第25話:揺れ動く心
チェコ・アーリル。
アーリル家は、名実ともに王都でも有名な錬金術師の家系である。
その中でも、チェコは幼少期から優れた非凡な才能を見せた。
貴族学園に入学する十歳では、既に飛び級ほどの知識を蓄えており、数々の発明品で大人を驚かせる。
しかし彼女が周囲を驚かせたのは、それだけじゃない。
武術、剣術、魔術、すべてにおいて圧倒的な成績を誇り、学園を首位で卒業。
去年行われた王都制作錬金大会においては、不可能とされていたダンジョンの素材の活用法を見出し、見事に優勝を飾る――。
「凄いな、レナセール」
「はい。こんなところ、王都にあったんですね」
「むふふ、ここ、私のお気に入りなんですよ」
王都での見学を終えて、外で待ち合わせしていたチェコと共に訪れた店は、小さなカフェだった。
外は何の変哲もなかったが、中に入ると驚きでため息が漏れた。
木を基調とした温かみのある内装に、手作りの大時計がど真ん中に飾られていた。
見たこともない木で作られた鳥が魔法で動き、大小の砂時計が空中に浮いて、永久機関のようにレールの上を動いているボールなど。
博物館みたいだが、木のかげで落ち着く不思議な場所だ。
「めずらしいねチェコ、お友達かい」
テーブルに腰をかけた俺たちに注文を聞きに来てくれたのは、温和そうなお爺さんだった。
白髪交じりで腰を丸め、年期の入った茶色のエプロンをしている。
「ふふふ、凄いよ。彼らはベルクさんとレナセールさん、今王都の冒険者の間で最も人気の回復薬を作ってる人たちなの」
「ほお、そうかい。どうぞ、よろしくしてやってください」
「いえ、こちらこそ」
「は、はい!」
聞けばチェコは昔から常連らしい。
時間があれば、ここで構想を練っているとのこと。
おすすめを尋ねてみると、ショートクリームケーキが美味しいと言われた。
俺はそれを頼もうとしたが、レナセールは遠慮してか飲み物だけいいと答えた。
勝手に二人分頼むと、彼女がありがとうございますと嬉しそうに囁いた。
ここへ来る前、俺はチェコの功績が書かれた掲示板を展示会で見ていた。
実に華々しい経歴、誰もが天才だと認めるだろう。
しかし印象的にはどちらかというと自由人な感じで、特に偉そうぶった感じもない。
不思議な空気を纏っている女性だ。
少し妬いたレナセールの気持ちを考えていなかったが、こんな機会はそうそうない。
すまないと謝るのも変だが、後で勝手に決めたことについては謝罪しよう。
「それで、色々とお話したいなと思ったんですが、質問してもいいです? もちろん、ベルクさんからも何かあれば」
「ありがとうございます。どうぞ、構いませんよ」
「あ、それと敬語なしで大丈夫です。私は癖なんでこうやって話しますけど、多分年下なので」
「いや、でもそれは……」
「そっちのほうが楽なんで。良ければ、レナセールさんも」
「大丈夫です。私の事はあまりお気になさらないでください」
レナセールは笑顔だ。それが少しだけ怖かったが。
「でしたら、お言葉に甘えて」
「はい。ベルクさんは、錬金術をいつから始めたんですか?」
「五年ほど前かな。元々もの作りが興味があって、それで」
「へえ、たったの五年で高品質なものを大量生産できるんですね。ただ、回復薬は利益もそこまで多くないと思うんですけど、どうしてしてるんですか?」
色々と返答には困るが、俺も聞きたいことがあるのでお互い様だ。
コミュニケーションというものは、お興味を持つところからはじめるものだろう。
「目立たないためだな。なんせ後ろ盾がないもので」
「なるほど、物騒な世の中ですもんね。レナセールさんは?」
「私? 私が始めた理由ですか?」
「もちろんだよ」
驚いたレナセール。だが、ゆっくりと答える。
「私はただ、その……ベルク様のお手伝いをしているだけですよ」
「ふうん? でも、楽しいかどうかは聞きたいな」
何の意味もない質問だと思うが、チェコは微笑んでいた。
しかし、俺も聞きたかった。
彼女が、どう思っているのか。
「私の事は別に――」
「レナセール、俺も聞かせてくれ」
「……楽しいです。誰かに喜ばれることも増えたので、今後も続けたいと思っています」
その言葉に満足したのか、チェコが嬉しそうに声を上げた。
「むふふ、いいねいいね。良ければ、色々と情報交換しません? ライバルだと思いますけど、いったん忘れて」
「もちろんだ。だったら、展示していた
「もちろん、あれは――」
それから俺たちは少し複雑な話をした。
そしてチェコに好感を抱いたのは、すぐだった。
レナセールが奴隷だとわかっているだろうが、それに対して何も言わず、むしろしっかりとした助手のように丁寧に話しかけていた。
話もしっかりと振り、答えたくないことは話さなくていいという。
貴族だと書いていたが、そういった壁は一切感じなかった。
「私は歴史に残る発明をしたいんですよ。でも、なかなか難しくて。文句を言うわけではないですが、錬金術師はお年寄りの方が多くて、みんな頑固なんですよね。国の為だったり、王家の為だったり、大衆向けは軽んじられていて。連絡装置も、できれば大勢の人に使ってもらいたいと思って」
チェコの夢は壮大だった。だが、確かな熱量が感じられた。
俺は今を生きるので精一杯ではあるが、彼女は未来を見ている。
それが新鮮で、だが同じ錬金術師と思うと誇り高かった。
やがて届いたケーキと共に、俺はもちろん、レナセールの心の壁をあっという間に取り払った。
「ふふふ、レナセール
「はい。大好きです」
「いいな、私も好きな人が欲しいなー」
「何の話をしてるんだ……」
何故か恋話もあり、気づけば時間が経過していた。
そろそろ帰ろうとなったとき、チェコが驚くべき提案をしてきた。
「いや、こんなに盛り上がるとは思いませんでした」
「こちらこそ」
「私も……楽しかったです。チェコさんありがとうございます」
「むふふ、後、良ければなんですけど」
「何かな?」
少しだけためて、そして――。
「ベルクさん、私と一緒に錬金術しませんか? 工房もお貸しできますし、今よりもっといい素材も安く手に入れることができます。何より、自分で言うのもなんですが、家柄も悪くないので、物騒な面倒事も避けれるかと。もちろん、レナセールちゃんも一緒に」
それは、まさに魅力的な提案だった。
今抱えている全ての面倒ごとがクリアする。
レナセールに顔を向けたが、その表情からは読み取れない。
だが、俺に決めてほしいのだろう。
ゆっくり悩んで、俺は答えた。
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