銀と白の箱庭と黒と陰の世界で
ジャックTM
第1章 1話 表のご主人様と裏の白メイド
≪出会った桜に憧れて、桜になれず、桜を偲んでいたわたしは≫
≪桜に愛される妖になれたでしょうか≫
表に人間、裏に妖。時には侵食し合うこの世界で、
再会した彼女は、あの時こう言った。
【これは、私たちが過去に落としてしまった後悔を未来で力に変える物語】
「配信チェックしまーす」
照明の無い暗い一室で女性の声が響く。音声は部屋の中央に設置されたPCモニターから聞こえてくる。画面には現在WEB配信中の番組、「愛桜(ちはる)チャンネル」のサムネ(準備中)が流れている。今朝は生放送するらしい。
そして、モニターの前で座る一つの生物。丸いキャンディの下が溶けたような奇妙な形をしているそいつの名前は総称として『雪女』と呼ばれている。この名で呼ばれている理由は、近づいた相手に冷気を感じさせて、人間の生気を奪う行為が昔の書物に登場する雪女みたいだと妖の専門家が結び付けたから。見た目も表の世界では雪の結晶みたいな透明感のある色で現れるが、配信が流れている裏の世界では周囲の暗さに溶け込むために自然と色が濃くなるそう。
「配信始まってるのかな・・・?みなさーん、声は聴こえていらっしゃいますか~?」
モニター画面下側にあるチャット覧。上から下へ流れてくるコメントたち。
その様子を雪女は特に行動せず、じっと生放送を観ている。
やがて、サムネの画像から水色メインの部屋に背景が切り替わる。この部屋でリアル配信するらしい。
高さのある白いラウンドテーブルと座面の位置を高くしたワインレッド色の椅子。
テーブルの上には黒いデスクトップPCとWEBカメラ、スタンドマイクが設置されている。撮影環境変えてみました~!と配信者が言っている。
座っているのはヘッドフォンを装着したメイド服姿のネコミミ美少女。
白髪は、後ろを二つに分けたポニーと草が生えたようにカーブしたアホ毛がキュート。ミニ丈のワンピースとニーハイは黒色で絶対領域が際立っている。エプロンは丸く、フリルの上に桜の装飾が付いていて可愛らしい。
古風な雰囲気とメイド服、丁寧だけど軽快な話し方。ミスマッチなようで意外と統一性がある。
「音声チェックも無事に完了です! あっ、初見さんこんにちわ~! ん~さてさて~、映像もチェックしますよ~。プツプツ音とかしませんか~? よしよしオッケーですね~」
咳払いをする。
「みなさん、こんばんわ~! 妖で配信やってます、愛桜(ちはる)と言います~。初めての方は是非覚えてってくださいね~♪」
そう言って配信を観に来てくれた人のコメントにありがと~とか、ゆっくりしてくださいね~とか言っている。雪女は微動だにせず、その様子をじっと眺めている。
「それではですね~。今回は2回目ということでして、いくつか決定したいことがあります。例えばえ~っと、この番組で何をするか~とか。わたしの呼び名や、みなさんのことを何て呼ぶか~とか。そうそう! 挨拶もあるといいですよね~!
いくつか用意してみましたので、コメントで意見を頂けたらな~なんて。よろしくお願いしまーす!(ぺこり)」
一度では聞こえなかったり、理解してもらえなかったりすることもある。また、配信時間のラグで内容が伝わるまで時間かかることもあって、ゆっくりとコメントの様子を見ながら話をしている。
「そろそろ終わりの時間がやってきました~残念。最後に今日一緒に考えて決まったことを振り返りますね。まずわたしがみなさんのことを何て呼ぶのか。ご主人様という意見もありましたが、私が仕えている主は一人だけと昔から決まっています。なので、そちらはごめんなさいします。それに、みなさんとはなるべく近い立場でお話したいので『お客様』と呼ばせていただきたいと思います。うん、よし!
