第29話:ボロボロのエルフ奴隷を拾ったらめちゃくちゃヤンデレになった

 幼い頃、とある絵で賞をもらったことがある。

 ブレーメンの音楽隊の絵を、心のままに描き、それが最優秀賞に選ばれた。


 あの時は嬉しかった。

 おぼろげな記憶だが、大勢から称賛されて、帰りにデカいパフェを食べた。


 比べるわけじゃないが、そのときは偶然の奇跡みたいなものだ。

 

 だが今回は違う。レナセールと二人三脚で1から作り上げた。

 アイディアは俺のじゃないし、能力だって使った。


 だけど、一生懸命に汗を流した。



 それが――報われたのだ。



「――優勝はベルク・アルフォン。冷気送風機は、二級錬金術師とは思えないほどの出来栄えだった。今後は、我が王家で使わせてもらおう。これからの期待も込めて、この賞状を送る」


 オストラバ王都、ゲルマン王が、俺に面と面を向かって賞状を手渡してくれた。

 堀の深い顔立ちで、厳格そうだ。


 そこには俺の名前のみが記載されていた。


 レナセールは公式錬金術師として登録されていないので、ここに名前がないのが申し訳ない。

 今は王の間、左右には大勢の貴族や関係者が立っていた。

 その中の一人、チラリと彼女に視線を向けると、誰よりも笑みを浮かべて、そしてガッツポーズしていたのはレナセールだ。

 俺は黒スーツを、レナセールは綺麗な純白のドレスを身に着けていた。

 思わず笑みをこぼす。


「むふふ、負けちゃったー」


 後ろから聞こえた声は、大舞台とは思えないほど気の抜けたものだった。

 ゆっくり戻ると、真紅のドレスを着たチェコの顔が目に入る。


 彼女は準優勝だった。


 連絡装置の範囲を五倍ほどに拡大し、複数での会話を可能とした。

 これにより王城内ではあるが、連絡が素早くできるだろう。


 おそらくどちらが良いか悪いか、もはや好みの問題なはず。

 

 だが今回は俺に軍配が上がった。


 その幸せを噛み締めたい。


 溢れんばかりの拍手で喝采を浴びた後、俺とチェコは兵士に誘導されて、別室で手続きをした。

 それが終わると祝賀会、馬車で舞踏会まで移動すると言われた。


 チェコ曰く、ここにいる貴族はもちろん、大勢の錬金術が来るとのこと。

 優勝した俺は、間違いなく多くの人から声をかけられるらしい。


 人脈は喉から手が欲しかったものだ。


 さらに与えられたものではなく、勝ち取ったもの。これほど嬉しいことはない。

 

