【コント】締まる首輪

あそうぎ零(阿僧祇 零)

締まる首輪

  殺風景な部屋の中央に机が一つ。隅に事務用キャビネット。

  机を挟んで、服役中の男と刑務官が座っている。


刑務官 (終始無表情で)お前を呼んだのは、仮釈放について相談するためだ。

男 え! 仮釈放してもらえるんっスか⁈

刑 お前、改悛かいしゅんの状は認められる。

男 心から反省してます。

刑 だがな。刑期の三分の一は、まだ経過していない。

男 ダメってことスか?

刑 いや。可能性はないこともない。

男 単刀直入にお願いします。

刑 よかろう。グサッといくぞ。

男 面白くねぇっスよ。

刑 実は、仮釈放制度が一部改正され、来年施行しこうされる。

男 そうらしいっスね。

刑 刑期の三分の一を経過していなくても仮釈放される道が作られた。

男 どういうことっスか?

刑 刑期の十分の一が経過していれば足る。

男 私、該当するじゃありませんか!

刑 そのとおり。ただ、条件がある。

男 どんな?

刑 仮釈放と同時に、「コレクショナル・チョーカー」というアクセサリーを常時身に着けることだ。

男 アクセサリーっスか?


  刑務官、部屋の隅にある事務用キャビネットから、リング状の物を取り出す。

  幅2cm、直径20cmくらいの銀色のリング。

  刑務官、席に戻り、リングを男の前に置く。


刑 これが、コレクショナル・チョーカーだ。

男 犬の首輪っスね。ゴッツイから、ドーベルマン用?

刑 犬の首輪に、これほど高級感あふれ、かつオシャレな物があるか?

男 (首を捻りながら)さあ。

刑 デザインしたのは、国際的デザイナーの「ハナ・モグラ」だ。

男 銀色は目立つなぁ。

刑 8色の中から、好みの色が選べる。

男 へー! これを、ただ着けてりゃいいんスか?

刑 そうだ。念のために言っとくが、絶対に首から

男 首から外しちゃいけないんですね?

刑 首から「外す」ではなく、「離す」だ。

男 はぁ?

刑 これだから、法律に疎い者は困る。

男 ……。

刑 「わいせつ図画」は「ずが」ではなく、「とが」と読むだろ?


  男、チョーカーをいろいろな角度から見る。


男 ここにあるランプは、なんっスか?

刑 「ルードネス・アラーム」だ。

男 カタカナ言葉じゃ、よく分からねぇっス。

刑 意図的にカタカナ言葉を多用しているのだ。

男 何のためです?

刑 一般人に分かりにくくするためだ。

男 アラームの働きは?

刑 装着している者のよこしまな感情を感知して、アラームを発する。

男 どういうこと?

刑 仮に、夏の昼下がり、道で薄着の巨乳美女とすれ違ったとする。お前は何を感じる?

男 何も。

刑 と、口では言っても、心に劣情が浮かぶこともあるだろう?

男 そりゃ、百歳のジジイとは違うっス。

刑 すると、そのランプが黄色に点滅する。

男 (感心したように)なーるほどね。

刑 その時は、頭から邪念を追い払い、すぐにその場から立ち去ればよい。

男 うまく出来てますね。

刑 この種の犯罪は、再犯率が高いからな。

男 私、常習者じゃないっスよ。

刑 自己認識としてはな。

男 すぐに仮釈放されるんなら、その首輪を着けさせて下さい。

刑 ことろが、コレクショナル・チョーカーは、まだ完成していない。

男 なーんだ。


  男、立ち上がろうとする。


刑 誰が立っていいと言った?


  男、不服そうに座る。


刑 猿を使った実証試験は成功しているから、完成まであと一歩だ。

男 猿にも劣情があるんスか?

刑 ある。人間と比べて毛が3本足りないだけだからな。

男 は?

刑 いよいよ、人間を使った最終的な実用試験を行う運びだ。

男 へー。

刑 改悛の状が認められるお前が、実用試験の対象に選ばれたという訳だ。

男 (感動したかのように)私が? 光栄っス!

