第17話:ど変態レナセール

「……ベルク様、怖いです。本当に大丈夫なんでしょうか」

「B級ポーションも状態回復薬もある。心配しないでいい」


 研究兼室実験室、椅子に座った俺の前で、レナセールが短剣を構えている。

 怯えて震えて、今にも倒れこんできそうでちょっと怖い。


 俺は、献血するかのように腕を差し出した。


 レナセールが持っている短剣には、錬金を繰り返して精製した麻痺液を塗っている。

 色々考えた結果、武器に属性を付与するのではなく、その都度、一つの短剣で複数を使えるようにしようと考えたのだ。


 まずは実験である。


 いきなり魔物と戦うほど俺は大胆じゃない。

 効果、効力、効き目や秒数を数える。


 レナセールの金髪は長くて綺麗だ。

 今は後ろ出に縛っており、いつもより大人びて見える。


 膝をつくと、切っ先をゆっくりと見据えながらちょっとだけ傷をつける。


「レナセール、もっとだ」

「え、で、でも!?」

「敵に攻撃を仕掛ける量と同じくらいじゃないと意味がない」

「……はい」


 覚悟を決めたレナセールが、グググッと俺の腕に傷をつけた。

 血は菌があり危険だと伝えている。急いで彼女は、短剣を金属トレーに乗せる。


「ベルク様、どうでしょうか?」

「今のところ……いや、少しだけ痺れてきたな」


 赤い血が滴り落ちると共に、ビリビリと電気が走っていく。

 やがてビリビリが手の平まで及び、指先の感覚までも薄れていった。


 試しに持っていた棒が、パタリと地面に落ちる。

 これなら相手が武器を持っていてもつかめなくなるだろう。


 だがそのとき、レナセールが状態回復薬をもちながら叫んだ。


「ベルク様、早くこちらを!」

「まだ大丈夫だ。秒数は数えてるか?」

「……はい」


 それから二十秒後、俺の腕の感覚がなくなり、完全にコントロールを失った。

 だらんと垂れ下がり、そこでようやくレナセールから薬をもらう。


「ベルク様、大丈夫ですか……ああ、ベルク様……」

「このくらいで死なないよ。心配しないでくれ」


 想像以上の効き目だった。

 これならば対人はもちろん、魔物にも役立つだろう。


 傷口がジュクジュク塞がっていくと、レナセールが不安そうな表情を浮かべる。

 それがあまりにも可愛くて、反対の手で頭を撫でた。


「心配性だな。すぐ治るよ」

「……ベルク様のお身体に傷があるだけで、私は怖くてたまりません」


 彼女は俺の欲しい言葉を毎日くれる。

 

 実験は大成功だ。


 毒についても調べたいが回復薬は血まで戻してくれない。


 だがそのとき、レナセールが真っ白い腕を伸ばしてきた。


「次は、私の番です」

「……レナセール」

「私もベルク様のお役に立ちたいのです。お願いします」


 レナセールの事を思い出すと人体実験なんてしたくなかった。

 ただ彼女は頑固だ。


「わかった。だが毒は麻痺と違う。回復しても吐き気や眩暈が続くかもしれないぞ」

「ベルク様がそうならないと考えるだけで、私は嬉しいです」

「まったく」


 そう言いながらも、俺はレナセールを椅子に座らせると、短剣の麻痺液を丁寧に拭きとる。

 ビーカーに保管していた毒液をしみこませた後、静かに白い腕を切る。


 痛覚を感じた彼女がほんの少しだけ顔を歪めると、俺の心臓がドクンと響いた。


「もっと切ってもらって大丈夫です。我慢できます」

「いや、毒は経過をゆっくりみる。無理はするな。事細かに状態を教えてくれ」

「わかりました」


 魔力の高いエルフには耐性がある。

 それも考慮したが、吐き気、眩暈、震えがみられた。


 ギリギリまでレナセールが細かく教えてくれたので、効き目は麻痺よりも強そうだ


 状態回復薬は経口投与。

 回復薬は経口投与でも患部にかけてもいいが、なぜかそれだけは拒んだ。


「傷が塞がらないぞ」

「ベルク様から初めていただいた傷です。もう少しだけ眺めておきたいのですが……ダメでしょうか?」

「……ダメじゃないが……前から思ってたけどレナセールって……」

「はい?」

「めちゃくちゃ変態じゃないか?」


 すると彼女はめずらしく頬を赤らめた。

 これ、恥ずかしいところか?


「そ、そうですか!?」

「朝も夜もずっと俺の匂い嗅いでるし、常に俺の姿が見えてないと焦るし」

「だって、安心するんです」

「傷も安心か……?」

「ベルク様からいただいたものは、すべて大切です」


 ビンタしてもありがとうございますと言いそうだなと思ったが、おねだりされたら困るので言わないでおいた。

 だがやはり傷跡が残ると嫌だったので、回復薬を茶に混ぜて騙して飲ませる。

 傷が、ジュクジュクと回復していく。


「ああああ……どうしてなぜ……こんなことをするのですか……」


 そのときのレナセールは、俺が今まで見た中で一番悲し気だった。

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