル入りするのを確認できれば、その日の夜に、マジックパーティが開催されると判断できる。


 パーティがおこなわれると分かれば、あとはこっそり上層階にしのびこむだけ。

 そして会場に突入して、思いのままにぶち壊せばよい。



「それってつまり、この部屋で張り込みをしてればいいってこと?」

「……そういうことだな」

「やったね。この部屋でゆっくりしながら捜査ができるんだ!」


 シィナの妄言が、奇しくも叶ってしまった。



「…………」

 嬉しそうに笑う少女とは対照的に、少年の表情は浮かない。



 この部屋で、シィナと二人きり、こもりっぱなしになるということだ。


 毎晩、夜を過ごすだけでも苦悶していたのに。

 日中、街に出ることもなく、ずっとこの部屋で張り込みをしなくてはいけないなんて……はたして自分の身がもつだろうか。




「もう夜も更けてきた。明日から張りきって張り込みしようにゃ! そうと決まれば今夜は早く休むに限るぞ!」


「そ、そうだな……」


 シィナはいそいそと就寝の準備を始めるが、レオンの動作は重い。



 部屋は、少女の匂いで満たされている。

 心地よくて、わずかに扇情的な、甘い匂い。

 息を吸うたび体の芯に熱がこもっていくようだ。


 こんな部屋で安眠できるわけがなかった。

 レオンはまた、眠れない夜を過ごすことになる……。




 ***




「…………はあ」


 レオンは気だるい体を無理やり起こしてベッドを出る。


 相棒の少女はまだ起きない。

 夜中もほとんど寝返りを打たず、体を丸めて眠っていた。


 よくその体勢で熟睡できるものだ。

 狭い場所で眠ることに慣れているのだろうか。



 弱々しい足取りで洗面所に向かう。

 冷たい水で顔を洗って、ようやく気分が晴れてきた。



 ふと、口の中に違和感があった。

 異物感があるというか、チクチクするというか……。


 口を開けて、鏡で確認する。


 整列する歯のなかで、異様に長く鋭いものがあった。

 犬歯だ。

 そっと舌でなぞってみると、危うく舌が切れてしまうかと思うほどの鋭利さだった。あきらかに、ふつうではない。



 もしやと思い、尻の上あたりを触ってみた。

 尾てい骨だ。

 もともとレオンの尾てい骨はヒトより大きいが、これまで以上にツンと突起していた。皮膚が突っ張っていて痛いぐらいだ。



「…………」

 アラゴの温泉宿のときからくすぶっていた嫌な予感が、確信にかわった。



 ここ数日で、自分の体に異変が起こっている。

 犬歯や尾てい骨の肥大化。

 これが一体何を意味するのかは、考えるまでもなくあきらかだった。



「狼化の、兆候……」


 鏡の前で呆然と立ち尽くしながら、つぶやいた。



 昔、両親から聞かされた話が思い出される。

 ひとたび狼になると、もはや制御不能。

 理性を失い、人を喰い殺してまわることになる。


 ……自分は今、その瀬戸際にいるのだろうか。



(落ち着け。平常心を保っていれば、狼化が暴発することはない。大丈夫、大丈夫だ……)


 レオンは必死に自分に言い聞かせる。

 そうしないと、不安と恐怖で押しつぶされてしまいそうだった。

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