1-2. 飛ばされた者


 ハルがイーズを抱えて歩き始めて数分後。

 最後に水辺で会った時より、一回り体つきががっしりした水龍と出会う。その足元には、水龍の優に五倍はありそうな魔獣が何頭も転がっていた。


「イーズ、魔獣はドロップに変わらないみたいだ。肉がすぐに食べられなくて残念」


 知りたがっていたことが知れて嬉しいだろうと、ハルは呟く。

 そろそろしびれ出した手を動かして、イーズを背中に背負いなおす。


「おーい、馬鹿龍」

『ぬ、勇者。不敬なり』

「もう馬鹿龍で良いよ。バ火龍はバドヴェレスだけだと思ってたけど、あんたは純粋に馬鹿だ」

『失敬である』

「あー、もう、これ邪魔。ちょっとしまうよ」


 不機嫌丸出しで呟いて、ハルは山のような魔獣をマジックバッグに入れていく。あっという間に水龍までの道を阻んでいたそれらの死骸が無くなり、龍は大きな両眼をパチパチと動かす。

 そう言えば、代替わりで器が新調されたせいか、目と顔が修復されている。

 イーズが心配していた怪我が治って良かったと安堵した。


『マジックバッグか。勇者らしい。だが便利だ。吾と一緒に来るが良い』

「っていうか、一緒にいてよ。こんなとこに放りだされたら普通に死ねるわ」

『勇者も暴れたければ暴れて良い。許す』

「許されても嬉しくないし。あんたと違うの。俺は戦闘狂じゃないし。っていうか、イーズが心配で離れられないし」

『む。女勇者か。どれ』


 そう言って水龍の顔が遠慮なしに、ずいっとハルの肩口に乗っかるイーズの顔に迫る。

 必然的にハルの目の前に水龍の滑らかな体が近付き、ハルは思わずその体表に触れた。


「冷たい。ってか、あんた、水の中じゃなくても動けるんだ」

『当り前なり。水の中が一番魔法が使いやすく心地よいだけである。それより、女勇者は死んだか』

「死んでねえよ! 仮死状態だよ! ってか、これになった原因、絶対あんただろ。俺だけが無事で、イーズが瀕死攻撃を受けた状態になってたんだけど!」

『ふむ……』


 スンスンと鼻を動かし、水龍は首を高く上げ、そして横に傾げた。

 キャンピングカーサイズの龍が首を可愛くかしげても、全くキュンともしない。

 いいから早く原因を言えと、ハルはアズリュシェドをにらむ。


『魔力が渦巻いておるの』

「魔力?」

『そうさ。ここの中に転移する時、吾の魔力でそなたの体を引きずりこんだ。だがこの娘の中には水の属性がないため、吾の魔力が浸透しなかったのだろう』

「んー、んんん、よく分かんないけど分かったことにする。俺は水魔法が使えるから、あんたの魔力が体の中に入って内側から守ってくれたってことだな?」

『分かっとるではないか』


 薄く目を細め、龍が呆れた声を出す。

 ハルは「それで?」と続きを促した。


『その状態でこの腐海に入った。さらに娘の魔法がいくつか使われておった。それに加えて身に着けた火龍の魔力。

 これらがぶつかり合って、一番弱い娘っ子の魔力に逆流した。見たことのない状態だが、おそらくはずれてはいないだろう』

「水龍の魔力が体に入ろうとしているところに、腐海の魔力とぶつかり、イーズのスキルも発動してて、その上に、バドヴェレスの魔力が反発したと。あー、ややこしい。

 んでもって、イーズの魔法がはじかれた反動で、イーズの体の中に異なる魔力がぶつけられたから、今仮死状態?」

『おそらく数日もすれば徐々に自分の魔力以外は体の外に排出されよう。案ずる必要はない』

「本当だな? 絶対に目が覚めるな?」

『疑り深い。ちょっと待て』


 そう言ってアズリュシェドはもう一度イーズに顔を寄せ、ちょんっとその鼻先を当てた。


『吾の魔力は抜いた。火龍の魔力はすでに抜けておるようだ。あとは異界の魔力だけだろう。腐海には異界の魔力が溢れておるゆえ、引きずられてすぐに消える』

「二日経っても目が覚めなかったら、その治った目を俺がつぶしてやるからな」

『今代は恐ろしい事を言う。東におった勇者はふれんどりいフレンドリーであったのに』

「東の……ああ、黒の森の始祖か。その話はまた今度。それより、イーズを休ませられる安全な場所ない?」

『仮死状態ならマジックバッグに入る。死体と変わらん』

「あほなの。馬鹿なの。頭おかしいし。入れるわけないじゃん」

