第9話 報告書②


 エリシアが渡して来た冒険者のリストの最後の頁は――ニレナの頁だった。


『ニレナ=ルナリーデン。D級冒険者。

 ユスティニアの森近郊の都市『ステイリナ』へ至る前の一切の経歴は不明。

 二年ほど前にステイリナを訪れ冒険者登録を行う。以降冒険者として活動を始める。


 その後冒険者として著しい成績を誇り、一年足らずでDランクまで昇格。

 しかし、その抜きんでた依頼成功率に対し、彼女と同行した冒険者の死亡率が高い事をステイリナ冒険者ギルドからは疑問視される』


 この都市、《ステイリナ》って言うんだ。

 エリシアが"都市"とか"街"とかしか言わないからそう言う名称なのかと思っていた。よく考えればそんな筈はないか。

 まあ今はそんなことよりも、考えるべきはニレナの報告書に書かれていたこの記載――


 "同行した冒険者の高い死亡率"


「………………………」


 一瞬、自分の頭を過りかけた考えを即座に否定する。

 いや、これだけでは何とも言えない。


 不幸な偶然が重なっただけの可能性もある。そもそも冒険者なんてのは、元から死と隣り合わせの職業なのだ。

 

 そんなことを自分に言い聞かせるように、そのまま読み進めていく。


『――半年ほど前に、とあるCランク相当の依頼中にニレナ=ルナーリデンを含むパーティが壊滅。パーティメンバーではニレナ=ルナリーデンともう一名のDランク冒険者を除き全員が死亡する。

 

 事件後、生き残ったDランク冒険者によって『パーティメンバーはニレナによって殺された』との主張がなされる。ニレナ=ルナリーデンはこれに対し、完全な沈黙を保つ。


 ニレナ=ルナリーデンは当該冒険者の主張に基づいてステイリナのギルド審査会にかけられるも、主張の真偽を図る前に告発者は別のパーティ内における横領が判明し、そのトラブルが乱闘に発展し、死亡してしまう。


 これにより告発者自身の正当性が著しく損なわれたことと、彼の証言以外の証拠が無いこととからニレナ=ルナリーデンに対する処罰及び冒険者ライセンスの剥奪は見送られる。

 しかし、ニレナ=ルナリーデン自身にも前より同行者の死亡率の高さなど多数不審な点が見受けられていたことから半年間の謹慎処分を命じられる。


 そして二週間前に謹慎が明け、先日我々と協力中の《来訪者》へ接触。

 今後とも監視の要を認める』


「こ、れは…………」


 そこには、衝撃的な内容が掛かれていた。


 当時ニレナが組んでいたパーティが壊滅して、ニレナともう一人を除いて全滅。

 しかも、もう一人の生存者に『ニレナがパーティメンバーを殺した』と告発された?


 ニレナに関する報告書に書いてあった内容に、しばらく言葉が出てこなかった。


「……………………」


 さまざまな感情が頭の中で渦巻いて、上手く考えが纏まらない。


「いや、これはあくまで疑惑であって…………」


 自分に言い聞かせるように呟いたが、その後に続く言葉は、上手く出てこなかった。



◇◇◇


「………………………」


 色々と考えてるうちに、夜が明けていた。


 この身体じゃなかったら今頃は寝不足でフラフラしていただろうな。

 どれだけ眠れなかったとしても問題が無いことだけが、今は唯一の救いだ。

 

 こんな日でも変わらず依頼はある。

 今日もユスティニアの森でニレナと魔物の討伐だ。


「どうしたの~~?おねーさん、さっきからぼーっとしてるよ~~?」


 黙り込んだまま歩いていると前を歩いていたニレナが俺の顔を覗きこんできた。


「……いや、なんでもないよ」


「ほんと~~?それとも~~また体調が悪くなっちゃった?あの夜みたいに」


 思わず目を逸らすと、ニレナが悪戯っぽく笑いながら顔を近づけて来たので——


「――っ!本当に大丈夫だって……」


 —―咄嗟に、顔を逸らしてしまった。


「…………そう?」


 俺の反応を見たニレナは、少し寂しそうに顔を離した。

 ……一瞬、心臓が締め付けられるような感覚がした。


 あの報告書を馬鹿正直に信じている訳じゃない。

 そもそも、ニレナと組んだ冒険者の死亡率が高いのも本当にニレナに関係があるのかは分からないし、『パーティメンバーを殺した』とニレナを告発した奴だってパーティ内で横領をしていたような奴だ。

 ニレナのパーティでも似たようなことをしていてトラブルになっていて、その結果ニレナにパーティ殺しの罪を着せたのかもしれない。


 そこまで考えていながら、それでも上手くニレナの顔を見れないでいる。


(それでも今のは無いよな~流石に……)


