傾国の美女〜お母様に捨てられたわたくしは悪女です
碧桜 汐香
第1話
「ルネ、君のお母様はそれはとてもとても美しかったんだ。見た目はもちろん、心までもね。そんなお母様によく似たルネは誇りに思うべきだよ」
お父様はわたくしにいつもそうおっしゃいます。
幼い頃は、わたくしも嬉しく思っておりましたわ。亡くなったお母様に似ているわたくしは美しい、と。
でも、大きくなるに連れて周囲の言葉が耳に入るようになりました。
「マルタード伯爵夫人は、若い男を連れて逃げたそうよ」
「まぁ。幼い娘と伯爵を捨てて?」
幼い子供に浴びせられる、そんな心無い言葉から守るためにお父様は、お母様が亡くなったと嘘をついていらっしゃったのですわ。優しい嘘を。
わたくしは一度、お父様に言ったことがございますの。
「お母様なんて、見た目は美しくても、わたくしとお父様をお捨てになるなんて……心はとっても汚いわ!」
「ルネ……そんなこと言わないでおくれ」
そう言ったお父様の顔がとてもとても悲しそうで、涙が今にもこぼれ落ちそうで、お父様のそんな表情を見たのは生まれてはじめてだったわたくしは、二度とお父様の前でお母様のことを悪く言わないと誓ったわ。
お母様なんかを大切に思い続けるお父様の方がよっぽど心は綺麗で、わたくしはお父様のような優しいお顔立ちに産まれたかったわ。
◇◇◇
「マルタード伯爵令嬢。僕と踊ってくれないか?」
「いや、僕と!」
「私と踊ろう!」
わたくしが夜会に参加すると、そう言って皆様が集まっていらっしゃるの。皆様、お母様に似たわたくしの美しい顔にしか興味がないのよ。だって、婚約者がいる身で別の女性を誘ったら、誘われたわたくしがどうなるのかわからないのだもの。
「まぁ、相変わらず男を侍らせて下品ね」
「母親にそっくり」
「婚約者の女性が泣いているのが見えないのかしら?」
わたくし、いつも断っているのに。
「わたくし、ダンスは苦手ですの。別のお方をお誘いになってくださいまし。それに、わたくしはお父様のように美しいお方が好みですわ」
そういうと、光に群がる蛾のように集まっていた令息たちは、口をそろえてこう言うの。
「お高く止まって、伯爵令嬢ごときが」
「母親そっくりの傲慢な性格だ」
「見た目が美しくても、中身がこれじゃあ……」
こんなとき、わたくしはお母様に同情するの。お母様もきっと大変だったのね、と。いえ、お母様のことですから、いろんな男を手玉にとって遊んでいたのでしょう。そんな悪女に騙されたお父様。とってもかわいそうですわ。
噂で聞いたのだけれど、今は伯爵という身分ながら、宰相をしていらっしゃるお父様。お母様がおそばにいる時はお母様に夢中で全然出世なんて出来なかったそう。お母様は、お父様の才能すら奪ってしまう本物の悪女だわ。
◇◇◇
「君、今日も何してるの。こんなところで」
「……今日も逃げ出して参りましたの。さまざまな虫から」
「相変わらず大変そうだね」
わたくしが夜会を抜け出して庭園で休憩していると、美しい少年に声をかけられました。
美しさに慣れたわたくしが美しいと思うこの少年も、夜会ではとても大変なのでしょう。
わたくしの参加する夜会では、いつも庭園にいらっしゃいます。
庭園に逃げ込んだわたくしたちは、こうやってこっそりお話しするお友達なのです。
「あなたも相変わらず大変そうでいらっしゃいますわね」
「僕よりも君の方が大変そうだけど、君はその分愛されているんだね」
そう言った少年の視線の先には、わたくしの姿を探すお父様がいらっしゃいましたわ。お父様を見つけたわたくしは、少年に挨拶して去ろうと思いましたが、いつの間にか姿が消えていました。
「ごめん、ルネ。目を離してしまったよ。疲れただろう? 陛下に挨拶したら、家に帰ろうか」
「うぇ」
「こら、そんな声を出さない。僕が不甲斐ないばかりにいつも大変な思いをさせてすまないね」