 報奨金の手続きを終えて、王城の馬車乗り場に移動するも、レナセールがいなかった。

 兵士に尋ねてみると、別の馬車は既に舞踏会へ向かったという。


 それを聞いてホッと胸をなでおろす。

 最後に俺とチェコが二人きりで乗り込んだ。


「準優勝かー、いけると思ったのになー」

「いや、実際君の作ったものは凄かったよ。誰にも真似出来ない発想だ」

「そんなことないですよ。ベルクさんとレナセールちゃんに負けちゃいましたからね」

「俺は……たいしたことない。彼女は凄かったが」

「またまたー。でも、楽しかったです。また戦いたいな」


 チェコは、いつものように屈託のない笑みを浮かべる。

 しかしそれから小窓を眺めた。

 どこか悲し気だが、負けたことが悔しいのだろうか。

 いや……当たり前か。


 それから会話することなく、ニ十分ほどで馬車に揺られて到着した。

 舞踏会なんて生まれて初めてだ。


 こんな事ならダンスの練習でもすればよかった。

 いや、レナセールなら踊れるかもしれない。


 会場は王城のような大きな建物だった。

 美味しい食べ物もあるだろう。


 レナセールは甘いものに目がない。

 いつも高いと言って我慢しているが、今日ばかりはいっぱい食べてほしい。


 馬車を降りたあと、兵士にレナセールはどこだと尋ねてみたがわからないという。

 中に入ってお待ちくださいと言われて、チェコが先導してくれたが、途中で足を止める。


 いつものレナセールの性格を考えると、先に入ってるとは考えづらい。


 何となく振り返る。

 誰もいないのは当然だが、そのとき、チェコが声をかけてきた。


「レナセールちゃんを探してるんですか?」

「そうだ。どこかで俺を待っているかもしれない」

「どうしてそう思うんですか?」

「何となくだ。ちょっとその辺を探してくるよ。もしかしたらどこかで座ってるかもしれない」

「そんなことあります? きっと中ですよ」

「いや、レナセールはいつも俺を待つんだ。どんなときもな。だからチェコ、先に入っててくれ」


 その場をあとにしようとすると、突然、チェコが呟いた。


「……いませんよ」


 耳を疑いながら振り返ると、チェコは馬車の中と同じ表情を浮かべていた。


「いませんとは……どういう意味だ?」

「彼女は錬金術師として公式に登録されていませんし、ただの平民扱いです。だから……舞踏会には入れないんですよ」

「……なんだって」


 そういえば手紙には、俺の名前しか書いていなかった。

 ――そういうことだったのか。

 もっと早く気づくべきだった。


「レナセールに急いで知らせないと」


 王城で困惑しているかもしれない。

 急いで戻ろうとすると、チェコが俺の腕を掴んだ。


「彼女はこの事を知ってますよ」

「……知ってる?」

「レナセールちゃんは、あなたが絶対に優勝すると確信していました。そして、祝賀会のことも考えていました。私は入れないだろうから、よろしくお願いしますと頼んできたんです」

「レナセールが? いつそんなことを?」

「わざわざ家を尋ねてきたんですよ。調べてくれたみたいで」

「……なぜそんなことを。それで、なぜ黙ってた?」

「事前にそれを知っていたら、あなたはここに来ましたか?」


 そうか、そこまで考えて……。


「来るわけがない。レナセールがいなければ意味がない。彼女のおかげで優勝できたんだ」

「……だとしても、彼女は入れません」

「なら俺は行かない。このままレナセールの元へ帰る」


 すると、チェコがため息を吐いた。


「こうなるからですよ。レナセールちゃんの気持ちを汲み取ってあげてください。あなたは今後、王都でやっていくんですよね? だったら、この夜がどれだけ大事な日かわかるでしょう」


 チェコは俺を気遣ってくれている。

 彼女の言う通り、これからの夜はとても大事だ。

 平民で爵位も持たない俺が、大勢から認知される。それがどれほど凄い事か。


 いや……レナセールもわかっていた。

 だから俺に黙っていた。


 思えばドレスを買うとき、彼女は自分のお小遣いから出した。

 舞踏会に行けないと知っていて、俺に余計な出費をさせない為だろう。


 ……そこまで考えていたのか。


「確かに私も心苦しいです。助手である彼女が入れないだなんてバカげてると思いますよ。でも、これもきっかけになります。ベルクさん、あなたは素晴らしい錬金術師です。才能だけではなく、誰にでも分け隔て人気持ちを持つ心がです。それをみんなにわかってもらいましょう。来年にはきっとレナセールちゃんも舞踏会に――」

「ありがとうチェコ。君は本当に素晴らしい人だ。そんな君と戦えて良かった。だが俺は帰るよ」

「……わからないんですか? 今日は人脈を作るだけじゃない。優勝者が来ないなんて、逆に目を付けられますよ」

「わかってる。最悪の場合は王都から出る」

「……錬金術師としてやっていくなら、王都ここは最高の場所です。わかるでしょう」

「……そうだな。だが俺は、最高の錬金術師になることよりも、レナセールと共に幸せを分かち合うほうが大事だ。何度も悪いな。チェコ、ありがとう」

「ちょっと、ベルクさん――」


 俺は、チェコの言葉を無視した。

 これで彼女からも嫌われるだろう。


 馬車はいくつもあったが、馬に乗ったことなんてない。

 頼むわけにもいかず、歩くしかないだろう。

 時間はかかるが、それでも前に進めるならいい。


  ◇

 

「にゃおーん」

「ふふふ、サーチ一人にさせてごめんね。……ベルク様は遅くなるだろうから、いっぱい遊ぼうね。――ん、どうしたの? 扉の前に移動――え、ベ、ベルク様!? な、なんでここに!?」


 扉を開けて家に入ると、レナセールが慌てていた。

 ドレスは既に脱いだらしく、いつもの服を着ている。


「遅くなってすまない」

「え、え、え、な、なんでここに!? それに、すごい服が乱れてますよ!? どうしたんですか!?」

「ああ、走ったからだろう。でもまあ、次に着る機会は当分ない」

「……なんで、なんで、なんで……舞踏会は……どうしたんですか」

「今頃、踊ってるんじゃないか?」

「……もしかして、私の為に……じゃないですよね?」


 レナセールは今にも泣き出しそうだった。

 彼女は頭が良い。責任を感じたのだろう。


 言葉で伝えたくなかった。

 だから、強く抱きしめた。


「君の為だ。レナセール、俺は最高の錬金術師になりたい。もっと贅沢もしたいし、有名になりたい。だが、隣に君がいなけれ意味がない。美味しい食事も、晴れやかな舞台も、人脈も、何もかも後回しなんだ。君と一緒がいいんだ」


