第8話 睡眠不足
波乱の配信から一夜明けて、私は何故か『
憧れの一色アヤメと実際に会えるかもしれない、と言うだけで、昨日は全く眠れなかった。
かといって、今日と言う大事な日に寝不足で臨むわけにはいかないと考え、「アヤメ様が一人、アヤメ様が二人……」と数えてみたが、眠れるどころか目が冴える一方であった。
そのため、大事な日であるにも関わらず、私は過去最高に寝不足であった。
「瑠衣ぃぃぃ、眠いよぉぉぉ」
「まあ、自業自得ね。頑張って耐えなさい」
同じクランのメンバーということで同行していた瑠衣に泣きついてみたが、あっさりと突き放されてしまった。
「まあまあ、彩香さん。安心してください、私がこっそり起こして差し上げますわ!」
一方の早紀は何とも心強いことを言ってくれた。
これで安心だと能天気に考えていた私だったが、後になって、このことを後悔することになるとは夢にも思っていなかった。
『
各メンバーの住居はそれぞれに上層階の1フロアが割り当てられていて、その下に事務所フロア、訓練用フロアが2つ、応接用フロアと一般職員用フロアが2つ、その下のフロアはショッピングモールのように雑多な店がたくさん入っていた。
私たちはエレベータで一度一般職員用のフロアに行く。
そこの受付から入館証を受け取り、セキュリティゲートをくぐって奥のエレベータへ。
そして応接用フロアの指定された部屋に3人で座って待つことになった。
その部屋は解放感のある窓から入る光で部屋全体が明るくなっていて、空調も最適な温度に調整されているようであった。
「凄い部屋だなぁ」
そう言いながらキョロキョロと部屋の中を見回す。
もちろん、そんなことをしているのは元一般人の私だけである。
お上りさんみたいな感じで好奇心に突き動かされるままあたりを見回していると、早紀が服の裾を引っ張ってきた。
「ちょっと、少しおしとやかにしてくださいまし! そんな風にしていると田舎者だと侮られますわよ!」
小声だったが、有無を言わさない雰囲気はいつもの早紀と同じであった。
私は彼女に手を合わせて、おとなしく座る。
その様子に早紀はやれやれと言った感じでため息をついたが、それ以上は何も言ってこなかった。
ちょうど私が落ち着いた頃、部屋に一色アヤメ、二葉武雄、三上裕也の3人が入ってきた。
彼らは『
彼らが入ってきた瞬間、私たちは弾かれるように立ち上がりお辞儀をする。
その様子見た3人が苦笑する。
「そんな焦らなくても大丈夫よ。役割は違うけど、私たちは対等な立場のですから。とりあえず、席におかけください」
静謐な部屋に凛とした声が響く。
その神々しさに、私は思わず席に座るのではなく土下座しそうになってしまった。
それにいち早く気づいた瑠衣が、私の脇腹を肘で突かなければ、そのまま土下座していただろう。
それほどまでに、彼女の姿は神々しかった――少なくとも私にとっては。
全員が席に着き、今回呼び出した件についての話が始まった。
どうやら、『
その90階層以降を現在攻略しているのだが、敵があまりに強く、攻略も難航しているとのことで、共同で攻略をして欲しいとのことであった。
いわゆるコラボ企画の打診というヤツである。
一色アヤメに憧れている私にとってはまたとない機会であったため、速攻でOKを出した。
あまりに決定が速すぎたことで瑠衣と早紀にツッコまれたりもしたが、二人ともあらかじめ話は聞いていたらしく、問題ないとのことであった。
「ちょっと! なんで私だけ今日いきなり聞く話になっているのよ?!」
「ん-、正式に聞いたのは初めてだけど? 私の家は情報集めるの得意だからね。嫌でも入ってくるんだわ」
「私は瑠衣さんほどじゃありませんけど、お母様から聞きましたわ。九條がハブられていないと知ったので、あちこち行っては本当かどうか分からない情報を仕入れてきてペラペラと私に喋るんですもの。嫌でも頭に入ってきますわ」
分かってはいたが、二人との情報格差に衝撃を受ける。
「しくしく、知ってたんなら教えてくれても良かったじゃない……」
「いや、ね。彩香のことだから、いつ聞いても答えは同じだと思ったのよ。現に即決でOKだったじゃない」
「それはそうだけど……」
その後は、コラボ企画と、ダンジョン攻略に関しての詳細について詰めていく。
まず、配信については『
だが、私たちの方でも希望すれば配信をしても良いということであった。
また、通常報酬について、装備品に関しては『
逆にそれ以外の消耗品などは私たちが取ってよいということらしい。
こちらに関しても3人とも異存はなかったようで、すんなりと決まった。
その後は攻略の際のフォーメーションとか戦闘スタイルとかだが、元々ソロでやってきたため、そう言った難しい話は苦手であった。
昨晩の睡眠不足も手伝って、私の瞼は徐々に重くなっていく……。
「まず、戦闘ですが、メインタンクを彩香さんにお願いしたいのですが、大丈……」
そして、私の意識は暗闇の底に沈んで……
バチバチッ!
私のお尻に電撃が走った。
「……痛ッ! ふぁ?! あ、ハイ! 大丈夫です!」
「わかりました。ではメインタンクは彩香さんにお願いしますね」
「ふぇ? メインタンクっていうと……。敵の攻撃を一身に受けると言う?」
「はい、90階層以降の敵なんですが、即死攻撃を使ってくる敵が多くて、それもあって難航していたんです。でも、彩香さんは回避主体ですし、装備に身代わりも付いているから死なないじゃないですよね?! だから今回のメインタンクにピッタリなんです!」
たしかに死なない、身体は。だが心が死ぬ。
そう言いたかったが、場の雰囲気がそれを言わせないようにしていた。
私はそっと天を仰いだ……。
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