第16話:アルコールにほだされて
武器の錬成は予想よりも困難を極めていた。
素材も高く、ひと月に何度も試せるわけじゃない。
といっても一回目より二回目、三回目より四回目と精度は上がっている。
必要な材料はレナセールに朝一で落としてもらっているが、この調子だと出来上がるのは来月になりそうだ。
「にゃおーん」
「ふふふ、サーチはお利巧さんね」
すっかり家の住人になった黒猫。
レナセールが微笑みながら撫でる。
前に男の子で良かったねと呟いていたが、それは記憶から消した。
何度か試作品を作り終えると、疲れて手を止める。
薄汚れた手を、濡れタオルですぐに拭いてくれたのは、レナセールだ。
彼女は自己欲が一切ない。
いや、正しくにはあるにはある。
それはすべて俺に向けられているが。
「どうかしましたか?」
「いや、レナセールはどこか出かけたいとかないのか?」
「ベルク様が望むところならご一緒したいです」
「そうじゃなくて、自分で見たい所とか、したいこととか」
「ありません。ベルク様の喜ぶ顔が一番ですから」
奴隷の契約は心を縛る強いものじゃない。
本心からの言葉としては嬉しいが……。
「俺の願いなんだ。レナセール」
「どういうことでしょうか?」
「君が自分のしたいことをして喜んでる姿がみたいんだよ。同じ気持ちだと考えれば、わかるだろ」
首を傾げながらゆっくりと考えると微笑みながら「では、ベルク様のしたいことをしましょう」と突き返される。
とはいえそれが本当ならいいか。
最近は家に引きこもってばかりだった。
「だったらたまにはディナーでも行こう」
レナセールが好きなのは食べることだ。
初めはパンさえ満足食べられなかった彼女だが、今では幸せそうに食事を平らげている。
だが、なぜか不安げな顔をする。
「……私の料理、もしかして味付けがお好みではなかったですか?」
「違う違う。ただの気分転換だ」
「……良かった。是非、ご一緒したいです!」
サーチに留守を任せる。ちりんと響く首輪の呼び鈴は、俺のポケットに入っているブザーが震えるようにした。
一番綺麗な服を着て外に出る。
冬を超えたからか、暖かい気温を感じるようになってきた
赤い月を眺めながら、普段は立ち寄らない富裕層が集う
「雰囲気が随分と変わりますね」
「貴族が多いからな。冒険者が安酒を煽るような店は一つもない。治安もいいから安心だ」
「ベルク様、私の分は自分で出しますのでお気になさらないでくださいね」
「こういう時、主人に恥をかかすもんじゃないぞ」
「……すみません」
「冗談だ。気にするな」
といっても豪華絢爛な店に入るほど洒落た俺じゃない。
蝋燭が並んでいて、暖炉が綺麗な雰囲気の店に入り、ワインとステーキ、ジャガイモの付け合わせとサラダを頼んだ。
レナセールは一番安いのを頼もうとしたので、すぐに俺と同じのをお願いした。
ありがとうございますと言われ、俺はまた少しだけ気分が良くなった。
酒はいつもより美味かった。
レナセールがいつもより綺麗に見え、赤い月に照られた白い肌が色っぽく見える。
錬金術の話で盛り上がったあと、そこそこの値段を支払って外へ。
「ベルク様、申し訳ありません」
外に出た後、レナセールが謝罪した。
店で何度かクスクスと笑われたのだ。
おそらくだが、奴隷と一緒にディナーを楽しんでいる俺が滑稽だったのだろう。
寂しい男だと思われているに違いない。
確かにムカついたが、相手は貴族。
下手につついて面倒になるくらいなら我慢すればいいだけだ。
いつものように気にするなと答えようとしたが、アルコールがいつもより多かった。
街の往来にもかかわらずレナセールにキスをした。
奴隷ではなく女性として楽しんだと伝える為に。
「……ベルク様、嬉しいです」
ぎゅっと手を握る彼女。
俺は以前から考えていたことがあった。
それは彼女の奴隷の契約を解除することだ。
その結果、レナセールが離れていくのなら仕方ない。
それを伝えると、彼女は首を横に振った。
「私はベルク様に隣にいたいのです」
「奴隷じゃなくてもそれは可能だ」
「……嫌です。私は、あなたに必要とされたいのです。重荷と思われたくありません。それに奴隷契約は安心します。誰にも奪われませんから」
奴隷契約をしていると他人が上書きすることができない。
それが、彼女の安心材料なのか。
「……わかった。これからもよろしくなレナセール」
「もちろんです。ベルク様のお隣で、ずっといます」
俺は今日の出来事を決して忘れない。
貴族どもの哀れみの目、声。
俺への無礼はどうでもいい。
だがレナセールをバカにしたのは許せない。
俺は必ずこの王都で、いや世界で。
彼女がバカにされない、歴史に残るのほどの。
――錬金術師になってやる。
――――――――――――――――――――――
あとがき。
新しい夢ができたみたいです(/・ω・)/
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