ひよわな私と新しい友だち

第18話 人見知りの魔法使い 前編

 ライカ亭で働くようになって早数日。

 私の仕事は朝から夕方にかけての食堂ホール担当というところに落ち着きつつあった。

 

 食堂はお昼と夕方の間、準備のために一旦店を閉める。休憩をはさめば夜の閉店まで働くこともできなくはないんだけど……。

 しかし夜の時間はお酒の提供が増えて何かとトラブルも多い。クリスの反対もあって初日のような勤務時間になったのだった。

 一度、宿の仕事も手伝ってみたけど、こちらは力仕事が多くて私はあまり役に立てそうになかった。

 

 空いた時間にはリルカやクリスに文字の読み書きを教わっている。まだ日常的に使えるレベルには程遠いものの、お店のメニューくらいは読めるようになった。

 

 クリスはというと、私が働いている間にじっとしているのが落ち着かないらしく、外へ出てギルドに行ったりお店の食材となる獲物を獲ってきたり何かと動き回っている。

 

 まあそんなこんなで今日もなんとかお昼のピークタイムをさばききり、私はちょっとした満足感とともにテーブルを片付けていた。

 お客さんの数も減ってきたし、もうしばらくしたらお店を閉める時間だろう。と思ったところで一人のお客さんが入ってきた。

 

「いらっしゃいませー。お一人様ですね。……あれ?」


 私が声をかけると、そのお客さんは入り口でぴたりと立ち止まった。

 真っ黒なローブと目が隠れるくらいに伸びた前髪、そしておどおどと怯えるような目つき。どこかで……。

 

「あ、やっぱり。この前ギルドで会いましたよね。覚えてませんか?」


 ギルドの掲示板で話しかけてくれた子だ。

 今日は頭に枝は付いていない。


「え…………あっ……」

 

 女の子の目から警戒の色が解ける。

 よかった。覚えてくれていたみたいだ。


「私、いまここで働いてるんです。あ、すみません。席に案内しますね。こちらへどうぞ」


 女の子は大きく見開いた目をぱちぱちと瞬き、背中をまるめておっかなびっくりといった様子で私のあとに付いてきた。


「メニューはあちらです」


 手で示した先を、女の子はじっと見つめて動かなくなった。

 忙しいようであれば注文が決まるまで他のことをするけど、いまは急いでやることもない。

 

「ここに来るのは初めてですか?」

「え……」


 女の子はこちらに顔を向けて、こくりとうなずいた。

 おすすめのメニューをいくつか紹介していると、少しだけ表情が柔らかくなったように見えた。

 

「あ……その、シチューで……」

「ウロコドリのパイ包み焼きシチューですね」


 私が注文内容を復唱すると、女の子は自分の手を見つめながらうなずいた。

 他に頼みたいものもないようだったので、キッチンに注文内容を伝えて私は雑用を片付けていく。

 しばらくして出来上がった料理をテーブルに届けに行った。

 

「熱いので、冷ましながらゆっくり食べてくださいね」

 

 女の子はテーブルに置かれた器を無言で見つめていた。

 途中だった仕事を片付けに行って、一段落ついたところで気になって女の子を見てみると、料理にはまだ手がつけられていなかった。

 女の子は座ったまま動いていない。だけど、目だけがきょろきょろと不安そうにせわしなく動いているのだった。耳が真っ赤になって、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。どうしたんだろう。

 私は近づいて声をかけた。


「あの、どうかしましたか?」

「ぴっ……」


 女の子が肩をぴくりと震わせた。びっくりさせてしまったみたいだ。

 

「えっと……おトイレですか? それならあちらに……」


 小声で伝えると、首をふるふると横に振った。

 違ったみたい。なんだろう。

 

「何か苦手なものでも」


 と言いかけてお皿を見るが、そもそもパイ生地が破られていないので中身は見えていなかった。パイ包みと書いてあるものを選んだからにはパイが苦手っていうこともないだろう。

 もしかして……?

 

「食べ方がわからない、とか……?」

「ぅ……」

 

 女の子が顔をあげて私を見た。これが正解だったらしい。

 

「これはですね、スプーンでパイをこつんと叩いて割って食べるんですよ」


 ジェスチャーで伝えると、女の子はスプーンを持って震える手でこつこつとパイを叩きはじめる。なかなか割れなくて、心の中でがんばれーと応援していると、パキッと軽い音がしてシチューの湯気がほんわりと漂った。

 

「わ……」


 女の子が嬉しそうに私を見て、またすぐに視線をお皿に落とす。

 

「ちょうどいい熱さになってそうですね。私もこのシチュー大好きでよく食べるんですよ。それでは、またなにかあったら声をかけてくださいね」


 戻りながらちらっと後ろを見ると、手にしたスプーンをふーふーと念入りに冷ましながらシチューを食べる様子が見えた。

 少しほっとして胸をなでおろす。

 仕事に戻ろうとしたらライラが尋ねてきた。

 

「あの子、シホちゃんのお友達?」

 

 友達というわけではない、と口を開きかけて、思い直す。

 

「いえ、まだ。でも仲良くなれたらいいなって思ってます」

「あら、そうなの。じゃあもう休憩にしていいから、少しお話してきたら?」

 

 その提案に甘えさせてもらうことにした。

 私はエプロンを外し、まかないご飯を持って女の子のいる席へ向かった。

 

「この席、ご一緒してもいいですか?」

「え……?」


 女の子は目を丸くして私の顔とまかないご飯を見比べたあと、小さくうなずいた。

 テーブルの向かい側に腰掛けて、顔を合わせる。

 

「自己紹介、まだしてなかったですよね。私、シホっていいます。最近このあたりに来て、いまはここのお店で働かせてもらっているんです」


 そう言って笑顔を向けてみるも、女の子はスプーンを宙に浮かせたまま硬直している。

 ……もしかして、距離の詰め方間違えた?

 いや、もうこのままいこう。

 

「あなたのお名前聞かせてもらってもいいですか?」

「あぅ…………き、キリオン……」


 女の子は消え入りそうな声で、顔を赤くしながらそう名乗った。

 

「キリオン、さん?」

 

 聞き取れた名前に間違いがないか確認すると、女の子がうなずいた。

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