『容赦のない』

「常識だし」


 ハルの返しにアズリュシェドはため息をつき、その透き通ったトビウオのような翼を揺らす。

 そして背中をハルに向けて、首だけ振り返った。


『乗れ。この奥に人間がたくさんおった場所がある。そこに連れて行ってやろう』

「おー、まじか。龍に乗るんか。すげぇ」


 感嘆しながら、ハルはそっとイーズを龍の背中に乗せ、ハルも勢いをつけてその背に飛び乗った。


『翼の前に座れ』

「はーい」

『動くぞ』

「おおおお」


 のっそりと水龍が立ち上がり動き出す。

 ハルはイーズを横向きにして抱え、太ももで下にある龍の体をぐっと挟む。

 乗馬を覚えたおかげか、多少の揺れでも体幹でなんとかふらつくことはない。


「イーズ、早く起きないと、めっちゃ楽しい時間を損してるぞ」


 目が覚めた時に、龍の背に乗って移動したと自慢してやろうとハルはシシっと笑う。


 イーズの仮死状態がずっと続くと言われたら絶望していただろう。

 だがあと二日の辛抱だ。

 だから、耐えられる。


 早く、目を覚ませ。


 そう願いながら、ハルは腕の中のイーズを強く抱きしめた。





 運の良いことに、龍が移動する間、魔獣とは遭遇しなかった。

 水龍の話では、ダンジョン内に飛ばされた場所にいた強者を水龍が倒したため、一時的に近づいてこないのだろうとのことだった。

 ちなみに、今いる場所はかつての一級ダンジョンがあった場所らしい。


「まじ? そんな奥に来ちゃったの?」

『ああ。吾が向かうべきはこの場所である』

「まぁ、一番強い奴らがわんさかいそうだけど」

『ふん、吾には勝てぬ弱い奴らばかりだ』

「だったら俺必要ないじゃん? 連れてくる意味ないじゃん?」

『勇者は勇者の務めを果たすべきであろう』

「だーかーら、俺は勇者じゃないの」

『異界人はすべて勇者なり』

「人の話、聞く気ないでしょ!?」


 ハルはペチペチと目の前の滑らかな水龍の首を叩く。

 もう、これは、火龍とフィーダの会話のようではないか。


「これは頭痛が痛い」


 アホなことを呟きながら、ハルは頭を左右に振る。


 そうこうしている間に、前方に明らかに何かの建物の跡が見えてきた。先ほどの場所と違い、二メートルから三メートルほどの高さの壁がそこかしこに残っている。

 なんとなく、写真で見たマチュピチュの遺跡によく似ている。

 壁しかないが、そこそこの広さと大きさの建物だったのは分かる。遺跡発掘の趣味がある人が見たらとても喜びそうだ。


「でっけえ。王城かなにか?」

『いや。王城は別の場所にある。ここには勇者たちが住んでおった』

「勇者の? あー、ラズルシードにもあった。勇者専用の宮殿」


 腐海のちょうど中央、そこにあった一級ダンジョンのすぐそばにある勇者の住まい。

 それが意味することに、ハルは眉を寄せる。


「まさか、ダンジョンの入り口って、勇者の宮殿の中にあったとか?」

『宮殿の中ではないが、宮殿の中庭にあったな』


 龍は気にすることもなく、残る壁の隙間を抜けながら奥へと進んでいく。

 ハルはわずかに眉をひそめ、スマホを取り出して周囲を素早く撮影した。


 ここから出たら二度と見ることはないだろう場所。

 可能な限り、そこに残された人たちの痕跡を残そうと思った。


 ラズルシード王国の王城と遜色ない広さの場所を、水龍は迷うことなく進んでいく。恐らく彼の中に残された知識が、この場所を覚えているのだろう。


 しばらくして水龍の体が前傾姿勢になった。


「坂になってる?」

『ああ。この下あたりに、残っておるとよいが』


 地下だったら、魔獣の氾濫や年月の間に押しつぶされてしまっている可能性がある。

 水龍が木々を鼻で押し分けるたびに、ハルは体をかがめたり逸らしたりして、自分とイーズに当たらないように奮闘する。運転士は少しは乗客の事を考えてほしい。


『む。無いな』

「無いんじゃん!」


 恐らく地下への入り口を探していたのだろう。水龍はあちこちを探し回った後、ふんっと鼻息を飛ばして立ち止まる。

 ハルはまたバチバチと強めに水龍を叩き、その場所に下ろしてもらう。

 快適な乗龍経験ではあったが、いい加減股が痛い。