刑 (書類を男の前に置きながら)これが取説とりせつ「早わかり コレクショナル・チョーカー」だ。声を出して読んでみろ。


  男、「早わかり……」を音読する。


男 アラームおよびチョーカーの作動は、装着者が抱く劣情の強さに応じて、次のとおり変化する。なお、数字が大きいほど、劣情が強い。

 

 1.黄色、点滅

 2.黄色、急速点滅

 3.赤色、点滅

 4.赤色、急速点滅

 5.赤色急速点滅 + サイレン小

 6.赤色急速点滅 + サイレン大

 7.赤色急速点滅 + サイレン特大

 8.赤色急速点滅 + サイレン特大 + チョーカー収縮

 9.赤色急速点滅 + サイレン特大 + チョーカー収縮最大

 「チョーカー収縮最大」が継続すると、装着者は窒息する。


刑 どうだ、やってみるか?

男 ちょっと怖くなってきたっス。

刑 心配するな。黄色点滅の段階で対処すれば、まったく問題ない。

男 分かりやした。

刑 よく決心してくれた。礼を言う。

男 ムショの飯には、ほとほと飽きたっス。

刑 最後に、ここを読め。


  男、「早わかり コレクショナル・チョーカー」の、指定された部分を音読する。


男 警告‼

1.コレクショナル・チョーカーを首から離脱させることは、執行猶予期間満了時、または健康上の緊急事態と判断された時以外、いっさい認めない。


2.上記に該当せずに離脱させようとした場合、チョーカーがただちに感知し、警告アナウンスを発しながら、徐々に締まる。


3.それでもなお離脱行為を止めない場合、チョーカーが締まり続け、装着者が窒息することもあり得る。[注]チョーカーの直径は、装着者の首の直径の半分になるまで縮小しうる。


  男、不安そうな面持ちで、書類を刑務官に返す。


男 やっぱり、止めとこうかな。

刑 違法なことをしなければ何の問題も生じないから、安心しろ。


  暗転。


  万年塀まんねんべいの前の道。塀の向こうは個人の屋敷で、塀の上に庭木が見える。

  中央やや右に、1台のベンチ。  

  午後の斜めの光。

  

  男、下手しもてから歩いて登場。首に薄茶色のコレクショナル・チョーカーを装着。

  ノースリーブのワンピースを着た女、上手かみてから歩いてくる。


  男、女をチラリと見る。

  とたんに、チョーカーのアラームランプが、黄色く点滅する。


男 (速足で女から遠ざかりながら)ちくしょう。センサーが敏感すぎるよ。


  男、上手に退く。


  間。


  男、上手から歩いてくる。

  老婆、下手から杖を突いて歩いてくる。90歳くらい。


  男、老婆をチラリと見る。

  とたんに、チョーカーのアラームランプが、黄色く点滅する。


男 何なんだよー。 ヨボヨボの婆さんじゃねぇかよ。

老婆 もしもし、そこのお兄さん。どうかしたかね?

男 (老婆にチョーカーを見せながら)こいつが頓馬とんま過ぎて、困ってるんだよ。

老 おお、素敵な首輪じゃな。お宅のワンコのか?

男 ウチに犬はいねぇよ。これは、チョーカーというアクセサリー。

老 あんた、あたしを見てムラムラってきたのかい? 

男 は?

老 どうやら、年増としま好みらしいね。

男 (手を振りながら)違う、違う。

老 アラームが点滅してるよ。動かぬ証拠だ。

男 え? あんた、このチョーカーを知ってるのか?

老 知らぬはずがなかろう。

男 ホントかよ。

老 あたしの一人息子は、法務省の役人だ。

男 そりゃ、ちょうどいい。センサーが異常に過敏だと、息子に言ってくれ。

老 過敏? いーや。あたしを見て、劣情を催したんだろ?

男 あり得ない。絶対に。

老 ならば、ベンチに座って、お話しするかね。


  男と老婆、ベンチに並んで腰かける。

  ランプ、黄色点滅から、黄色急速点滅に移行。


老 こんなにくっついて座ったから、無理もないさね。

男 こうなったら、この先首輪がどう反応するか、見届けてやる。

老 (大声で)大きな声じゃ言えんけど、その首輪、不良品が多いらしいよ。

男 そうなのか!