お父様の手をとって、国王陛下にご挨拶に向かいます。お父様よりも歳上の国王陛下は、お母様の大ファンだったとか。いつも気持ち悪い視線をわたくしの身体中に向けていらっしゃいます。
「おぉおぉ! ルネ。君がおらんから夜会がつまらんかったわい。相変わらず、お母上に似て美しいなぁ」
そう言って上から下まで視線を向けると、お父様に声かけします。
「どうだ。ルネを儂の側室にせんか。可愛がってやるぞ?」
「陛下。ご冗談を。王妃陛下に怒られますよ?」
「そうじゃな。王妃は儂のことが大好きだからな。儂があと30歳若かったら、側室にしておったのに」
国王陛下が30歳若かったとしても、わたくしとの歳の差は20歳。現在15歳のわたくしと、65歳の国王陛下。そして、35歳のお父様。とてもじゃありませんが、お断りですわ。でも、そのようなこととてもじゃないけど申し上げられません。わたくしは、曖昧に笑ってごまかします。
王妃陛下は、国王陛下のことを大好きなふりをして、ご自身の権力を守っているとお父様がこっそり教えてくださいました。とてもじゃないけれど、性格も中身も最悪なこの国王を愛せるとはわたくしには到底思えません。
「おおっと」
さりげなく私の身体に手を伸ばそうとする国王陛下から、お父様が守ってくださいます。
「陛下。娘は疲れておりますので、これで失礼させていただきます」
「失礼いたします」
「おお、おお。元伯爵夫人に逃げられた者同士、また酒を飲み交わそうではないか」
こんな風に国王陛下からも守ってくださるお父様。そんなお父様のどこが不満でお母様は逃げられたのでしょうか。
「ルネ。不甲斐ないお父様ですまないね」
「いえ、お父様。わたくし、ご心配いただかなくても自分で自分のことは守れますわ」
お父様が仕事を無理やり終わらせて夜会に走ってきてくれたことは知っております。でも、なんだかんだ宰相のお仕事が大好きなお父様。そんなお父様にわたくしは胸を張ってそうお伝えすると、お父様は困ったように笑いながらこう言います。
「そうか。ルネはいつの間にかとっても大人になったんだなぁ」
◇◇◇
「る、るるるる、ルネ!!」
「そんなに慌てられてお父様どうなさったの?」
「隣国の帝国の第二王子がルネに婚約を打診してきた! 打診といっても帝国だ。断るわけにはいかない……すまない。必死にルネの婚約を断ってきたけれど、そんな大物にまで目をつけられるなんて……本当にお母様にそっくりだね」
お父様は、悲しそうにそうおっしゃいました。
幼馴染同士であったお父様とお母様。幼少の頃から婚約を結んでおり、相思相愛であったと聞きます。しかし、この国の国王陛下に目をつけられたお母様。お母様との婚約を破棄させようとさまざまな圧力がかけられたとか。結局、結婚できる年齢になった当日の真夜中に籍を入れたそうです。お父様とお母様が同い年で同じ誕生月だったからできたことです。月が同じですと、一律に同月の初めての神の日に入籍できますから。
「まぁ。隣国の大国、帝国ですの!? 第二王子はどのようなお方ですの?」
お父様が悲しまないように、私は努めて明るく聞きました。まるで、大国に嫁ぐのが楽しみで仕方ないというように。
「白銀の髪に黄金の瞳をお持ちになったとても美しい方だそうだ。それを聞いた国王陛下はルナを側室にしようと躍起になっている。お父様としては、帝国ならルナの安全を守れると思うのだが、第二王子の人柄がわからないのが不安だ。でも、ルネの美しさに惚れてしまうのはわかるからなぁ」
真剣に悩むお父様を横目にわたくしは、考えます。
街に広がる噂では、隣国の王子たちは大変仲が良く、みんながみんな品行方正だと聞く。しかし、そんな噂は当てにならないであろう。
そんなことよりも、その外見に見覚えがあるのはわたくしだけでしょうか?
