誰にも

最早無白

誰にも

「ねえ、今から言うことは誰にも話さないでくれる?」


 廊下からグラウンドを……たった一人の男子に視線を向けながら、彼女はそう語る。


「あ~、そういう感じね……秘密にしとくから大丈夫だよ」


「よかった~! あたしね、実はアイツのことが好きでさ。どうやったらもっと仲良くなれるのかな、って……何かいい案はない?」


 ほら、やっぱり『そういう感じ』の話題だ。意中の人を開示した彼女の表情は、恥ずかしさの熱で赤く、甘く、とろけて見えた。本人には絶対に言えないけど、かわいく感じてしまう。


「アイツのこと、私も全然分かんないしなぁ。イケてるヤツらで固まってるイメージはある」


 ――少しだけ嘘をついた。私はアイツのことを『全然分かんない』わけではないし、なんなら重要すぎる部分も知っている。


 あの男からは二か月ほど前、修学旅行を見据えてのタイミングで、急に思いを伝えられた。

 ああいったイベントは、友達同士より恋人と一緒の方が楽しめるだろうし、その気持ちも分かる。私はなぜかアイツの『修学旅行用恋人』にされかけたわけだ。当然断ったけどね。


 そういうわけで、私はアイツに対してマイナスなイメージしかない。本当なら彼女の恋には全力で反対したいけど、あくまでも私怨でしかないので、このことは話さないでおこう。


「なるほどね……じゃああたしが『イケてるヤツ』に生まれ変われれば、ワンチャンある?」


「あるんじゃない? 私は今の方が魅力的に見えるけどね」


「いや、女友達に惚れられても困るっての。あたしは好きな人になりたいんだから」


 あらら……なんてロマンチックな言い回しなんでしょ。最近少女マンガでも読んだのかな?


「まあ、そうだよねぇ……私もそうだもん」


「え、あんたって好きなヤツいるの!? 基本的にサバサバしてるから、恋なんて無縁だと思ってたのに~!」


「そりゃあ、私だって一応乙女だからね~……」


 サバサバしてるつもりはなかったんだけど、彼女にはそう映っていたみたいだ。もう少し愛想良く振る舞って、……いや、やめておこう。

 この想いをずっと心の中にしまっておけば、これ以上この子と気まずくなることはないから。


「ねえ気になるじゃ~ん。誰が好きか教えてよ、秘密にしとくからさ~!」


「……ふふっ、教えな~い! じゃあ私は帰るね、また明日……!」


 私は一刻も早く彼女の視界から消える。あのまま一緒にいたら、きっと私は泣き出してしまう。あの子を心配させてしまう。

 だから誰にも……特に彼女の前では、ずっと心の奥底に沈んだ言葉を話さないでいる。話せないし、放てないでいる。


 ――彼女を想う心すらも、誰にも知られたくないから。

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誰にも 最早無白 @MohayaMushiro

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