KAC20245 よみがえり

ケロ王

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稲村祐樹いなむらゆうきは恋人である高村葵たかむらあおいの手を握り締め、何も言わずに振り向くことなく長い長いトンネルの中を歩いていた。


「ねぇ、祐樹。私、怖い……」


葵は祐樹に向かって話しかけるが、祐樹は彼女の言葉に何の反応も示すことなく、ひたすら前に向かって歩いていた。

その後も、思い出したように声をかけたり、バランスを崩して転びそうになったりしていたのだが、それでもなお、祐樹は彼女に優しい言葉をかけることも、振り向いて笑顔を見せることもなかった。


葵は、祐樹の冷たい態度に自分はもう愛されていないのだと感じていたのだろうか。

とうとう手を引かれながら、もう片方の手で目頭を覆いすすり泣き始めた。

それでもなお、彼女を気にも留めようとしない彼に再び注意を向けて欲しいと手を引かれながら、どうすればいいのか考えていた。


一方、手を引いている祐樹は焦っていた。

早く、この長いトンネルから抜け出さないと、そう思って、彼女の手を引き歩き続ける。

それほどまでに焦っているのだろう。

彼は手を引かれる葵を励ますことも、そして振り向いて安心させることもせずに、ひたすら歩いていた。

次第につないだ手に重さがかかるが、それすらも気にすることなく歩き続けていた。


そんな二人の均衡が崩れる。

突如として、後ろですすり泣いていた葵が、突然背後から抱き着いてきたのであった。

やわらかい二つのふくらみが背中に押し付けられる。


面と向かっていたら、あるいは何も感じなかったのかもしれない、しかし、彼は突然の感触に動揺してしまった。


「おい、やめろよ。体を付けないでくれ!」


思わず祐樹は葵に話しかけてしまった。

祐樹は冷静さを欠いていたとはいえ、彼女に話しかけてしまったことで動揺していた。

そして、彼の背後から葵の声が聞こえてきた。


「はなしたわね。はなさないでって言ったのに……」


ここは黄泉比良坂。

生と死の境である長いトンネルの中。


祐樹は亡くなった彼女を迎えに行き、3つの約束をした。


一つは、途中で決して振り向かぬこと。

一つは、途中で決して話しかけぬこと。

一つは、途中で決して手を放さぬこと。


約束を破ってしまった祐樹と葵は生と死によって分かたれてしまった。

振り返ったとき、彼女は悲しそうに微笑んでいた。

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KAC20245 よみがえり ケロ王 @naonaox1126

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