「あ、そうそう」


 軽く自己嫌悪に陥っていると、ふとニレナが思い出したように口を開いた。

 さっきの俺の態度をそこまで気にしていないなさそうで少しほっとする。


「私、都市ステイリナを出なきゃいけないんだよね~~」


「え―—?」


 思わず振り向いてニレナの方を見たが、ニレナはなんでもないような様子で言葉を続けた。


「私、冒険者以外にも別の仕事があって、そっちの仕事でちょっと都市を出なきゃいけないんだよね~~」


 ニレナはそう、あっけからんと言った。


 俺はといえばニレナの突然の発言に、完全に混乱していた。


(え……?は……?都市を出る?ニレナが?こんなに急に……?)


 何が何だか分からない。

 さっきまでニレナの報告書の内容について考えていたばかりいたと言うのに、それも全部一瞬で吹っ飛んでいった。


 こんなにも急に、ニレナと別れることに?依頼はどうする?

 つまり——パーティは解消?


「…………戻って、来るよな……?」


 ほとんど反射的に、そう問いかけていた。


「……やっと目を合わせてくれた」

 

「え——?」


 思わず聞き返すと、ニレナがクスと笑った。


「そんな顔しないでよ~~おねーさん、捨てられそうな子犬みたいな顔してるよ?」


「いや、そんなことは……」


 ない。

 ……とは言い切れなかった。


「だいじょ~ぶ、さ~~」


「数日……あ」


 ニレナの言葉を何度か反芻して、ようやく合点がいった。

 そうか、あくまで一時的な話か。


 いや、完全に早とちりしていた。

 ……なんだか、非常に恥ずかしい勘違いをしていた気がするな……。


「勿論、ちゃちゃっと済ませて直ぐ帰って来るつもりだけど、その間は一緒に依頼に行けないよね~~?」


 俺の反応を楽しむように、ニレナが後ろ手を組みながらゆっくりと喋ってみせる。


「ね、どうしよっか?」


 そう言うと、ニレナが悪戯に微笑んだ。


◇◇◇


「じゃ、いい子で待っててね~~」


 その後、つつがなく討伐依頼を済ませると、ニレナは手をヒラヒラと振って軽快に歩いて行った。


「……はい、いってらっしゃい」


 歩いていくニレナに手を振り返す。


(……なんか、またからかわれていたような気がする……)


 なんというか、昨日の夜からたった一日でどっと疲れた気がする。

 体力的にじゃなくて、精神的に。


 ニレナの報告書の件は考えた所で仕方がない。ニレナに不審な過去があるからと言ってニレナとパーティを別れるわけにもいかないし。

 結局は俺の受け取り方次第ということだ。


「……さて」


 ニレナの姿が完全に見えなくなると、今度はギルドへと向かう。

 酒場に行ってエリシアとニレナがいない間のことを話し合わないと。


 ……が、いない。

 いつもなら奥の方で一人で果実酒シードルを飲んでいるんだが、酒場のどこを探してもエリシアが見当たらない。


「……まあ、そのうち来るだろ」


 一人前の食事を頼み、エリシアが普段座っている奥の席に腰かける。


 酒場は朝から昼にかけての時間が一番人が多い。冒険者たちが依頼に行く前の待ち合わせだったり、これから共に依頼に行く相手を探していたりするからだ。

 対してこの時間帯は、冒険者達はまだ依頼中だったりその帰り道だったりするのであまり多くは無い。


 代わりにギルドで働いている職員たちが仕事を終えて静かに食事を取っているくらいか。

 夕暮れから宵にかけてのこの時間が、酒場は最も静かなのだ。


 そもそも夕食を酒場で取ろうとする冒険者は少ない。

 食事をとるだけならばギルド周辺の店の方がよっぽど旨いし、酒を飲みたいならもっと遅い時間からでいいからだ。


 それでも、人もまばらで喧騒から離れてゆっくりと食事を取れるこの時間が俺は、案外嫌いじゃなかった。


「…………うん、うまい」


 そんなことを考えながら、運ばれてきた食事を食べる。

 今日のメニューは鹿肉の煮込みにサラダ、それにパンとスープだった。


 静かな空間に、食器が擦れる音だけが響いていく。


 こうして一人で飯を食べるのも久しぶりだ。


 いつもは朝食は依頼クエストに行く前にニレナと簡単に取って、昼は依頼クエスト中に携帯食を、依頼から帰ってきた後に晩食をエリシアと依頼中にあったことや今後の予定を話し合いながら取っていた。