 これは、俺の心からの本音だ。

 好きだとか愛だとかを言葉にするのではなく、ハッキリと伝えたかった。


 レナセールが、泣きながら答える。


「……ダメですよ。ダメです。今ならまだ間に合いますよ。きっと凄い人たちがいます。ベルク様を褒めてくれて、それで、美味しいご飯も、私みたいなボロボロのエルフじゃなくて――」

「レナセール、俺はこの家がいい。君と一緒にいることが何よりも幸せだ」

「……ベルク様」


 彼女の言う通り、人脈を作った方が、結果的に二人が幸せになれる可能性は早いかもしれない。

 

 だがそれでも嫌だ。そのとき、その瞬間に彼女が立ち会ってくれないなら意味がない。


 最高の食事でも、美味しいなと言い合うことできなければ食べたくない。

 それを伝えると、彼女は涙をぬぐいながら微笑んだ。


「ありがとう……ございます。ベルク様」

「……レナセール、腹が空いたな。今日は一緒に食事を作ろう。パンをくりぬいて、いつものスープを入れて食べよう」

「……はい。私もそれが食べたいです。でも、その前に――」


 彼女は、一生懸命に背伸びした。

 ささやかなキスをすると、台所まで一緒に歩いた。


 

 作り終えて食卓に並べたが、多すぎることに気づく。

 二人で作ったからだろう。

 だがそれがまたご馳走に見えた。


 いつものテーブルに座って、サーチが先にご飯を食べている横で、俺ちは手を合わせた。


「ベルク様、本当に優勝おめでとうございます! いただきます!」

「レナセールのおかげだ。いただきます――」


 だがそのとき、サーチがふうううと警戒した。

 扉の前から音がする。

 ……兵士が? 俺を追って?


 そんなわけが――。


「こんばんは、いい匂いがしましたけど、まだ残ってます?」


 そこに現れたのは、真紅ドレスを着たままのチェコだった。


「チェコさん!?」

「レナセールちゃん、ドレス脱いじゃったの? 残念だなー近くで見たかった」

「チェコ、なぜここに」

「むふふ、ベルクさん、体調不良ってことで話つけといたよ。多分これで大丈夫。ただ、後からなんか言ってきたら教えてくださいね」


 まさかだった。俺は、チェコの助言を無視したとゆうのに。


「……どうしてそこまで。反対してただろう」

「動機の言語化か……。んー、私は今まで物作りのためだけに生きてました。多分、以前の私ならベルクさんの行動は納得できませんし、嫌ってました。でも、今日ばかりはそうじゃなかったんですよ。あなた達と一緒に祝いたいと心から思ったんです」


 照れくさそうに笑うチェコは、今までで一番綺麗だった。


 空いたテーブルに座ってもらおうとしたが、このままだとドレスが汚れてしまう。

 しかし代わりの服なんて、と思っていたら、おもむろに脱ぎ始める。


 ちなみに、下着も真紅だった。


「チェコさん!?」

「暑くてねえ、ベルクさんの服貸してもらえませんか?」

「わ、私のありますよ!」

「サイズ合うかな? 私、結構身長大きいけど」

「う……べ、ベルク様……服を……貸しましょうか」


 ものすごく妬いているのか知らないが、困惑していた。

 だがそれでも手渡す。

 俺の服に着替えたチェコがすっきりした顔でテーブルに座る。


「ご馳走だねえ、美味しそうだねえ」

「チェコさんは大丈夫なんですか?」

「私は何とかなるよ。破天荒ってあだ名ついてるからね。そういえば、ラザーニャ家がベルクさんのこと庇ってたよ。体調不良って伝えたとき、貴族の一人がこれだから平民はって呟いたんだけど、それに対してめちゃくちゃ怒ってた。確か、姉妹のお姉ちゃんのほうだったかな」


