カルネアデスの板
駒井 ウヤマ
カルネアデスの板
<はなさないで、いいな!>
自身のタブレット端末に、メッセージアプリで届いたその言葉への俺の感想は「いきなりなんだ?」だった。
さっきからずっと2人で話し続けて、ついさっきフッと会話が途切れて、何だ何だと思っていたら、送られてきたのは先のメッセージ。有体に言って、意味が分からない。
<すまん。ちょっとかんがえがぼうはつした>
<でもさ、はなすのもつかれたからさ、これでしゃべろうぜ>
しかし、その疑問は俺が言葉を発する機先を制して送られて来た、2件のメッセージを読んで氷解した。
<成程な>
確かに、アイツと話し続けて早1時間は経つだろう。喉も痛くなってきたし、第一話題が無くなった。こうして文章で打って話をすれば、思いつく話題もあるだろう。
それに、状況的にも好ましいに違いない。
<にしても、どうして平仮名なんだ?頭小学生か?>
<うるせえよ。なんかこう、めんどうくさいんだよ。わるいか!>
<悪いな、頭が>
成程、確かにこれは良い。正直言って期待はしていなかったが、こうやって文章で残っているのを見ながら次のフレーズを出すというのは新鮮で、楽しい。学生時代にこういったアプリで夜中まで通信を続けていた女子生徒たちの気持ちが、今更ながらに分かった。
<しかし、これはこれで良いな。ちょっと待て>
そう断りを入れて、俺はポケットに仕舞ってあったパソコン作業用の眼鏡を取りだして、かける。ブルーライトカット仕様の、目に優しい逸品だ。
<これで良し。で・・・?>
<で・・・?って。こんどはそっちからわだいをだせよ>
<今度はって・・・お前のアレは話題か?>
<いいだろ、べつに。それよりはやく、はやく>
<女子みたいに急くな、可愛く無いぞ>
まったく、と心の中でボヤくと、少し顎に手を当てて話題を考える。
<そうだな、それなら・・・・・・>
それから数十分間、俺たちはとりとめのない話をメッセージを用いて行った。状況が状況だから筋の通った話なんて出来ないし期待もしないが、やはり食事についての話が多かった。
例えば。
<なあ、いまなにがくいたい?>
<唐突だな。そうだな・・・お前は?>
<おれえ?>
<ああ。先ずはお前から言えよ>
<あ、ああ・・・そういう。おーけー、それなら・・・やっぱにくかな>
<肉?えらく旺盛な食欲してんな>
<いや、そういうことでもないんだけどさ。でも、やっぱにくだろ、にく。ちのしたたるすてーきなんかさいこうだろ!>
<ステーキねえ。俺は、今はそんなの腹に入る気がしないな。だから・・・プリンとか?>
<がきくせえ>
<五月蠅え!!>
こんな具合に。
そして、時間を忘れて熱中していた俺を引き戻したのは、タブレットに浮かぶアイコンを見てだ。
「あっ!」
思わず声を上げてしまった俺に、たちまち怒りのメッセージが届く。
<はなすなって!>
<いや、すまん。電池が無くなりそうで、つい>
見れば、右上に表示されている充電量のアイコンは1/3、真っ赤に染まっていた。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったので、電池の残量が少なかったようだ。
<たぶれっとを、ゆかにおけ>
すると、しばらくしてからそんなメッセージが届く。置け、と言うことなのでその言葉通りにすると、そのタブレットの元に何かがコツンとぶつかった。
(これは?)
それを拾い上げ、画面の灯りで照らしてみれば、それは蓄電式のバッテリーだった。
<それをつかえよ>
<良いのか?>
<おれだって、はなしができないとさびしいからな>
何とも優しい話だ。コイツが友達で良かったと、心の底から思う。
<つなげって、はやく>
急かすようなメッセージに、俺は慌てて線を繋ぐ。すると、キチンと充電中のアイコンに変わった。
<出来た。良かったよ>
<なにがだよ>
<いやなに、てっきり空っぽのバッテリーかと思ってな>
<そんなことしねえよ!!>
いやまったく、アイツの言う通り。ほんの少しでもそんな風に考えた、自分がとても恥ずかしい。
<まったく。それでさ・・・ちょっとおねがいがあるんだけど>
<やっぱりか、そんな気がしたよ>
やはり、下心はあったようだ。まあ、その方がアイツらしいが。
<ははは。それよりさ、ちょっとそのたぶれっと、ちかくのかべにたてかけてくれないか?>
どういう意味だろう?良く分からないお願い・・・とは言え、貴重なバッテリーを使わせてもらって、その程度なら応えるのが友達としての筋だろう。
そう思って、俺は近くの壁にタブレットをそのまま立てかける。すると、それがまるでライトのように、俺の全身を照らした。
<これで?>
そのままの状態で、俺は器用にメッセージを打ち込む。すると、
<おーけー。こっちをみろよ>
そんな返信が届く。さっきバッテリーが飛んできた方を見れば、そこには久方ぶりに見る友達の顔がボウと浮かび上がっていた。
恐らく、タブレットを顔の下の置いて照らし出しているのだろうが、そのふざけ振りに思わず苦笑が漏れる。
<やめろよ。安っぽい肝試しみたいだぞ>
<ははは。いいじゃん、べつに>
しかし、思ったより近くにいたものだ。離れて座っていようと言ったものの、こうもなれば寂しくなったに違いない。
<それよりさ、ちかくにいっていいか?>
思った通り。
<良いぜ、来いよ>
<ありがとう>
すると、その、顔を照らした姿勢のまま、アイツはスーっと平行移動して来た。顔だけ照らしてそれ以外は真っ暗なその姿は、まるで本物のお化けみたいだ。
そして、彼我の距離があと数歩くらいの距離になったときだ。アイツは少しもぞもぞと何かを仕舞うような素振りをしたあと、タブレットを覗き込んで何かを打ち込みだした。書いては消し、書いては消しを繰り返したのだろう。アイツから送られて来たのは、次のような短文だった。
<すまん。おれは、はなしたくないんだ、いきるきぼうを>
漂流中の宇宙船アルゴ号が発見されるまで、あと8時間。
船内の酸素が無くなるまで、あと1時間。
そして。
2人が殺し合うまで、あと※※秒。
カルネアデスの板 駒井 ウヤマ @mitunari40
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