第5話 パーティ

 早朝。嗅ぎなれていないシーツの匂い、そしていくつもの足音が騒がしく階段を上り下りする音で目が覚めた。

 冒険者ギルドの真向かい、冒険者用の宿での目覚めは最悪だ。


 真っ先に目に入ったのは見慣れない木製の天井。

 部屋に備え付けてある小さな鏡を見れば、映るのはやはり見慣れない黒髪の少女だ。


「何度見ても、この顔には慣れないな……痛っ」


 ベッドから起き上がろうとしたら鈍い頭痛が走った。


「クソっ二日酔いだなこれは……」


 結局、あれから果実酒シードルを飲みながら作戦会議をするも妙案は出て来ず、エリシアは途中からベロベロになって使い物にならなくなっていた。

 あれが俺の協力者っていうのだからこの先が心配になってくる。


 このまま二度寝に入ろうかと思ったが、そう言えばエリシアと待ち合わせしているのを思い出した。


「体も重い……昨日のシードルがまだ残ってるな……」


 そう言えば、エリシアが朝起きたら真っ先に髪を梳かせとか言われていたな。髪は女の命なんだとか。

 ……面倒くさいからいいや。身体は女でも心は男なので髪が痛んだところで死にはしない。


 そんなことを考えながら起き上がろうとすると――

 ベッドから転げ落ちた。


「は…………?」


 何が起こった。

 ベッドから起き上がろうとしたら急に視界が反転して、気がついたらベッドから落ちていた。

 とりあえず寝間着からいつもの服に着替え、支払いを済ませたあと宿を出る。



「ハァ……ハァ……」


 真向かいのギルドへ着く頃には、完全に息が上がり切っていた。


(なんだ……?鹿頭の巨人ケントゥリオから全力で逃げていた時でさえ、ここまで息が切れることはなかったぞ……?)


 流石にもう二日酔いとか、そういう次元の話じゃない。

 明らかに体調が悪い。


(エリシアに、相談しよう……)


 正直に言って、あの組織のことは欠片も信用していない。

 エリシアは協力者だが、それは俺が冒険者としてやっていく上での助言役のようなものに過ぎない。


 だから俺の身にトラブルがあった時、エリシアが俺を助ける義務はない。

 むしろ、俺がAランク冒険者になるのが不可能だと判断されたとき、俺のことを"処分"することになるのは彼女だろう。


 そもそも、俺は誰も信じていない。

 いつだって、本当に困ったときは誰も助けてくれやしない。自分を救うことができるのは自分だけだ。


(エリシアは……居た……あそこだ)


 待ち合わせの酒場に着くと、奥の方のテーブルで果実酒を飲んでいるエリシアと目が合った。朝から飲んでやがる。

 一目で俺の不調を察知したらしい、ガタンとテーブルに両手を置き立ち上がると俺の元までかけてきた。


「どうしたのその顔色!?」


 顔色からでも分かるくらいに俺の体長は悪化しているらしい。

 エリシアがかなり焦った様子で近づいてきた。


「症状は!?どこか痛むところはある?」


 エリシアは慌てながら心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


 数日の付き合いだが、段々と彼女のことが分かってきた。

 超がつくほどのクソ真面目。融通が利かない。酒クズ。


 そして、他人のことを決して見捨てない。


 だから、俺が信じるのはエリシアじゃない。エリシアの信念だ。

 あの日、たった一人の来訪者のためだけに命を張ったその信念だけは、信じるに値すると思えるから。


(はは……こいつはこういうやつだよ)


「ちょっと!笑ってる場合じゃないでしょ!症状は!?」


「頭が痛い。時々急に意識を失いかける。あと全身が重くて、少し歩いただけで息が切れる」


「……症状は魔力欠乏症に近い……でも、アマヤには使える魔法なんてないはず……」


 エリシアは口元に手を置いてぶつぶつと考え込んだあと、俺の手を引いた。


「一緒に来て!」


 エリシアは俺の手を引いてそのままギルドの端にある鑑定石のもとまで連れてきた。


「もう一度"鑑定"して、鑑定代は私が出すから」


「一回の鑑定に銀貨2枚はかかるんだろ?果実酒シードル10杯は飲めるんじゃないのか?」


「今は果実酒シードルとか言ってる場合じゃない!言っとくけど治ったらしっかり返してもらうからね!」


 エリシアは護衛に銀貨2枚を渡すと俺をグイグイと通路の先に押し込んだ。


――――――――――――――――――――


【ユーリ=アマヤ(雨夜悠里)】


性別=女/年齢=17歳

種族=リーパー

レベル=4


ステータス:

