『首』
黒河 かな
第1話 『首』
この世の中はつまらない――、と毎日思う。
かといって、親が敷いたレールの上を歩くだけの毎日。言われた通りに動いていれば、少なくとも「衣食住」には困らない――、と言われている。
言われてるけど、『いしょくじゅう』って何だ?
友達に聞いたら、服と食べ物と住む所だって言われちゃったよ。そう言われてもね、って思うんだけど、それでもくだらない毎日。
同級生――どころか、年下も持ってるスマホなんてものは、自分が働き出したら自分で買えと言われていて、今持ってるスマホなんて毎日親に借りてるもの。
卒業したら返さにゃならんのって、面倒じゃね? これなら自分が持ってればいいってだけの話だろうに、親はダメだって言い張るんだ。
そればっかり触って、いい大人になれないんだって。
いい大人って何なんでしょね?
その日は、いつものように学校行って、友達とたわいもない馬鹿話をして別れて、近道でもある神社の長い階段を、登ってた時だった。
ゆっくりと階段を降りてくるその人に、釘付けになった。
何ていうのか、黒い日除けの傘っていうの――? あれを持って、黒いワンピース着た女の人で、何でか手に大きな発泡スチロールの箱を持ってるんだ。
何だろうと思ってたら、目の前で足を止めて、じっと見てこんなことを言った。
――ぼうや、刺激が欲しくない?
って。
気付いたら、発泡スチロールの箱を持って、台所に立ってた。
何を渡されたんだろうって思って、何となくワクワクしながら蓋を開けたんだ。
そしたら、そこに何が入ってたと思う?
大人の――、それも男の人の『首』が入ってた。
驚いて叫びかけて、慌てて手で抑えて、そんで周りを見たんだ。誰かがいる訳でもないし、親も仕事でいないから、これを持ってるなんて知ってる人はいない。
恐る恐るそれを見て、何か口に咥えてることに気付いた。
震える手でそれを引き抜いて広げると、その『首』の調理の仕方が書いてあった。
「調理ぃ?」
驚き過ぎて変な声が出た。でも、それもそうかって頷いちゃったんだよね。
だから、書かれてる通りに調理して食べてみようって思ったんだよ。
まず――、大きな鍋にそれを入れて、ひたひたになるまで水を入れて、って、ひたひたってどのくらいよ? 髪の毛掛かるくらいまででいいのかな?
そんで、火にかけてぐつぐつして来たらふきこぼす。
って、ふきこぼすってなに? どうすりゃいいの? え? このままでいいの?
うわぁ、何か血みたいなものが出て来たよ、どうすりゃいいの。
説明書――、って、これレシピっていうの? そんな御大層な名前なの?
えーっと、換気扇回せ? 今、今頃? 今頃言う?
――えっと、回したら、次は?
そのままくたくたになるまで煮るの? そもそもくたくたってなに? どのくらいなのよ、具体的に書いてよ。分かんないよ。
焦れば焦るほど、時間が無情に過ぎてゆく。このままじゃあ、親帰って来ちゃう、見付かっちゃうよ。
そんなこんなで奮闘してたら、母親が帰って来ちゃった。
「ただいまー」
って、のんきに言って、そのまま台所に入ってきたんだ。「何やってんの?」って鍋の中を覗き込まれて、終わったって思った。
これは、って慌てて説明しようとしたら、
「何してんの、レシピ通りにしてる?」
って怒られちゃった。何か怒る方向が違うぞ?
慌てて頷いて、血に塗れたそのレシピ――で正しいんか?――を母親に渡す。
「ふん、どこまでやったの?」
って聞かれたから、ふきこぼし? ってまでって答えたんだ。そしたら「一度ゆで汁を捨てて、もう一回最初からゆで直さなきゃ」って、その鍋を傾けて湯を捨てた。
また頭の辺りまで水を入れて、再び湯がき始めるのを、黙って見る。
「よし、これでくたくたになるまで煮ちゃえば、味付けして食べられるからね」
母はそんなことを言って、軽く頭を撫でて部屋に入って行っちゃった。
え? どういうことなの? 普通こんなのゆでないし、食べないよ?
っていうか、何で母ちゃん、調理の仕方知ってんの? 食べたことあんの?
何か、母が戻ってくるまでそんな考えが頭をグルグル。
帰ってきた父さんまで、ごちそうだなとか言ってるし、どういうことなの?
変になったの? それとも俺が変なの?
結局は、それが煮えたからって、みんなで食べることになった。
母ちゃんも父ちゃんも、普通にその誰だか知らない『首』に箸付けて食べてて、
「なかなか新鮮だな」
とかって喜んでた。
確かに――、美味しかったけどさ。
全部食べ終えて、骨だけになったその『首』は、玄関のドアの近くに置いておけば誰かが回収してくれるって、また発泡スチロールに入れられて、外に出された。
一夜明けて、そのことを親に聞いたんだ。
そしたら、何を言ってるのか分からないって顔された。夢でも見たんじゃないかって言われたけど、でもその調理に使った鍋は台所に出されたままなんだよね。
――結局訳が分かんないまま、その日はそれで終わっちゃったみたい。
でも、何だか楽しかったような気もするんだよね。
そんで、また退屈な日常が始まるんだ。
それから――、時々家の近くの神社の階段を登る時、あの人がいないかなって思ったりするんだ。
全身黒ずくめで――、黒い日傘を持って、大きな発泡スチロールを持って、そしてこう言うんだ。
――ぼうや、刺激が欲しくない?
って――。
おしまい。
『首』 黒河 かな @riguka_na
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