はなさないで

どこかのサトウ

はなさないで

「やぁ、僕は長靴を履いた猫。可愛いお嬢さん、僕たちの出会いの記念にこれをあげよう」

 それは黒い石ころだった。

「これはね、ずっと持っていると宝石になる不思議な石なんだ。だから『はなさないで』持っていてね。約束だよ」

 小さい時に出会った、長靴を履いた猫がくれた黒い石コロ。

 言われた通り肌身離さず持っていると、色が宝石のように変化していった。

 とても綺麗で、それが嬉しくて、一人のときは太陽にかざして楽しんだ。

 あるとき、偶然部屋に入ってきたお母さんにそれが見つかってしまった。

 これ、誰からもらったのとお母さんから聞かれて、私は答えてしまった。

「長靴を履いた猫さんから——」

 息を飲んだ顔、そして取り上げられた綺麗な石。

「これは危険な物だわ、だから捨てましょうね」

 愛着があった。反発もした。でもどう頑張っても大人には勝てない。

「長靴を履いた猫のお話は知っているかしら?」

「知ってる。猫がご主人様を幸せにするお話でしょ?」

「そう。ならその猫さんのご主人様は誰なのかしらね」


「やぁ、久しぶりだね。あの石ころは手放しちゃったんだね」

「ごめんなさい。猫さん。お母さんに見つかって、捨てられてしまったわ」

 鋭い牙を剥き出して彼は笑った。

「そっか。残念だよ。でも大丈夫。他にもたくさんの石を配ったからね。お察しの通り、この黒い石は人の生命力を吸い取って光り輝く宝石なんだ」

「どうしてそんなことをするの?」

「簡単さ、僕はご主人様を大金持ちにしたいんだ。幸せにしてあげたい」

「だからって人の命を吸い取る石を配るなんて酷いわ」

 猫から感情が消えた。

「人間がそれを言うのかい? 君たち人間だって搾取するじゃないか。生きるために他の生き物の命を奪っている。仕方ないよね。生きるために必要なことだ。この世の摂理だ」

 長靴を履いた猫は、ポケットから大小様々な宝石を取り出す。そのどれもが光り輝いていて、綺麗だった。

 宝石をじっと見詰めながら彼は続けた。

「でも人間は違う。生きるためじゃない。富を生むために生き物を殺すんだ。たくさん、たくさん。だから僕は考えたんだ。人間こそが人間の富になれば良いんだってね。人間こそが家畜に相応しい生き物だ。君も思わないかい?——ほら、見てよ! この美しい輝きを! ほら、価値のある輝きだよ。人間だけにね……」

 猫は少女に黒い石をひとつ渡して微笑んだ。

「お好きにどうぞ」

 そうして、長靴を履いた猫は去っていった。

 少女は思った。人間は本当に素晴らしい生き物だと。


 ——だからずっと、はなさないで


 〜 おわり 〜

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