ハナの思い出

春雷

第1話

 ハナ・サナイデ(1985−2008)

 詩人、ミュージシャン。若者に熱狂的な人気があった。


 ハナが死んだ。ハナは私の全てだった。彼女が描く楽曲、詩は、他の誰にも似ていないオリジナルなものだった。美しい旋律、美しい言葉、美しい歌声。彼女のセンスは唯一無二だった。

 彼女は人前に出ることを好まなかった。ライブもほとんど行われていないし、映像も残っていない。死後発売された、アルバムに付いている写真だけが、彼女の姿を見れる唯一のものだ。私は初めて彼女を見た時、衝撃を受けた。

 鼻毛が出ている。

 どう考えても鼻毛が出ているのだ。そんなはずはないと、私は何度も写真を確認した。目鼻立ちの整った、黒髪の美人がそこにいた。才能の塊。若者のカリスマ。そうだ、彼女こそハナ・サナイデ。

 両方の鼻から鼻毛が出ていた。

 片方なら、まだわかる。しかし、彼女は両方出ている。そんなことがあり得るのか。私は何度も目薬をさして、写真をじっくり見た。出ている。ああ、出ている。確実に出ている。結構出ている。見間違いであることを完全に否定するかのように、がっつり出ている。右を向いても、左を向いても、出ている。片方につき、二、三本出ている。いろんな服を着ても出ている。青空の下で出ている。

 片方だけ出ているのであれば、どちらかの横顔においては、鼻毛なしの彼女を見ることができた。しかし、両方出てしまっていると致命的だ。私は鼻毛の出ていない彼女を、永久に知ることはできない。

 あるいは彼女はファッションとして、鼻毛をがっつり出しているのだろうか。そうだとしたら、彼女はやはり天才すぎて、時代の先を行きすぎて、私などという凡人には到底理解の追いつかない領域にいるということになる。圧倒的才能を持つ者というのは、得てして変人が多い。彼女は鼻毛が出ていることを良しとするタイプの人間だったのだ。おそらくそういうことだ。

 いやどういうことだ。

 よくないだろ。

 アルバムを眺めてみる。次こそは引っ込んでいてくれと思うが、出まくっている。チキショウ。こうなってくると、アルバムの曲も全て鼻毛のことについて歌っているのではないかという気がしてきた。

「飛び出して行こう」、「ありのままの僕でいさせて」、「切らないで」、「もっと伸びたいよ」、「どこまで行けるかな、どこまでも行きたいな」。

 これは鼻毛についての歌じゃないか? しかも鼻毛視点の。何だ、鼻毛視点の歌って。何だ? マジで何なんだ? どこまでも行こうとしてるし。引っ込めよ。鼻の中に留まってくれ。外に出ないでくれ。ああ、できることなら今すぐ彼女に会いに行って、彼女の鼻毛を切ってあげたい。切らしてくれ。頼むから切らせてくれ。

 でも、彼女はもういない。彼女の鼻毛を切ることはできない。だから、今の私にできることは、両方の鼻から鼻毛が信じられないほど出ている彼女を愛することだけだ。それでも愛そう。それでこそ真のファンだ。

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ハナの思い出 春雷 @syunrai3333

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