 ハッとなり、レナセールと顔を見合わせる。


 以前、魔虫の件で関わったエルミックだ。まさか舞踏会に来ていたとは。

 そして、俺のことを庇ってくれたのか……今度、手土産持って行かないとな。


「ありがとうチェコ」

「むふふ、お礼はラザーニャ家に。それに、好敵手はどれだけ望んでも手に入りませんからね。あ、乾杯の前に私からも――」


 そのとき、チェコは小さな鞄を取り出した。

 そこから出てきたのは、高そうなワインにスイーツ、肉、野菜、それもプレートごと。


「……それは?」

「帰りにちょこちょこっとくすねてきました。このかばんは、私のお手製」


 アイテム収納袋だろうか。それにしてもプレートのまま保存できるのは凄い。

 というか、スイーツがいっぱいだ。


 レナセールに視線を向けると、目を輝かせていた。


「今日は私たちが主役ですからいっぱい食べましょ。って、お邪魔させてもらって偉そうに申し訳ないですけど」

「とんでもないです! チェコさん、本当にありがとうございます」

「むふふ、レナセールちゃんは今日も可愛いなあ」


 それから俺たちは、アルコールを飲みながら食事を楽しんだ。

 今までのことや、これからについても。


 そして――。


「レナセール、一つ提案があるんだが」

「なんですか?」

「……錬金術師を目指してみないか?」

「? え、私がですか?」

「資格を取れば今後こういったこともなくなるだろう。それでチェコ、お願いがあるんだが」

「もちろん、推薦ならいつでもしますよ。背中を押すぐらいですけど」

「……助かる」


 爵位を持たない者が錬金術師になるには、一級の推薦がいる。

 俺のときには師匠がいた。


 その人のおかげで今の俺があると言っても過言ではない。

 能力だけでは、ここまでこれなかった。


「で、でも私なんかが……」

「隣で見ていたが、俺よりも適正がある。それに人には得手不得手がある。誰もが凄い発明をしなくていいんだ。レナセールが欲しいものを作ればいいんだよ」

「むふふ、いいこと言うねえベルクさん。レナセールちゃん、錬金術は楽しいよ? 気軽にやってみたら? それに、資格を取れば、ベルクさんの格も上がるよ」


 チェコの言葉で、レナセールは覚悟を決めたらしい。

 目が、輝きはじめた。


「……ベルク様の……わかりました。私、頑張ってみます」

「いいねえ。新たなライバル出現かな。ねえ、ベルクさん」

「そうだな。すぐに追い抜かされそうだ」


 しかしそうなるといつまでも奴隷のままではよくないだろう。

 契約の解除をする必要がある。


 少なからず洗脳もあるはず。

 不安もあるが、もしそれでレナセールが離れるのなら仕方がない。

 

 だがもし彼女が変わらず傍にいてくれるのなら、俺はずっと頑張り続けよう。


 前だけを向いて。


「あ、そういえば賞金って支払われると思うか? チェコ」

「どうですかねえ。体調不良とはいえ、祝賀会に優勝者と準優勝者がいないのは前代未聞ですからねえ」


 いやらしい話だが、大事なことだった。


 しかしもらえなくてもやることは変わらない。


 小さな事からコツコツと、レナセールがいれば何でも叶うはずだ。


 そして今は、最高の好敵手もいるのだから。


「そういえばベルクさん」

「なんだ?」

「私、自分でも驚いたんですけど」

「?」

「もしかしたら、あなたのこと好きかもです。さっき、凄い心がキュンと来たんですよね。一途な人っていいなーって」

「……はい?」

「レナセールちゃんどうかな? 二番目ってあり? なし?」


 サラリととんでもないことを言い始めて、思わず固まる。


 だが彼女は貴族だ。

 妾が多いのは、普通の感性ではある。


 おそるおそるレナセールに視線を向けると――。


「……どうでしょうか。私は奴隷ですから。意思はベルク様にあります。所詮私は、使い捨ての道具ですから」


 おそろしい表情を浮かべながら、ナイフをカチャカチャさせている彼女がいた。

 ステーキはもうないので、なぜ持っているのかはわからない。


 

 もちろん、丁寧に断った。


 ――――――――――――――――――――――

 あとがき。

 これにて第一章完結となります!

 晴れやかな舞台な終わりではありませんでしたが、当人たちにとっては幸せな結果になったのではないのでしょうか。


 コメントもらえると嬉しいです…!


 第二章も既に執筆していますので、もしかしたら数日休むかもしれませんが、更新する予定です!

 どんなスタートになるのかというと、新しい家を探したり、レナセールが錬金術を目指したり、家庭菜園に便利な錬金術を勉強したり!? となる予定です。

 小さな幸せを増やしていく二人の今後をもっとみたいなと思ってくださった方、、ぜひ評価と★をお願いします( ;∀;) フォローも忘れずに!

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