これが私の黒歴史

たてのつくし

第1話

 それは、私が中学三年生の夏の出来事です。多分、その年最初の水泳の授業だったと思います。

 私は、いつものように紺色のスクール水着に着替え、仲の良い友達とべちゃくちゃしゃべりながら、プールサイドに上がりました。


 プールサイドに上がった途端、一人のクラスメイトが私を見て、

「あんたって、色っぽいねぇ」

 と、なんだかしみじみと言いました。私は一瞬、(?)とは思いましたが、あまり気にはとめませんでした。


 それというのも、私は生れてこの方ずっと、水着を着るたびに、白い、白いと、言われ続けてきたからです。わぁ、色白自慢、と思う方もいるでしょうが、ほっそりとした色白ならばともかく、私はぽちゃっとした色白ですので、プールなどで浮いていようものなら、水死体とか土左衛門とか、ろくなことを言われない色白なのです。それでも、白は白ですので、毎年プールの季節が来るたびに、耳にたこができるくらい、言われ続けきた言葉です。


 そんな訳で、今回も、恐らく彼女は、私になまっ白いと言いたかったのだろうと解釈して、特に気には留めませんでした。まあ、中学生にはありがちな言い間違いだろう。土左衛門よりはましだし。


 ところが、後からプールサイドに上がってきた別の友人が、私を見るなりまた言ったのです。

「あんた、色っぽいわ」

 続けてもう一人、すれ違いざまに振り返り、

「本当にあんたって、色っぽいねぇ」


 三人続けて色っぽいと言われ、さすがの私も、なんか変だぞ、と思いました。私は、アンニュイとはほど遠いキャラクターでしたし、いくら何でも三人続けて言い間違えるか?

 そこで私は、改めて自分を見てみたのです。

「ひえ~!!」

 思わず声が出ました。一緒に歩いていた友人も、遅ればせながら私の全体像を見て、

「あら~」

 と、素っ頓狂な声を上げました。


 あろうことか、その時の私の水着は、スクール水着であるにもかかわらず、私の胸部を、出てはならないギリギリのラインを攻めるようなカーブを描いており・・・、つまりは生っ白い谷間が丸見えになっていたのです。自分のこんな胸を、私はその時、生れて初めて見ました。ここ、これは確かに、色っぽいとしか言い様がない。

 さらによく見れば、腹部よりやや下の、いつもならすっきりとした部分に、何やらくしゃくしゃと、水着の布地が盛り上がっておりました。それを見て、私は、はっと後ろに手を回しました。


「わぎゃ~っっ!!」

 私は思わず、中三の女子としては、あんまりな野太い声を上げてしまいました。なぜなら、私の臀部は、ぎりぎりセーフ? いいえ、完全にアウトなえぐれ方をしていたのです。一言でいえば、丸出しだったのです。


 自分の手でその恐ろしい現実を確認しながら、照り返しで暑くなっているプールサイドで、じわじわと冷や汗が出て来るのを感じました。私は、真っ白になりかけた頭で、自分に何が起きているのかを、必死に考えました。


 そうです。私は水着を後ろ前に着ていたのです。いや、のんきに後ろ前に着ていたのです、じゃない! プールの半分向こう側では、うちのクラスと隣のクラスの男子が、水泳の授業を受けているのですからっ!


 私は、友達とのおしゃべりに夢中で、水着の前後も確認せずに着替えてのけた自分のぼんくらぶりに、心底怒りがわきました。おっちょこちょいは私のお家芸ではありますが、これは限度を超している! 


 始業を告げるチャイムが鳴り響く中、プールサイドにいた二クラス分の女子が、何事かと私の周りに集まってきました。脂汗を掻きながら、私は友人に言いました。

「とにかく、私、着替えてくる」

「うん、そうした方が良い」

 一緒にいた友人も、緊張した顔で頷きました。

 それではちょいと失礼します、と、私が女子の輪を抜けて、更衣室に行こうとした、その時です。

 体育のD先生が、

「始めるよ~」

 と、プールサイドに駆け上がってきたのです。


 D先生は、若くて溌剌とした女性で、実を言うと前年度の私の担任でもありました。で、私は先生に慌てて言いました。

「先生。私、水着を後ろ前に着ちゃったから、着替えてきて良いですか?」


 いや、着替えてきて良いですか、ではなく、着替えてきますって、なぜ宣言できなかったかなぁ、中三の私。でも、その頃の私は、上に何か乗っかるくらい、融通の利かない真面目な生徒だったのです。生徒はあくまでもお伺いを立てる身、と、固く思っていたのです。