そして、お客様がわたしの事を呼ぶ時は、チハルさん。もしくは、チハルちゃん。チハルたんとかチハルママはよくわからないですけど、自由に変えて呼んでくださいね。
それから挨拶は『こんにちは』と、お客様がたくさん来て賑わっている様子からお花見をイメージしまして、咲かせるために桜の木が一斉に育つという意味で『メイサ(芽桜)』を合わせて『こんめいさ~🌸』で決定しました!」
最後に今後配信でやりたいことをおさらいしたメイドは、もう一度挨拶をしてお別れの挨拶をしている。
「???」
挨拶をした・・・はずだが、メイドはまだ手を振り続けている。
その様子が気になった雪女は、無意識に右手を挙げて左右に振る。そうしたところで画面の向こうにいるメイドが反応するはずも無かった。そのはずだが・・・。
「あっ、そうそう。今手を振っているあなたに一つ宣伝があります!」
メイドはこちらの行動に気づいているかのようで微笑んでいる。何かよくないことをしてしまったのではと雪女は思い始めるが、果たしてその予感は的中する。
「わたしとご主人様は現在『妖殺し』の依頼を引き受けています。そういうわけで、覚悟してくださいね、雪女さん♪」
・・・。
「ぬぅぶっ!?」
瞬間、雪女に緊張が走った。このままでは狩られてしまうかもしれない。
そもそもあいつは本当に妖なのか?見た目がコスプレのそういう設定ではなく?
それに、配信していたメイドは表の世界にいるはず。裏の世界に偶然流れ込んでくるケースというのはある。しかし、自らの意志で飛び込み、しかも対象を探し当てるなんてことは不可能に近い。
裏の世界は暗い水族館のよう。広大な景色を見ながら自由に行き来はできるが、同じ種族でも密集しないのが普通。周囲にあるのは、ほとんど人工物。だから隠れやすい廃屋で今も静かに潜んでいる。人工物といえば、綺麗なキューブ型の施設を偶に見かけるが、入口も無く謎の一つとなっている。
とにかく、普通は見つけることができないのだ。ただ、あいつは「妖殺し」と言った。表の世界に侵入しては人間に危害を加える妖を殲滅している連中。その連中に妖が協力している? それがメイド服で配信者? あのモニターで流れた・・・。
「誘い込まれたんですよ」
「ぬぅぶぉわ!?」
声が周囲に響き渡っていると思えば、見上げると一点に波紋が見える。そこから、水中に飛び込むように後から入り込んで、こちらに泳いでくる少女が一人。よく見ると、先ほど配信者として活動していたメイドだ。メイドは装いを変えていた。動きやすい白のフード付き黒ジャージに白の短パン。黒と青のランニングシューズ。何故か白とピンクのヘッドフォンは配信時から装着したまま。そして特徴的なのは、左目黄色で右目はピンク色のオッドアイと柄が赤で鞘が白色のシンプルな刀。
愛桜という少女は重力に引っ張られるようにゆっくりと降下して裏世界に着地した。
「食事のためにこちらへ侵入してくる雪女さん。あなた達が興味を持っている人間の娯楽、配信はその一つです。何故か裏世界にも流れたりするんですが、今回流したのは意図的です。後は、あなた達が発する冷気をわずかにでもセンサーが感知できれば特定できるという仕掛けですね。」
「ぬぅぶぶぶ・・・」
・・・。
悔しそうに鳴き声をあげる雪女を愛桜は冷めた目で見ていた。
配信時の明るい印象とは180度異なる、ターゲットを狩ることに執着した顔。
「そういえば、思考はできるけど話せない、まだその程度で被害が済んでいるのは幸いですが」
ゆっくりと雪女に近づく。
「生気を吸われ続けた表の人間は体に異常をきたし、最悪死ぬ可能性があります。あなた程度の存在でも十分に危険となりうるのです」
雪女がキョロキョロと周囲を探して、やがて一点を見つめる。注意を引いて逃げようとしているのか・・・。しかし、念のため横目で確認するぐらいは・・・。
「ぬぅぶぉわ!?」
「もう一体・・・? くっ!?」
雪女は2体居た。もう一方は背を向けて逃げ出す。視界で確認した愛桜は最初の一体が逆の方向に逃げ出すのも遅れて確認した。
「ご主人様、すみません! 雪女を2体取り逃がしました。逃走先が別々で両方を追うのは難しいかと。こちらは最初のターゲットを追いかけます!」
「なら、一体はこちらで引き受けよう。もう片方は追い付けそうかい?」
「お任せください!」
無線機で白メイドとの通話を終えた俺は齢18歳の大学生、湊 創八木(ミナト ソウヤギ) 。本来なら大学にて講義を受けている時間だが、大学側の事情で休校中。ならば暇だしバイトでもするかというところで、世話になっている祖父の知り合いから仕事の紹介を受けて現在。引き受けている依頼は急増している雪女の討伐のみ。
