はなさないで!!

空山羊

この手は絶対にはなさない!!

俺には3分以内に愛する婚約者アマネを救出しなければならないミッションがある!

なぜなら俺たちが乗船中の豪華客船ロイヤルミーツ号が沈没するまであと3分だからだ!!


俺たちはつい1時間前までは、そこらの住宅展示場や高級な住宅の内見にも勝るほど豪華絢爛な「箱」で、何事にも代えがたいような素敵な時間を過ごしていた。


なぜ、今こんな事態になってしまっているかというと、それは船底に出来た、小さな小さなささくれのような傷が原因だった。


その小さな小さなささくれのような傷は小さかったが確実に船底に穴を空けていた。


普段ならそんな小さな傷すら見落とさない腕利きの職人たちがドッグで整備をしているのだが、今回は整備師長が病のをこらせ戦線を長期離脱していたのが原因だった。


船には何重にもコーティングが施されており、浸水の危険などは99.999%無いものであったが、この小さな傷はその0.001%の壁を越えてきた。


結果、航行から10時間後には太平洋上で塞ぎようがないほどの大きな穴が開き船が真っ二つに折れ、沈み始めたのであった。


俺と婚約者のアマネはその時、ちょうど豪華客船のど真ん中に位置するパーティールームで生バンドを背に立食パーティを楽しんでいた。


メキメキドッゴーン!!!


そんな爆音が聞こえた瞬間に船全体に衝撃が走り、俺たちがいたパーティールームの床に亀裂が入った。


乗客は大パニックになった。


右往左往する乗客たち。


俺たちも手を握り合いながら船首方向に走った。


結果としてそれは良い決断だった。


数分がして船尾が沈没し始めた。

船尾側に重みが偏っていたのか、船首に比べてあっという間だった。


そして、垂直に立ち上がってしまった船尾から人が海面に落ちていく姿が何人も見られた。

それでも、避難艇や救命ボートに乗れた人たちも多くいた。


その様子を見てしまった船首に移動した我々はこの後に同様に起きるであろう恐怖に震えた。


そうこうしているうちに、船首も徐々に角度を上げ垂直に近づいてきた。

俺は職業柄力が強い。だから、海に落ちてしまいそうになるアマネを抱え海に落ちないように手すりを掴んでこらえた。


だが、ここでまた1つ問題が起きた。

俺たちがいる場所が先ほどと同様にポッキリ折れてしまった。


折れた衝撃で手が離れてしまい、アマネは海に向かって落ちそうになる。

アマネが必死に伸ばした手は柵をなんとか掴み落ちるのを免れた。


運が良かったのか悪かったのかわからないが、ちょうど俺たちがいる場所が折れた真ん中だったようで、『∧』のような状態で沈み始めた。

そして、俺たちは『∧』の逆側にそれぞれ取り残された。


俺の見立てではこの船は後3分程で沈むだろう。

だから俺は後3分以内に愛する婚約者アマネを救出しなければならない!


垂直に近い船を必死に数メートル上り『∧』の頂点に辿り着き、アマネの手を掴む。


沈没まで後2分!


必死に堪えるがアマネがパニックで気が動転してしまっているので上に上がってこれない。

それでも必死に耐える。


「あなた!あなた!手を離さないで!!お願い!私まだ死にたくないの!アシテイルからぁぁぁぁ!」

「あぁ!大丈夫だ!俺は絶対にアマネの手をはなさない!!だから安心してくれ!」

「あぁぁぁ神様お願い私を助けてぇぇぇ!!」

「大丈夫だアマネ!落ち着くんだ!もうすぐ救助隊がやってくる!だからそれまで俺と一緒に耐えるんだ!!」


そうやってアマネを励ますが、船もあと1分くらいで沈没するだろう。

『これまでか』と心の中で諦めが芽生えた頃、救助のヘリが飛んでくるのが見えた。

まさに希望の光だった!


「アマネ!大丈夫だ!ヘリが来た!俺たち助かるぞ!だから絶対に俺の手を離すな!俺も絶対に手を離さない!!」

「あぁ神様!わかったは私も絶対にあなたと生きるからこの手をはなさない!アイシテル!」


だが、現実は残酷であった。

次の瞬間ミシミシと船体が音を立てて別の個所が折れたのだ!!


