その約束が守られることは無い

曇空 鈍縒

第1話

「はさないでね?」


 今日も何処かの学校で、その文言が飛び交っているだろう。


「私、樹君のことが気になっていて」


「へえ、そうなんだ」


「樹君に好きな人がいるか聞いてくれない?」


「うーん。まあいいよ」


 その会話は、基本的に二人から三人の少人数で交わされる。場所は教室の喧騒の中、あるいは夕日に染まる通学路。


 小学か中学生の女子達が交わす会話は、聞き手によっては青春の爽やかささえ感じるだろう。


 だが、それは甘酸っぱい恋の始まりになることよりも、ドロドロとした嫌な人間関係と、他者の情報リテラシーを信用することがいかに愚かしいかを認識するだけに終わることの方が遥かに多い。


「ねえ美春ちゃん、あのこと喋っちゃったの!?はなさないでって言ったのに!」


「私は貴子ちゃんにしか言っていないよ」


 聞き慣れた会話が交わされる。


 だが、一度クラスの情報網に流れたら、もう誰にも止められない。


 意中の相手に自分の好意が知られるまでは2日もかからないだろう。


 そこで「実は僕も好きだったんだ」ってなることは少ないし、無視することができる優しい男子はごく稀だ。


 それが意味することは、嘲笑の集中砲火しかない。


 元を辿れば「はさないで」なんて短く安っぽい単語で、おしゃべりな友人の口を塞げると考えた本人が悪いのだが、こうなると気の毒だ。


 意中の相手だった男子から馬鹿にされるのは地獄だし、静かに目を逸らされた日には、きっと死にたくなるんじゃ無いだろうか。


 人の噂も75日とは言うが、初恋が最悪の形で挫折したという悲惨な経験は一生残る。


 な恋愛を楽しむのもまた一興と思えるほど人間関係に達観した目線が持てるる小中学生などいないだろう。


 つまり、『はなさないで』なんて安っぽい単語に頼るような愚かなことは特に恋愛において最も辞めるべきことなのだ。


 別にこれは私の経験談ではない。いわゆる友人Aから聞いた話という類の物だ。


 勘違いされると私の信用に関わるので、念の為

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