「そんじゃあ、行きますかね」
・・・。
もう一体の逃走先を先回りするために走り出す。
本来、表の人間は裏世界にいる妖の動向を知ることはできない。
しかし創八木は、ある日裏世界に迷い込み、長期間行方不明だった過去を持つ。
数日も生きていられたら奇跡というほど、人間にとっては脅威となる世界で、成すべき事のために大切な何かを置いてきた・・・と、生還した彼は言い残した。その後の入院生活を経ても、裏世界にいた頃の記憶はついに戻らなかったが。とにかく、その経験によって表の世界にいても大体の位置が掴めるし、雪女が発する冷気を辿って逆に先回りすることもできるようになったのだ。
「急上昇して北西に10m先、35秒後に陸へ上がってくるな・・・」
腰に装着している小型デバイスの電源スイッチを入れる。そうして、彼の趣味知識と技術を有効活用した、対妖への戦闘準備が整った。
『グリッドライン展開』
彼を中心点とした網状の銀色線が周囲に広がっていく。その線は特殊なカラーコンタクトをしている彼にしか見えない。
『オーバーレイ表示』
銀色の線に重なるように中心点を通る赤と緑の十字線も現れた。
『北西に10M、追加の立方体を設置。さらに立方体を複製して上に重ねる。底面を二つカットして、ワイヤーフレームを表示。』
彼の眼には外枠だけで作られた罠用の立方体が2段重なっている。
「そんで、これは保険だが・・・」
『スナップ=円カーソルをターゲットへ移動』
これにより、疑似的な的が設置された。
全ての準備が完了した。後は、雪女が陸に上がって的の位置に来る瞬間、右手に取り出したプロップガンの出番となる。空砲式の銃は本来、ドラマや映画で役者が使用する安全な玩具。しかし、それに装填される対妖用の弾丸に耐えられるようにかなり丈夫な造りとなっている。人間に当たっても普通に痛いが、妖に対しては特に生気を奪いつくすという追効果が連中にとって脅威となる。
「浮上まで、3・・・2・・・1・・・しっ!!」
「ぬぅぶ!? ぶぅぶぅぶぅ・・・」
パァンという音と共に雪女が不気味な声を出しながら、形を保てなくなり、やがて消失する。
「悪いね。これでも生きるために精一杯なんだ。射撃も自動照準以外は自信ないしね」
設定したカーソルの位置に合わせて銃の照準が自動でロックする仕様。
対妖用の武器としては、近接武器が推奨される。特殊な弾丸にはお金と時間がかかるからだ。しかし、彼がそれらを使用することは現在禁じられている。慣れない銃を
使用するしかないのだ。射撃を練習できる場所は少なく、代わりに遊んでいるTPSにハマる始末。不便だ・・・。
「おまけに今日の報酬から白メイドがハマっている学園アイドルゲームのライブBDを買ってやらねばならん、、、、これが店舗限定版でめっちゃ高い・・・辛いわぁ」
帰宅してからのことを思うと憂鬱だが、あいつが自分から楽しめるコンテンツがあるというのが嬉しいし、ほっとする。昔は感情の起伏が少ない妖だった。今の戦闘モードとやらの状態に似ている。そうまでして、何故俺を今でも必死で守ろうとするのか・・・。
「いや、今はいい。あいつの様子を見に行こう」
メイドが向かった方へ歩き出した。
かくして雪女は追い込まれた。娯楽が無い裏の世界でじっとしているのは辛い。
しかし、ここに逃げ込めば絶対安全だと思っていた。
「ぬぅぶぶぶ・・・」
「メイド服じゃないのがご不満ですか? これがわたしの戦闘服となりますので」
不思議に思っていたのが伝わったのか、勝手にメイドが説明し始めた。
「ヘッドフォンはお気に入りで、これがあると落ち着くんです。刀の方は昔から居合道の教えを受けまして。」
一歩二歩とこちらに近づいているのを感じる。ならばせめて不意を衝くか?死角をつくればあるいは。
「すみません。これ以上ご主人様をお待たせできませんので。これにて終いと致しましょう」
更に近づいてくる。彼女が歩いた後には、桜のような花がサッと咲き始めた。
今しかないと思ったその時、白メイドの右目が光る。妖としての格の違いか、雪女は金縛りにあったように動けなくなった。
・・・。
「ぬぅーぶぉー!?」
「最後に名乗りましょう。裏の生まれとする妖であり、縁あって現在は護衛とメイドを兼任しています。、木村 愛桜(キムラ チハル)でございます」
腰を低くした姿勢で刀に手を掛けようとしたが・・・やめて、右手を前に突き出した。