 私と先生を取り囲むようにして、プールサイドにいたすべての女子が、成り行き見守っていました。

「え? 水着を後ろ前に着た?」 

 先生が、大きな二重の目を丸くしました。

「はい! なので、着替えてきても、良いでしょうか?」

「う~ん」

 先生は、私を見ながら腕組みをし、目を細めました。そして、

「大丈夫、○○は胸がないから、着替えなくて平気!」

 と言ったのです。


 これにはさすがに、ウソだろ~と思いました。思ったのですよ。が、その時の私は、先生も大丈夫と言っているし、もう授業が始まってしまっているから、着替えることより、このまま授業を受けることがこの場合正しい!と思ってしまったのです。何度も言いますが、当時の私は、上に何か付くくらい真面目だったのです。


 それに、と、私は思いました、確かに私は胸がないから(いや、二つあるけどな)、下にたまった布の部分を上に引っ張りあげれば、谷間は何とかなるだろう(この方法で、すでに何とかしているし)。うしろも、この、前でたるんでいる部分を後ろに引っ張って広げれば、丸出しの臀部も隠せるはずだ(これまた、すでに処理済み)。


 そう算段した私は、自分からこう言ったのです。

「そうですね。じゃあ、このままで行きます」

 その瞬間、十重二十重と私たちを取り囲んでいた女子達から、

「ええ? いいの~?? ほんとにぃ~???」

 と言う声が、さざ波のように広がりました。が、もうその頃には、解決法も見つかったしと、私は吹っ切れていて、自分のせいで、授業の開始が遅れてしまった、ささ、みなさん、急いで、プールプール、てな感じでした。


 しかしやっぱり、何度引き上げて整えても、動けばすぐに大事なところがえぐれてしまう水着と、私は格闘し続けなければなりませんでした。そう、その一時間、私の胸は、何度も谷間を露わにし、私の臀部も、幾度も丸出しになったのです。


 困ったことに、自分の状態があまりリアルに見えていない私は、どこかのんきで、一緒に泳いでいた友人達の方が、よほど気疲れしたようでした。なんせ、私の後からプールから上がろうとすると、目の前に(恐らく)すっかりえぐれて丸出しになった私の臀部と、ご対面しなければ、ならなかったからです。

「○○、出てる、出てる」

 その度に、彼女たちは、息も絶え絶えで私に訴えました。

「あ、ごめん」

 私は、慌てて水着を直しながら、謝りましたが、こう言う事が、授業中に何度も起こったのですから、あの時は、私だけではなく、みんなも落ち着いて水泳を学べなかったと思います。本当に、申し訳ないことをしたと、今更ながら、深く反省しております。


 さて、それから数日経った日のことです。

 その日、一緒に日直をやっていたA君と、職員室まで日誌を届けた帰り道、私は例の失敗談を話したくなりました。彼は、私のへまな話をよく笑ってくれるので、私にとっては、良い聞き役だったのです。

「この間の水泳の授業で、私、水着を後ろ前に着ちゃってさ」

 私が話し始めた途端、

「それでか!」

 と、A君が大声を出しました。

「それでかって、何が」

 私が驚いて聞き返すと、A君は、こう話してくれたのです。


 いや、あの日さ、水泳の授業を休んでいる奴が、三人いたんだよ。それがさ、授業が始まってすぐに、女子の方を見て笑い出したんだ。それはもう、涙を流して、爆笑してるんだよ、ずっと。野郎が三人とも爆笑し続けるなんて、あんまりないだろ。だから、みんなが奴らに何度も聞いたんだよ。何がそんなに面白いのかって。女子に何があったんだって。

 でもな、何回聞いても、奴らは自分たちが何で笑っているのか、頑として教えてくれなかったんだ。あれでも案外傷つきやすいところがあるから、ちょっと教えられないって言って。だから、俺たちは、何があったのか、最後まで分らずじまいだったんだよ。


「お前、自分からぺらぺらしゃべってるけどな」

 最後にA君は、あきれ顔で私に言いました。

「そそそ、そうだったんだ」

 A君の言葉に、私は目を白黒させることしか出来ませんでした。まさか、男子にばれていたなんて、思いもよりませんでしたし、教室では、私をゴリラかなんかと間違えているんじゃないかっていう扱いしかしないあいつらが、そんな風に気遣ってくれたことに、心底驚いたのです。あれでも、の一言が気にはなるけれども。


 そうか。そんな風に気を遣って貰えていたなら、しゃべらなければ良かったなぁ。でも、しゃべったからこそ、こういう話を知ることが出来たわけだし。どっちが良かったのか、もう、わからん。


 ただ、一つだけ、心に誓いました。もう二度と水着を後ろ前に着ないように、着替えの時はおしゃべりをやめて、着替えに集中しようってね。


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