第47話 エールを送ってみたら?
男子生徒の追及をかわしながらも、一日目の男子の競技は幕を閉じた。バスケットボールとバレーボールの双方で善戦したおかげで、僕たちのクラスは良い結果を残すことができた。あれから男子生徒たちに何度も小泉さんたちのことを聞かれたけど、僕は「さあ」ととぼけてやり過ごした。
そして今日は雨で順延となったサッカーの試合が女子のバスケットボールとバレーボールの試合と一緒に行われる。本来ならば一日目に男子の競技がまとめて開かれるはずだった。バスケットボールとバレーボールはともかく、サッカーは天候に左右されがちだ。ましてや長雨の時期だから、順延は仕方ないだろう。さすがに今日も雨が降ったら中止はやむを得なかったけど。
自宅の近くにある停留所でバスを待っている間、小泉さんは不満そうな顔をしながら僕に話しかけてきた。
「ホント、サッカーが今日に回されるなんてついてないわね。思いっきり声を出して応援したかったのに」
「仕方ないだろ、こればかりは天気次第なんだから」
「アタシだって、バレーの選手として出るよりはチアリーダーとしてサッカーに出る子たちを応援したかったわ。そもそも、ナツとマリンに比べて身長が低いし……」
「何言ってるんだよ、小泉さんは他の生徒と同じくらいじゃないか。自信を持っていいんだよ」
「う〜っ、ユータの意地悪……。バスケとバレー、どちらとも苦手なのに……」
「チアは得意なのに、か?」
「うっ、うるさいわね……」
小泉さんは顔を赤らめながらも、自信なさそうにうつむき加減でこちらを見る。
いつもの気が強い小泉さんも可愛いけれど、今僕にだけ見せている弱気な小泉さんも可愛く見えるから不思議だ。
少し経つと地下鉄の駅へと向かうバスが到着したのでそれに乗り込み、駅前のターミナルでミッションスクールのある方面へと向かうバスに乗り換える。そこで高橋さんと合流すると、あっと言う間に僕たちの通う学校が見えてくる。
澄みきった青空は日に日に高くなっていき、秋の深まりを感じさせる。九月の下旬とはいえ、今日の最高気温は三十度近くになるそうだ。
照り返しの熱を感じながら昇降口へと向かい、隣の教室の前で別れてから一年三組の教室へ向かうと、いつものように後藤が陣取っていた。もちろん、机の上には秘密のノートが置かれていた。
「おはよう、後藤」
「おはようさん。小泉さん、今日は清水と一緒なんだな」
「何よ、一緒で悪いかしら? アタシとユータたちは家が近所なんだから、当たり前でしょ」
僕の前ではしおらしい表情を見せた小泉さんだが、後藤の前ではいつもの気が強い小泉さんに戻る。顔つきも自信たっぷりで、これでこそ小泉さんだという感じがする。
「それと、アンタはいつ
「いつもと同じさ。校門が開いてからすぐだよ。俺の家はゴルフ場がある辺りだから、毎朝そこから自転車で通っているんだよ」
「へぇ、アンタがそこの近くに住んでいるなんて意外ね」
「あのなぁ小泉、入学式の日に俺の出身校をちゃんと聞いていたのか?」
「もちろんよ。近くに小学校があるんですってね。まさか、小学校にこっそり忍び込んでプールに隠しカメラを仕込む真似をしているんじゃ……」
「ちょっと待てよ! お前の中で俺はどう映っているんだ!」
顔を真っ赤にして食って掛かる後藤に対して、小泉さんはいつものようにため息交じりで答える。
「いつも言っているじゃない、体育の時間に女子をじろじろ見てくるエロ男よ。JKだけではなく、幼女にも興味があるのかしら?」
「あるわけないだろ! そもそも、俺は盗撮なんてしねぇよ。情報を知っているのは……」
「被写体のことを知りたい、ってわけでしょ?」
「当たり前だ」
小泉さんは心の中で「やれやれ」とつぶやくと、カバンを机にかけるなどして今日の準備を始めた。小泉さんに次いで僕も準備しようとしたところで、後藤が席を立ち、僕のすぐそばに近づいてきた。一体何を話す気なのだろうか。
「なあ、清水」
「何だよ」
「六組の阿部柚希って知っているか」
突然、後藤が幼なじみのことを話し出した。
「一方的に別れを告げられたとはいえ、幼なじみだぞ。ただ、その日からずっと顔を合わせていないし、あれから吹奏楽部にも立ち寄っていないからな。それがどうかしたのか?」
僕がそう返すと、後藤は普段見られないような神妙な顔つきで話しかけてきた。
「そいつなんだけど、今日をもって転校するらしいぞ」
「まさか、柚希に限ってそんな……って、本当か?」
後藤から転校の二文字を聞いた途端、小泉さんが居るとは知らずに驚きの声を上げた。
「本当だ。六組の生徒から聞いたんだ。彼女の父さんの都合で引っ越しすることになって、それで向こうの高校に転校するそうだ。お前、隣の家に居て気づかなかったのか?」
「全然。柚希とはここ最近顔を合わせていないからな」
ふと、先月の今頃に柚希から忠告されたことを思い出した。沼倉とキスまで済ませているし、僕が柚希の近くに居ると沼倉が気を遣うから話しかけるな、と。それ故に今まで知らなかったが、柚希に別れの言葉を伝えることは厳しいだろう。
「……別れの挨拶すら言えないままになるのか……」
「だろうな。でも、お前の幼なじみなんだろ?」
「そうだよ。あいつとは十数年間一緒だったからな……」
そう口にすると、今までのことが思い出される。小学校の記録会のことや中学校の吹奏楽部の定期演奏会のこと、そして高校の入学式のことなど……。
柚希との思い出に浸っていると、突如ガタッと椅子を鳴らす音が聞こえた。音のする方向を向くと、小泉さんが椅子を回転させてこちらを向いていた。
「ユータ、さっきの話ってホント?」
「さっきの話ってゆず……、阿部さんのことか?」
「そうよ」
「残念ながら、本当さ。……でも、あいつに別れの言葉を言えないままか……」
「仕方ないわよ、親の都合だからね。……ただね、サヨナラされた幼なじみのことを考える暇があったら、今日の日程を立てたらどうなの?」
小泉さんにそう言われて、ハッと目が覚めた。
いつまで過ぎ去ったことを悔やんでいても仕方がない。しかし、予定を立てるとしても男子バスケと千葉の代役として出た男子バレーは昨日の段階で終わったから……と机に突っ伏そうとした途端、小泉さんが僕の体を突っつく。
「何だよ」
小泉さんが目の前で僕に向かって悪戯心に溢れた笑顔を浮かべていた。
こういう顔を見せたら小泉さんはたいてい何かを考えている。小泉さんと付き合うようになって、彼女の考えていることが分かるようになった。
「何にもないんだったら、米沢さんたちが出るバスケの試合を見に来なさい。どうせアンタはサッカーに出る気はないんでしょ」
「当然だよ。昨日あれだけ動いたんだから。それにサッカー自体あまり好きじゃないし……」
「でしょ。上手くできる自信はないかもしれないけど、見に来て米沢さんと高橋さんにエールを送ってみたら? 幼なじみに対する辛い思いを吹っ飛ばす最大のチャンスよ」
バレーボールとバスケットボールの双方とも自信がないと話していたのにも関わらず、ここまで小泉さんに迫られたのであれば仕方ない。
「分かったよ、行くよ」
僕がそう答えると、小泉さんは「ありがと」と笑顔を見せて自分の席に戻った。小泉さんがいつものような強気な小泉さんに戻って一安心しながら。
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