体力 150/280(B⁺)

魔力 20/200(C)

筋力 F

俊敏 F

器用 F

精神 D


魔法:

無し


技能スキル

魂の収穫(使用回数:無制限)

影槍(使用回数:4回)


SP:540


――――――――――――――――――――


「……どうして?」


 エリシアは羊皮紙に書かれた俺の鑑定結果を見て固まっていた。


……?十分な食事と休養を取ったはずなのに体力も、魔力も、回復するどころか、むしろ消耗している……」


 エリシアは顔を真っ青にしながら、俺の魔法欄と技能スキル欄を何度も見返している。


「アマヤに使える魔法はまだない。特能ギフト技能スキルも、使用回数が減っていないから使ってはない。なのにどうして魔力が減っているの……?」


 そしてエリシアは俺の種族欄をもう一度見返して考え込むと、やがてぽつりと呟いた。


……?」


 エリシアは顔を上げると俺に説明を始めた。


「その身体能力は、魔力を消費して手に入れているものなのかもしれない。それならアマヤが最初に使えるようになった技能が対象の力を吸収する【魂の収穫】なのにも納得がいく……いや、それしか考えられない」


 説明を終えると、エリシアは俺の肩を掴んで言った。


「今すぐユスティニアの森に行って【魂の収穫】をして!」



◇◇◇


 エリシアに連れられて、再び酒場に戻って来た。

 ちょうど昼の食事時ということもあって酒場は凄い賑わいだった。


「私が一緒に行ってあげられたら一番良いんだけど、階級差規定によってAランクの私とFランクの貴方じゃ、どうしても依頼に行くことが出来ないの」


「じゃあ別に一人でも……」


 言いかけて、エリシアの声にかき消された。


「駄目!」


 エリシアが真剣な目つきで言葉を続けた。


「あなたの桁外れた身体能力は、たぶん魔力を変換したものなの。そして魔力が枯渇しつつある今、鑑定結果にある通りあなたの身体能力は人並みかそれ以下。今のあなたは文字通り初心者の冒険者なの」


「そんな状態で《マンイーター》や《ブラックハウンド》に勝てる?たとえ勝ててもそれより強い魔物なんてあの森にはゴロゴロいるのに」


「じゃあどうすれば……」


「待ってて」


 エリシアは深呼吸をすると、真剣な眼差しでゆっくりと酒場の方へと歩き出して行った。


「あのっ、彼女は新人冒険者で、誰か彼女と一緒に依頼クエストに行ってくれませんかっ…!」


 エリシアが酒場で飲んでいる冒険者たちに向かって、精一杯の大声で呼びかけた。


「あいつ……」


 人見知りのくせにかなりの無理をしている。

 緊張からかその声は途切れ途切れで、しかも過呼吸になりかけている。


 しかし、冒険者たちはエリシアの後ろにいる俺を一瞥すると、顔色の悪い俺の様子を見て顔の前で手を左右に振った。


(まあ……当然の反応か)