老 (渋い表情で)日本の技術レベルは、下がる一方だ。情けなや。


  ランプ、赤色点滅に移行。


男 こいつは、間違いなく不良品だな。

老 その赤い色、綺麗だね。ガーネットみたいだ。

男 ガーネット?

老 亡くなった亭主がね、プロポーズの時、ガーネットの指輪をくれたんだよ。

男 あんた、若い頃は、相当の美人だったろ?

老 (片手を男の肩に回して)分るかい? 嬉しいね。


  そのとたん、ランプは赤色急速点滅に移行。


男 こりゃ、まずい。あばよ。

老 (男の腕をつかんで)ちょっとお待ちよ。

男 何だよ。次は、サイレンが鳴っちまうんだ。

老 亭主とあたしの、馴れ初めを聴いておくれよ。

男 誰か別の人に聴いてもらえよ。

老 あんた、亭主の若い頃にそっくりなんだよ。

男 しょうがねぇな。サイレンが鳴ったら、すぐに走り去るよ。

老 ああ。亭主とあたしはね、今でいう婚でね。


  そのとたん、サイレンが鳴り出す。


男 言わんこっちゃない。俺は行くよ。

老 (男の腕をつかんで)サイレンなんか、聞こえないよ。

男 あんた、歳で耳が遠いんじゃねぇか?

老 都合の悪い事は聞こえないんだよ。


  サイレンの音が、大きくなる。


男 ちくしょう! このリング、あんたの劣情を拾ってるんじゃないか?

老 恥ずかしいこと言わないでおくれ。

男 馬鹿らしくて着けてられるか!


  男、両手の指を首とチョーカーの間に入れ、力いっぱい広げようとする。

 

男 ぶっ壊してやる!

老 それでこそ男だよ。


  チョーカーから、アナウンスが聞こえる。以下、「  」はチョーカーが発するアナウンス。


「警告、警告。首からコレクショナル・チョーカーを離してはいけません」


男 (チョーカーを引っ張りながら)婆さん、ンチ持ってねぇか?

老 ンチなら、今座ってるじゃないか。


「警告、警告。ただちにチョーカー離脱行為を止めなさい。止めない場合は、収縮を開始します」


男 こんなチャチなリングに負けてたまるか!

老 頑張れ、頑張れ。前畑まえはた頑張れ!

男 くそっ! リングが締まり始めた。

老 リングごときに負けたら、男がすたるよ。


「警告、警告。ただちにチョーカー離脱行為を止めなさい。止めない限り、収縮を継続します」


男 婆さんよ。そこらへんに、棒か何か落ちてねぇか?

老 (周りを見回しながら)棒ねぇ。葉っぱしかないよ。

男 ちくしょう。残念だが、ぶっ壊すのは諦めた。


  男、チョーカーから手を放す。


「警告、警告。このチョーカーの収縮は、止められなくなりました。繰り返します。このチョーカーの収縮は、止められなくなりました。心を静めて、お念仏を唱えましょう。チーン」


男 え? そんなこと、取説には書いてなかったぞ。


  男、再びチョーカーを手で摑む。


老 大丈夫かい?

男 く、苦しくなってきた。婆さん、警察か救急車呼んでくれ。

老 あいよ。(周りを見回しながら)公衆電話はどこかいな。

男 苦しい! け、携帯使えよ。早く!

老 そんなハイカラなもの、持ってないよ。

男 婆さん、明治時代の人かよ。

老 大正生まれさ。

男 (苦悶の表情で)ウウウ、息が……、出来ない。

老 いよいよ御臨終かねぇ。(合掌して)ナンマイダ、ナンマイダ……。


  男、目を閉じて、老婆とは反対側に上半身を倒す。

  老婆、手を伸ばして、男の首に手を当てる。


老 脈がない。


  老婆、懐からスマホを取り出し、タップして耳に当てる。


老 もしもし。✖✖課長の佐伯さえきをお願いします。あたしは、佐伯の母です。


  間。


老 もしもし、耕平こうへいかい? 実用試験、大成功だよ。おめでとう!


  老婆、大声で話し続ける。


老 不具合? ないない。パーフェクト。


  暗転。






 

 

 








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