雨宮兄弟の骨董事件簿

高里椎奈/角川文庫 キャラクター文芸

雨宮兄弟の骨董事件簿《第一話全公開》

第一話 女神のカメオ①




 潮風に手を引かれて大人になった。

 海岸沿いにモダンな倉庫が建ち並ぶ港町。船からの積荷を運ぶ幹線道路をれた駅前には近未来的なビル群が見られるが、こうに入ると一昔前のレトロな街並みがいまなお、日々と共にいきいている。

 川沿いの桜並木を望む景色は四半世紀前から時が止まったようで、立ち止まる者をノスタルジックな気持ちにさせた。

 せせらぎをさかのぼって吹く風はほのかに潮の香りがする。水面に視線を下ろすと、澄んだ水に陽光が反射して瞬く星をちりばめたようだ。

「あの兄弟、ちゃんと飯は食ってるのかな」

 流れ星が降るように頭をよぎった一瞬の考えが、地表にり込んだいんせきの如く意識につめあとを残して居座る。もし川がコンクリートの絶壁に挟まれた水路でなかったら、思い悩む彼自身の顔が水面に映っていたに違いない。

 ほんもくきよう、二十五歳、地方公務員。

 きっとえない、夜勤明けの疲れた顔だ。

「ついでに買うだけ、途中で寄るだけ」

 誰へともない弁解をして信号を渡り、弁当店で唐揚げ弁当とハンバーグ弁当と幕の内弁当を注文する。オフィスビルを横目に大通りを下って、コンビニエンスストアで麦茶とプリンを買い足せば充分だろう。

 金属製の飾りアーチが洒落しやれたヘアサロンは最近出来た店だ。おもてさんどうだかしぶだかに本店を持つ有名なスタイリストがオーナーらしい。

 緑のオーニングが張り出すファストフード店の角で右折すると、一つ目の十字路で空気が変わるのを感じた。

 時間旅行をしているかのようだ。あるいは異国の地に、はたまた人によってはテーマパークにいると錯覚するかもしれない。

 うらに端を発する開港を皮切りに、港町には海の向こうの文化が数多く持ち込まれた。土地開発をされた大通りに企業ビルや全国展開の支店が建ち並ぶ一方で、近代の表層をがすと、当時の建物が軒を連ねている。

 オレンジ色の壁に黒い窓枠、壁を伝うつたに二階の窓辺にり下げたプランターの赤い花。れん造りの二階建ての窓枠は夏雲の様に白く、外階段でしまねこ欠伸あくびをする。

 石畳は左右からなだらかに傾斜して、中央に浅い溝が走っている。モデルとなったパリの街では窓から汚水を捨てていた時代の名残らしい。小路の両脇には排水溝が別に埋め込まれており、一帯は劣悪な景観とも悪臭とも無縁である。雨が降った翌日に水が川へと流れていく程度だ。

 民家の外階段で縞猫がまた欠伸をする。

 アイスクリームを持った親子とすれ違って道の端に寄ると、対面側の小さな店が丸ごと視界に入った。

 街並みに溶け込むダークブラウン基調の店構えは、西洋のチョコレート店をほう彿ふつとさせる。しかし近付けば、木製の窓枠で上下左右に仕切られたキャビネットウィンドウに陳列される商品が菓子でない事が誰にでもすぐ分かるだろう。

 日差しを嫌う窓は黒っぽくかすんで、窓枠によって切り取られた世界は白黒写真の様だ。澄まし顔で並ぶのは陶器、磁器、じゆう。シュタイフ社のテディベアが小首を傾げてこちらをのぞき返す。

 数歩下がって上方を見上げると、バルコネット付きの開き窓の隙間から、レースのカーテンがはためくのが見えた。どうやら弟も起きているようだ。

 匡士は手に下げた弁当の袋をちょいと掲げて、フランス窓に似た扉を押し開けた。

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