 先に地面に立ってから、イーズを龍の背から抱えて下ろす。


「ここってダンジョンの最奥の上あたり?」

『そうさ』

「ダンジョンはもう跡形もなくなってる?」

『であろうな』

「んじゃあ、ダンジョンを休憩所代わりにするのも無理か」


 イーズを腕に抱えて、ハルは周囲を見渡す。

 幾つか残っている壁のそばに腰を下ろし、マジックバッグから組み立てられたままのテントを取り出した。


「んっしょっと」


 中に入り、布団やクッションを敷き詰めた後、その上にイーズをそっと乗せる。

 革鎧や靴を外し、足元辺りに置いてからブランケットをかけて小さく息をつく。


「お休み」


 優しく声をかけ、さらりと黒髪を撫でてハルはテントから外に出た。

 イーズが目覚めれば、イーズの隠密でコンテナハウスも使えるようになる。それまでは魔獣に襲われないように注意しつつ、この辺りで過ごせばよいだろう。


「とりあえず、今はこれでいいや。イーズが目覚めたら、俺も魔獣狩りに参加する。それまでは頑張って俺たちを守ってくれ」

『吾はここばかりにおらぬぞ。今この瞬間にも、吾の魔力が戻りつつあるのを感じる』

「二日も待てない?」

『待てん』

「んー、仕方ない。でも俺はここに残るから」


 ハルがきっぱりと言い切ると、水龍は体を揺らして周囲を見回す。

 そして一度頷くと、のしっとハルの前に顔を突き出した。


『吾は行く。だが、吾は、龍は勇者が呼ぶ声は必ず聞こえる。何かあれば呼べ』

「分かった。頼りにしてる」


 目の前のでかい鼻面をごしごしとこすれば、犬のように龍は気持ちよさそうに目を細める。


 なんだこれ、可愛いではないか。


 ハルは一時状況を忘れ、熱心に水龍アズリュシェドを撫でる。


「また、イーズが起きたらイーズにも触らせてあげて。多分喜ぶ」

『仕方がない。吾の体に触れることを許してやろう』

「何、その俺様。イーズには誠心誠意謝ってよ。何を要求されても全部受け入れる事。じゃなきゃ、俺がぶっ飛ばすから」

『ふん』


 少しバツが悪そうに視線を逸らす水龍。どこか人間臭い仕草だ。

 それからふわふわと薄く輝く綺麗な翼を揺らし、水龍は体を上げる。

 そしてふと首をかしげてハルを見た。


『魔獣の死骸が欲しいか?』

「え? あー、うーん、貴重な素材なんだよねぇ。多分。でも持ってくるのはできないよね?」

『一日二日で腐るもんでもないからいいだろう。なるべく傷つけないほうがいいのだな?』

「あ、そういうこと? うん。でも水龍が怪我しちゃうとか、戦闘が長くなって時間がかかるとかだったら全然かまわないから」

『あい分かった。多少の手加減ぐらいはできる。待っておれ』

「ありがと。でも気を付けて」


 水龍はハルの言葉に重々しく頷き、のしのしと体を揺らして去っていく。


 それを見送ってハルはテント側の崩れかけた壁に背を預ける。

 石を積み上げられて造られた壁は、ぐらつくこともなくしっかりとハルの体を支える。


「あー、疲れた」


 声に出しながら、頭を上に向ける。

 木々の間から柔らかな日が差し込み、煌めいている。

 トレッキングなんて健康的な趣味は持っていなかったが、森の中は案外涼しく癒されるものだ。それが誰かに無理矢理連れてこられた場合でも。


「あー、サト、大丈夫かな。三日はマジックバッグの中でも大丈夫って言ってたよなぁ」


 他のマンドラゴラは日に一回の回復魔法で済むらしいが、うちの食いしん坊は日に二回から三回の回復魔法を浴びている。自己申告の三日であれば、余裕で乗り越えられるはずだ。あの食いしん坊はきっと主人に似たのだろう。

 あ、いや、もう会った時から食いしん坊だったか。つまりは食いしん坊同士の運命の出会いだな。


 だめだ。思考が元気に散歩に出て迷子だ。


 朝から忙しく動いていたし、龍の魔力で無理矢理腐海の中に飛ばされるという衝撃体験。

 しばらく気を失っていたが、眠りとは違う。


「あー、寝るな。寝たら死ぬぞー」


 危険な場所だから寝たらダメだと自分に言い聞かせながら、ゆっくりとその瞼を閉じた。





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