沈没まで後30秒


折れた船体は結果としてこんな形になった。

『∩』


上の平たんに近い場所にはこれまで海面に落ちかけていたアマネが。

垂直に近い位置には俺が。


先ほどまでは体力や腕力的な意味でアマネが窮地であった。

しかし、今、アマネのいる場所は、ほぼほぼ平坦だ。落ちるも何もない状況だ。

一方俺は絶体絶命だ。


沈没まで後20秒&救出まであと10秒


俺は願った。そして叫んだ。

「アマネ!あと少しだ!あと少しで助かるから、この手を!この手をはなさないでくれ!!」


「・・・重い。無理。このクソデブが!さっきからウルセェんだよ!!誰がテメェのこと助けるか!」と叫ぶと同時に手を離された。


「え?アマネ?


ドッパーン!!!!


俺は最後の最後で最愛の女性に手を離され海に落ちた。



『俺の人生これからだったのに…後悔しながら死んでいくなんて…』




それから、アマネは船が沈没する前に救助のヘリに助けられ無事に生還。

奇跡の生還とアマネが女優の立花アマネであったことと、彼女を救助してくれたヘリのイケメン隊員と恋に落ち結ばれたことから世間が大騒ぎとなり、あれよあれよという間に映画化し大ヒット。彼女は一躍時の人となった。




俺は死んでしまったかというと、結論死ななかった。

俺の職業は相撲取り=力士だ。

俺の名前は『小結 金剛海』


数十メートルから落下したが、力士は全身が筋肉の鎧だ。

なんと衝撃に耐えた。全身を強く強く打ち付け酷い状態であったが一命は取りとめた。

更に力士だったことが功を制したのが、脂肪の塊であったことだ。

脂肪は浮くんだ。

力士は身体の内側は全身筋肉だが、身体の表面は脂肪の鎧に覆われている。

結果として俺は沈まずに浮いた。


そして、普通の人よりも身体が大きいことで救助艇にすぐに発見してもらうことが出来、こうやって一命を取り留めた。


俺とアマネはお忍びで付き合っていたし、結婚してからマスコミ各社に発表しようとしていたので、明るみにでなかったし、アマネの最後の言葉と表情でお互いが完全に冷めてしまったのがわかった。


本当は言ってやりたい気持ちもあったし、アマネに「マスコミに、!」って言われたし、なにより力士は人の手本となるべき人間だし、俺が目指している横綱は品格も大事であることから、このことは世に一切発表しなかった。


あれから2年後俺は念願の横綱になった。

一度死んだって思えたからこそ、俺はどんなにキツイ稽古にも耐えられたし、どんなに強い相手との取り組みにも怯まなかった。

一度死んだ気になってやってみるってのは本当大事だと思う。


あと、今俺の横にはシナノという女性がいる。

彼女は俺が運ばれた病院の先生の娘さんで大の相撲好きで俺のファンだった。

彼女は同じ病院で看護師の仕事をしていたこともあり、父が俺の主治医という特権も使い俺の看護をしてくれた。


それはそれは手厚い看護だったし、物凄いアピールだった。

告白はあちらから。

「私はあなたが横綱になると信じています。結婚してください。結婚してくれるって言うまで

まだ、付き合ってもいないのに『結婚してください』だ。


俺もお義父さんもビックリした。

お義父さんなんて「まさかここまでとは!?」って。

でも、「シナノがそれでいいというなら好きにしなさい。」と後押しをしてくれた。


だから俺も「この手を絶対にはなさないんで、シナノさんもはなさないでください。結婚してください。必ず横綱になります!」って返事したんだ。


人生海底に落ちることもあれば、どん底に落ちることもあるけれど、腐らなければ諦めなければ必ず報われる日が来るよ。


だから、俺は今日も横綱として皆の目標としてお手本として生きていくよ。


俺も今度こそ、この手ははなさない。

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はなさないで!! 空山羊 @zannyou

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