〝骨太客〟

 西の辺境地方行きの長距離旅客列車は、煙を吹かしながら線路の上をひた走る。


 壁に貼られた路線図を見ると、この区間は山岳地帯が続いているらしい。

 おかげでトンネルに入ることが多く、あまり景色を楽しめない。



「ねえレオン、退屈だよ。もっかいトランプやろうよ。今度はイカサマしないからサ」

「やらない」


「よしじゃあ、あたしが負けたら脱いでやってもいいぞ! ……どう、やる気になった?」

「俺は今、任務の資料を再確認してる。話しかけないでくれ」


 ついにレオンに煙たがられてしまった。


 所在ないシィナは「ちょっと列車の中を散歩してくる」と言って立ち上がる。

 レオンは資料に目を向けたまま、「ほかの乗客に迷惑かけるんじゃないぞ」と声をかけた。


 相棒というより、まるで保護者のようだ。




 ***




「…………」

 シィがいなくなったので、資料の通覧に集中できる。


 任務の指令を受けたあと、マリア長官からもらった資料だ。

 エッジズニックスが使用していた魔法薬についての分析結果が載っている。


 さまざまな魔法陣紋様の比較やら、古い文献の記述やら、何ページにもわたってまとめられているが……、

 あいにくレオンにはさっぱり理解できない。


 それでも真面目な少年は、受け取った資料に目を通さないわけにはいかなかった。



 不可解な紋様の並びに、目を回しそうになりながら資料を読み進めていったところ、終盤でようやく資料の内容が切り替わる。


 組織の客に関する聴取内容だ。



 自分たちの任務はアドリアへ行って元締めを探し出すことだが、レオンはその顧客たちのことも気がかりだった。


 エッジズニックスが壊滅した今、顧客たちは魔法薬の入手先を突然失ってしまったわけだ。

 これは実はとても危険な状況である。

 もしかしたら、ヤケになったジャンキーが暴れ出してしまうかもしれない。


 もちろん、それはマリア長官も承知しているはずだ。

 あちらで捜査を進めてくれると言っていた。首都のことは長官に任せておけば安心だ。


 ただ、レオンには別の懸念もあった。



 ジャンキーは、どうしても魔法薬が欲しいはず。


 たとえばエッジズニックスが、その顧客に対して、ブツの仕入元について教えていた場合。

 ……その客は今、次の魔法薬を買うために、仕入れ元の地にまで向かっている可能性がある。

 仲介業者がつぶれたのなら製造元へ直接、買い付けに行く。

 それぐらいの執念はあって当然だ。


 エルフたちが警察局の事情聴取で語った、組織の顧客情報。


 組織の一番の太客ふときゃくとして挙がっているのが〝ゴードン〟という名の男。

 金払いが良いうえ、ガタイが大きいことで〝骨太客ほねぶときゃく〟などと組織内であだ名呼びされていたようである。



 強靭な肉体をもつ、あの種族……。

 そいつが魔法薬を使用すれば、どれほどの力を発揮することになるだろう。レオンは窓の向こうの暗い隧道ずいどうを見ながら、その姿を想像した。

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