 エリシアはいつも夕食は食べずに、果実酒だけ頼んでちびちび飲んでいた。

 アイツ、果実酒を飲みながら俺が食っているのを眺めているだけで、早く食い終わるように急かすことはしなかったな。


「……………………」


 そう言えばこうして完全に一人きりという時間自体が、かなり久しぶりだ。

 思えばここ最近は、いつも近くに誰かがいた。


「おう、フードのねーちゃん!今日は一人か!?」


 一人じゃなかったわ。

 酒場の親父が、耳元で爆音で話しかけてきた。


 エリシアの顔見知りということで俺も知り合いにカウントされているらしい。時々こうして馴れ馴れしく話しかけてくる。


「……ニレナは数日都市を空けるんだと。エリシアはてっきり酒場にいると思ってたが」


「俺も今日はエリシアを見てねえなあ、いつもなら昼過ぎ辺りからねーちゃんが今座ってる席で飲んでるんだがなあ」


 あいついつも昼から飲んでるのかよ。最悪だな。

 

「ま、エリシアも普段あんだけ飲んでりゃ一日くらい飲まない日だってあるってことさな」


 親父はそう言って俺の前に果実酒の入ったグラスを置いた。


「まあ、なんだ。だからフードのねーちゃんもそんなしょぼくれた顔してねえで、これでも飲んで元気出せや!」


 親父はそう言って俺の肩をバシバシ叩くと、厨房へと戻って行った。

 

「……しょぼくれた顔ってなんだよ」


 そんな顔してないわ。

 いや、親父にはそう見えたのだろうか。

 親父が置いて行った果実酒のグラスを傾けると、ほんのりとした甘さの中に僅かな渋みが口の中に広がった。


◇◇◇


「ふ~~…………」


 ギルドで食事を済ませた後は宿に戻り、そのままベッドに横になっていた。

 結局、俺が食事をしている間、エリシアが酒場に来ることはなかった。

 まあ別にあそこで待ち合わせをしている訳でもないし仕方ない。


 ……ニレナが数日都市を空ける。

 エリシアに今後の方針を相談しようとしたけど、そのエリシアも見つからない。

 つまりはしばらく一人で、今後の展開に対処する必要がある。


 とりあえず、昨日にEランクへと昇級し、ユスティニアの森へも単独で行けることになった。

 ただ、Eランクの依頼は魔物も、報酬も、ギルドポイントもかなりしょぼい。


 ギルドで魔物の図鑑を見せて貰ったが、そもそもEランクの魔物なんて牙があるコウモリとか、角が生えたウサギとかそんなのだ。魂の吸収の足しにもならなそうだ。


 一人でEランクの依頼一つこなしたとしても、ニレナと等分しているDランクの依頼の報酬の半分にも満たない。依頼をこなすごとに貯まっていくギルドポントは依頼の報酬額に比例しているので、Eランクの依頼ではギルドポイントもほとんど貯まらないだろう。

 ということは、Eランクの依頼をこなしていてもいつまで経っても昇級できないことになる。


 結局、無理をしてでも上のランクをこなすのがベストなのだ。

 依頼のランクが一つ上がるたびに報酬とギルドポイントは4~5倍に跳ね上がるので、パーティを組んででもランクの高い依頼に行くのが結局効率がいい。


「うーん……頼み込んででもDランク以上のパーティに入れてもらうしかないのかな~~すげえ嫌だな~~」


 魂の収穫で吸収した魔力は、だいたい二日で枯渇する。つまり明日一日は大丈夫だろうけど、明後日から行動に支障が出てくる。

 諦めてEランクの依頼を受けるか、それとも頼み込んでDランク以上の依頼を受けるか、明日中には決めないといけないのだ。


「……そうだ、エリシアから貰った冒険者のリストがあるな」


 エリシアに渡された冒険者のリストをめくってみる。なにか冒険者の弱みとか書いてあるかもしれない。

 この際脅してでもパーティにいれてもらうのでもアリだな。こちとら死活問題だか。


「……今までの経歴とかは書いてあるけど、特に脅せそうなものは書いてないな」


 そんなことを考えながらパラパラと冒険者リストに目を通していると、誰かが階段を昇る足音が聞こえて来た。

 他の部屋の冒険者が帰ってきたのかもしれない。


 冒険者達は深夜帰り朝帰り上等で昼夜の感覚など無いに等しいので、俺は特に気にすることもなく冒険者リストを眺め続けていた。


 しかし足音は少しずつ、この部屋へ向かって近づいてきていた。


「……………………」


 読んでいた冒険者リストを枕元に置き、大鎌を握ってベッドから起き上がる。

 そしてコンコンと、静かに俺の部屋がノックをされた。

 

 ノックをされたドアへと近づくと、慎重にドアを開ける。


「……こんばんは」


 開いたドアの向こう側――


 ――

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