第46話 あのチート野郎……!

「清水、こっちだ!」

「はい……よっ!」


 お昼休みを挟んで、千葉の代役として僕はバレーボールの試合に臨んだ。バレーはバスケと違ってチームごととなるため、他のクラスの生徒と一緒に戦うこととなる。

 相手チームは三年生で、これが最後の球技大会を楽しみたいと言わんばかりの体制で臨んでいる。さすがにバレーボール部所属の生徒は居ないものの、その表情には真剣さが漂っている。

 さすがは三年生ということもあって苦戦を強いられる場面もあったが、今のところはセットカウント一対一で一点決めれば勝ちが決まるところまで来ていた。


「させるか!」


 三年生がすかさず反撃に出ようとするも、絶妙のタイミングでボールを取り逃す。僕たちのチームに一ポイントが入り、僕たちのチームがマッチポイントとなった。


「ユータ、頑張れ!」

「後一点入れれば勝てるよ!」


 小泉さんと高橋さんがキャットウォークから声を掛ける。

 二人に負けないようにと、二組と三組の女子たちが僕たちに惜しみない声援を送る。

 ここまで応援されたら勝たねば損だろうと思う気持ちと、先ほどのクラスメイト達から変な目で見られることの不安がせめぎあう。しかし、ここまで来たら三年生に勝ちたいという気持ちが競り勝ち、ボールを受け取った後で相手に強烈な一発を叩きこむ。

 見事に相手はボールを取ることが出来ず、見事にその場に立ち尽くした。


「ゲームセット!」


 主審を務める実行委員がホイッスルを吹き鳴らすと、キャットウォークで試合の模様を見守っていた女子生徒たちから黄色い歓声が上がる。

 もちろん、その声の主はわかっている。


「ユータ、最高よ!」

「良くやったよ、優汰君!」


 そう、はしゃぎまわっている小泉さんたちだ。体操着姿ではあるものの、その手にはしっかりといつも使っているポンポンが見えた。

 先ほどのエールが見事に効いたせいか、バスケットボールの試合よりも動けたような気がした。

 勝利が決まった瞬間から、僕の周りにはバレーボールで一緒に戦ったチームメイトたちが詰め寄る。


「清水、お前は一体どうしたんだ? ここ最近絶好調じゃないか」

「やっぱり小泉さんに応援されたからか?」

「いや、そうでもない……、ってどうしてわかるんだよ?」

「だってさ、ユータ、ユータって何度も小泉さんが叫んでいたじゃないか」

「まさか、聞いていたのか?」

「ああ、ばっちりな。甲高い声でわかったよ。それにしても小泉さん、お前のことが好きなんだな」

「す、好きってわけじゃないさ。ただ席が隣同士なだけで……」

「謙遜するなって。お前、本当はどうなんだよ?」

「いや、その……」


 色恋沙汰に聡い男子生徒たちが次から次へと僕に声を掛ける。その度毎に本心を隠そうとするも、顔色が赤くなって何も言えなくなる。


「清水、もしかしてお前も小泉さんのことが好きなんじゃないのか?」

「違うって」

「本当か? 好きなら好きだってはっきりと言えよ」

「だから、そうじゃないんだって」

「またまたぁ、俺たちにも教えてくれたっていいじゃないか」

「そうじゃないんだってば……」


 顔を真っ赤に否定してもなお男子生徒たちは僕を茶化すのを止めない。それどころか、僕の本心を探ろうと躍起になっている。

 勘弁してくれと言わんばかりに問い詰められていると、当の本人と高橋さんがキャットウォークを下りてこちらに向かってきた。僕を困らせている男子生徒を見つけては、仁王立ちの姿勢でにらみを利かせた。


「あなたたち、ユータ……いえ、清水君を困らせるのは止めてくれる? 清水君も困っているでしょ」

「こっ、小泉さん……」

「そ、それはその……」

「清水君はね、色々と大変な思いをしたのよ。あなたたちが思っている以上に色々と大変な、ね。だから、余計なことを聞かないようにしてもらえるかしら? 佐藤部長に話して、今度の応援会議で応援対象から……」

「それだけは勘弁してくれ! 秋季大会ではいい成績を取るから!」

「あら、そう? ホントかしら」

「もちろんさ! 天地神明に誓うから」

「なら、せいぜい頑張ることね」

「は、はい!」


 僕に絡んだ生徒が頭を下げると、一目散に退散していった。

 全ては小泉さんが居たからこそで、僕一人の力では何ともならなかった。


「小泉さん、助かったよ。ありがとう」

「別にどうってことないわ。可愛い部員が絡まれたならば助けてあげる、ただそれだけのことよ」

「そうだよ。連続で試合に出ていた優汰君のことが気になったんだから」

「僕のことが?」


 僕の問いかけに対して、小泉さんは少し顔を赤らめながら無言でうなずく。


「ユータ、バスケの次はあのバカの代役でバレーに出たじゃない。下手したら倒れるかもって心配したわ」

「大丈夫だよ、水分はちゃんととっているし、母さんに頼んでスポーツドリンクを余計に買ってもらっておいたから」

「抜かりないのね」

「そうだね。でも……」


 ふと周りの目を見渡すと、先程まで僕を問い詰めていた男子生徒の目が尋常ではないほどに殺気立っていた。


「チクショウ、よりによって小泉さんと清水がくっつくなんて……」

「全校男子生徒が憧れる高橋さんまで……許さん!」

「何せ米沢さんとまで仲が良いそうじゃないか……」

「あのチート野郎……!」


 言葉には出さないものの、男子生徒に襲い掛かられそうな感じがしてならなかった。

 何せうちの学校は男子生徒の大半が運動部に入るから、チア部の部員に憧れるのは至極当然のことだ。一人ならばともかく、二人が僕のような平凡な男子生徒と一緒に話している光景を見られたらたまったものではない。

 そこで思い出したのは、小泉さんの一言だった。


『ユータがまずいことになりそうだったらここへ逃げ込めばいいわ』


 そうだ。いつも着替えをしている部室に逃げ込めば、男子生徒たちからの追及から逃れることが出来るかもしれない。

 そうと決まれば、実行あるのみだ。決意を固め、僕は二人に耳打ちをする。


「どこかに隠れよう」

「どこかって言っても……」

「……ひょっとしてユータ、本気?」

「ああ、本気だよ」


 二人がうなずくと、僕は二人を先導するように自分の荷物を取って一目散にダッシュする。


「待て、清水!」

「逃さないぞ!」


 僕は男子生徒たちからの追及から逃れるため、必死になって部室棟へと歩みを進めた。もちろん、小泉さんたちも一緒になって新体操部へと潜り込んだ。

 チア部に入った以上は男子生徒たちに追及されることを覚悟しなければと思っていたけど、まさかそうなるとは思わなかった。


 その後、三組の男子生徒が僕たちを追い回したところを涼風先輩が目撃し、春風先輩が睨みを利かせて追い返したのは言うまでもない――。

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