 命懸けで依頼に臨む仲間の存在は、文字通り命運を左右すると言ってもいい。

 それを見るからに体調の悪い新人ルーキーを一緒に連れて行きたいと思うやつはいないだろう。


 酒場の冒険者たちに相手にされず、肩を落として戻ってきたエリシアに問いかけてみた。


「なあ、そもそも最低ランクの初心者をパーティに入れたいって奴はいるのか?」


「……正直、いないと思う。パーティに入れる側にメリットが無いから。パーティを組むことを対価にした金銭の授受は禁止されているし」


 そこまで言うと、エリシアは「でも」と目頭に涙を溜めて言葉を続けた。


「それでも!それでもパーティを組んでくれる人を見つけなきゃ!そうじゃなきゃ……貴方が死んじゃうじゃない……」


 エリシアは溜まった涙を拭くと、酒場の方を向き直した。


「私、もう一度頼んでくる」


 そう言うと、エリシアはテーブルの方へ駆け出して行った。


「お前さん、一緒に依頼に行ってくれる相手を探してるんだって?」


 エリシアが駆けだしていくとほぼ同時に、後ろから体格の良い冒険者が話しかけてきた。


「ああ。初心者だからユスティニアの森に連れて行ってくれる相手を探している」


 男は「ふーん」と言うとジロジロと俺を品定めするように眺め始めた。


「ひょろっちいな~~それに顔色も悪いぞ?そんなんで依頼に行けるのか?」


「…………」


「でもまあ~~顔(ツラ)は悪くねえな」


 男はそう言うと、ガシッと俺の肩を掴み寄せた。

 そして、男の手が肩から背中、背中から腰へと段々と下がっていった。


「まあ……俺の女になるんだってんなら、連れて行ってやってもいいけどな」


 殺意を込めて男を睨みつけるが、どこ吹く風といったふうに男はニヤニヤと笑っている。


(こいつ……力が戻ったら、殺してやるからな)


 今すぐこの手を握り潰してやりたいが、今の筋力ではそれも出来ない。

 男を脳内の殺害リストの三番目に書き込んでおいた。一番目はフラメア、二番目はロザリアだ。


「それで、どうすんだ?俺の女になって付いてきたいのか、どうするのか……」


 腰に置いた手が、さらに下へと下がりそうになったところで、男が急に呻きだし始めた。


「いてえ!!いででででででででで!!」


 振り返れば男が手を捻りあげられていた。


「やめろ!離してくれ!!」


 関節が今にも曲がってはいけない方向に曲がりかけた男が懇願するように叫んだ。

 男の隣から軽装の女冒険者がポニーテールに結んだ髪をたなびかせながせ、俺にヒラヒラと手を振った。


「はろ~~昨日ぶりだねおねーさん」


「お前は……確か――ニレナ?」


「ごめんね〜~、そこでご飯食べてたら話が聞こえてきちゃった。討伐依頼に行きたいけど、おねーさんのランクじゃ受けられないし、今のおねーさんじゃ魔物に勝てないから困ってるんでしょ?」


「ああ……」


 そう返事をすると、ニレナがずいと顔を近づけて来た。

 ……相変わらず距離が近いんだよな。


 言いたいが、今は指摘する気力も無い。


「じゃ~~、私と行こうよ。私、Dランクだからおねーさんと一緒に依頼行けるよ」


「……いいのか?」


「いいよ〜〜どうせ今日は暇してたし。それに~~おねーさん面白そうだし」


「そっか……ありがとう。宜しく――」

 

 差し出されたニレナの手を取ろうとした瞬間、昨日のニレナとの会話が脳裏を過ぎった。


 『殺しの他にやることもない』――

 真偽のほどは分からないが、それを臆面もなく初対面の相手に言うような精神性。

 それに、ニレナからは出会った時から、フラメアからも感じた濃厚な死の雰囲気をひしひしと感じていた。


 昨日会ったばかりのニレナを、はたして信用できるだろうか。


 今の俺には戦闘力はほとんどない。力は入らないし、少し歩いただけで息が切れる。技能スキル……【影槍】だって今は上手く使えるかどうか分からない。


 ……仮に、あの森の中でニレナに襲いかかられたなら、今の俺にはなすすべもない。いや、置いて行かれるだけで詰みだ。今の俺じゃ蜘蛛にすら勝てない。


「アマヤ……」


 いつの間にか戻ってきていたらしい。気づけばエリシアが俺の横にいた。

 真剣な顔をしている。どうやら話を聞いていたらしい。


 ちらりとエリシアの顔を見る。

 エリシアは俺の視線に気がつくと俺の眼を見て小さく頷いた。


 ……分かったよ。今はこの手を取る他に、時間も選択肢も無いらしい。


「ああ、宜しく頼むニレナ」


 差し出された手を取ると、ニレナはにんまりと笑った。

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