でもはなさないとね(月光カレンと聖マリオ26)

せとかぜ染鞠

でもはなさないとね

 養女の特別な相手が悪事を働くのを見逃せず,泥棒風情が懲らしめた。

 出すぎた真似をしたかもしれない。聖女の仮面を被って赤子を養育した盗人のしそうな所為だ。

 法に反する商取引を妨害した後,IT企業社長魔導まどうのささくれた指先が気になり,奴の心身不調と親子関係の歪みを指摘した。彼の瞳が譬えようもないほど悲しく寂しい色を帯びた。

 キヨラコの魔導に寄りそう訳が少し解された。あの子が視力障害をもちながらシスター聖マリオの雑役をしていたころ,誰よりも深い精神的痛手を負う信者を判別し,逸はやくマリオとの対話を設定した。キヨラコは魔導の心の痛みを察し,それを癒やすためにそばにいるのだ。そんな優しく思慮深い心根に触れた者は自ずと誰でも――極悪非道の怪盗すらも善人になろうとする。

 俺さまの出る幕じゃなかった。とんだ有難迷惑だ。

 濃い霧のたちこめる埠頭で振りかえり,若い2人に詫びた。

 手を繫ぐ 三條さんじょう公瞠こうどう 巡査に呼ばれた。俺の宿敵でもあり信者でもある三條は記憶障害のせいで現在の自分を7歳児だと思っている。そして俺を叔母として見ている。

 歩く速度がはやすぎたかと尋ねるなり,泣きだしそうな表情で搔きつかれた。

「はなさないで,絶対手をはなさないで! 何を考えてたの! また,どっかに行っちゃうつもり!」

 三條を強く抱きよせる。

 気づいた。俺は坊やにまで過ちを犯している。所詮は有難迷惑なのだ。記憶障害とはいえ,盗人との共同生活が露呈すれば前途有望な青年の将来に傷がつく。坊やの家族だって突然いなくなった彼をたいそう案じているはずだ。キヨラコが行方知れずになった時分の俺ときたら,発狂と自殺をすんでのところで踏みとどまっていた!

 俺が保護したせいで坊やも家族も大迷惑を被っている。いや保護したんじゃない。キヨラコのいない孤独を三條に埋めてもらっていただけだ。俺が彼に依存しているのだ。

 反復される言葉を聞きながら7歳児青年を手ばなす覚悟をかためていた。

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