「それではおやすみなさい、悪者」
そして、右手を握る。それだけで雪女は見えない何かに握り潰された。
やがて、生気を失って消失する。
「刀の出番もありませんか」
裏の世界でなら、妖の愛桜はより力を発揮できる。
「さて、ご主人様のもとへ戻りましょうか」
ふと、帰る途中。どこかから、知らない声が流れ込んでくる。
≪(とりわけ個性が無くて何をするにも中途半端。何かを成し遂げたい思いもなく、ただ何者にもなれないわたし。こんなにも近くにいるあなた達に声を届けられない。ただ一方的な優しさに、このまま甘えているだけでいいの?)≫
「雪女が生気を吸って、人間の記憶を読み取りましたか・・・。最悪生命を絞りつくすまで付きまとう可能性もあります。放置は危険でしょう。」
振り返ったが何も確認はできなかった。そもそもかなり遠くから流れてきたようだ・・・。
「忙しくなりそうですね、ご主人様」
白メイドは表の世界へ浮上していった。
・・・・・・。
2話へ続く🌸
______________________________________
★+設定メモ+★
【第一章の登場人物】
●湊 創八木(ミナト ソウヤギ)
身長:175cm 年齢18歳 誕生日:6月13日
性格:落ち着きがあり、責任感もある。たまにメイドとはっちゃける。
好きなのもの:低身長で長髪の銀髪美少女に出会うと我を忘れる。TPSキャラゲー
苦手なもの:神出鬼没な妹。初対面のコミュニケーション
得意な事:趣味のモデリングソフトと特殊なデバイスで生み出すオブジェクトの操作
補足:名家の白鷹家長男。家を追い出され、祖父の家で暮らす大学生。現在は父方の旧姓である、湊の家名を使用している。学校側の都合で休校中のため、幼い頃から実家の裏仕事で経験を積んだ、妖殺しの依頼を引き受けている。本来は近接戦闘向きだが、本家から武器を没収される。代わりに依頼主からもらった特殊な銃を使用するが、反動に慣れず、ここぞという時にしか使えない。
●木村 愛桜(キムラ チハル)
身長:154cm 年齢18歳 誕生日:6月13日
性格:穏やかだと思ったらテンション高かったり、戦闘時はクールだったりする
好きなもの:創八木、桜、ピンク色で可愛い服や雑貨、2次元の美少女アイドル
苦手のもの:白鷹家、泥棒猫(創八木に群がる雌)
得意な能力:居合・抜刀術と生気を代償とする妖術の合わせ技
補足:裏世界の住人で妖の身でありながら、特殊な経緯で白鷹家に育てられる。幼少時から創八木を守ることが自分の使命だと思っている。一度離れ離れになったが、再び再会する。共に牛生家で暮らし始めて以降は護衛兼メイドとして現在も仕えている。ヘッドフォンが体の一部みたいになってて、常に装着している。
【時期、世界観】
●第一章は、2044年の5月頃
●舞台は新関東エリア。妖殺しを裏の家業として担当する3つの名家、『白鷹家』『京築家』『ネオン家』が所在する3つの市、北の『白鷹市』南西の『京築市』南東の『ネオン市』に分かれている。主人公は白鷹市に在住。
【表と裏】
●表は人間が日常生活を送っている世界。裏は妖が集中的に増加した結果、18年前から一部の人間に観測され始めた。妖が静かに暮らすもう一つの世界。表と裏に強固な境目があるが、完全ではない(地上と地下みたいに位置は繋がっている)。表の人間がある日踏み外して裏に迷い込んでしまったケースもあり、裏の妖が表の人間の生気を求めて抜け道を通ったりする。前者は運が良ければエリア担当に救助されるかもしれない。後者も妖殺しに発見されて始末される可能性がある。
【雪女】
●裏の世界に住む妖の多くは表の世界に行くことを好まない。愛桜は生まれながらの特殊体質と表の世界で過ごした期間が長いため、表の世界の方が過ごしやすい。
例外として一部の妖もまた、表の世界での生活を好む。一例として、数年前から急増化している雪女と呼ばれる妖がいる。人間の生気を好み、近くにいると冷気を感じる。人吸い(人間から生気を吸うこと)を長期間続けると自由自在に体を変化させて強化される。あるいは、分離して種族を増やすこともある。特に精神的に不安定でありながら、強くあろうとする人間の生気を好み、通常より早く強化されるが、同時にその人が強く執着している記憶を共有して行動目的に影響を及ぼすことがある。
★読んでくれてありがとうございましたー!
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