「……そんな第二王子が我が国の夜会に参加していたことはありますか?」
「うーん。一度だけ。ルネが休んだ夜会には参加したことがあるよ」
「………」
「どうしたんだい? ルネ。気になることがあるのなら、お父様がなんとかして断るよ」
「お父様。命を無駄に散らすおつもりですか?」
「むむむ」
「こうなった以上、あのエロ国王も手出しができませんわ。そう思うと、美しい同年齢のお方に嫁ぐ方が幸せではございませんの?」
「お父様としては、お父様と同じくらい、いやそれ以上にルネを愛してくれる人と一緒になって欲しいんだけどなぁ」
「まぁお父様。わたくし、美しさだけでも殿方を魅了する自信がありますわよ?」
わたくしがそう言って笑うと、お父様は曖昧に微笑みました。
「そこに関しては心配していないんだけどね」
日夜、屋敷に届けられる贈り物の数々。びっしりと想いの綴られた恋文から、高価な宝石まで。一部の品には、ご自身の体液や髪の毛まで送り届けられていると聞いております。お父様は必死に隠してくださいますが、おしゃべりな使用人の口は封じきれません。
「ねぇ、ルネ」
「はい、お父様?」
小首を傾げてお父様に問いかけると、お父様が真剣におっしゃいました。
「ルネがもしも嫌だと思うのなら、全てを敵に回してもいいから一緒に逃げよう」
「まぁ……」
「もう、後悔したくないんだ」
そういうお父様の顔は悲痛で、なんとも言えません。
「わかりましたわ。帝国の第二王子がクソ野郎でしたら、一緒に逃げてくださいますか?」
そう約束いたしました。
◇◇◇
「わたくし、なんで誘拐されているのでしょう」
お父様と約束して、婚約了承の返答を送った数日後。なぜかわたくしは誘拐されております。屋敷の中に入ってきた賊は、わたくしだけを拘束してまっすぐ王城に向かっております。
「……こんなにも愚かな真似をするなんて」
我が国の国王陛下ながら、あまりのおバカさ加減にびっくりしてしまいます。帝国の第二王子の婚約者となったわたくし。そんなわたくしを誘拐するなんて。そして、国王陛下の目的は明白です。わたくしを側室にするかこっそりと隠して慰み者とすること。
「……お父様は無事かしら?」
そう思いながら、対抗する方法のないわたくしは大人しく連れて行かれます。
「あんなクソ国王のお手つきになるのでしたら、お父様の命を保証していただいた上で、舌を噛み切って死んでしまいましょう」
◇◇◇
「ルネ。待っておったぞ」
「国王陛下におかれましては、」
「そんな堅苦しい挨拶など良い。ルネ……儂の好みはもう少し歳上なのじゃが、帝国なんかに攫われるくらいなら多少幼くとも問題ない」
こちらとしては問題大有りですわ。しかも、国際問題に発展する話ですわよ? あと視線が胸元を向いていて気持ち悪いですわ。まぁ、ここだけはお母様に似なかったことは、幸運だったのでしょうか。
「……国王陛下。わたくし、お願いがございますの」
とびっきり愛らしい表情を意識して、国王に媚びます。破顔した国王は、鼻息をふんふんと鳴らしながら、頷いています。
「なんじゃ。言ってみろ」
「帝国との婚約を了承しておきながら、国王陛下のものになるなんて、お父様のことが心配ですの。帝国と反対の位置にある王国へお父様を逃して下さらないかしら? そうしたら、わたくし……なんでもいたしますわ?」
弱小な小国の我が国と違い、大国である王国。きっと帝国にも対抗できますし、お父様の実力でしたら、身分がなくともどこまででも登っていけますわ。
「おお! なんでも、とな。よし、わかった。任せろ!」
「ルネ!!!!」
わたくしが国王へのおねだりを終えた瞬間、お父様が玉座の間に入っていらっしゃいました。不敬に問われかねませんわ、お父様。
肩を揺らすお父様のお隣に、平民服姿の女性が……ってお母様!?
「お久しぶりですわ。国王陛下」
妖艶に微笑む絶世の美女。お母様ですわ。絵姿で見た美しさが変わりありません。わたくしと違って妖艶さもあります。なんでここに、お父様はどうして、そう言う前に国王が立ち上がります。
「おおおお! ルネルード! 久しいの! ずっとマルタード伯爵を張ってあったが、おぬしと全く会わぬから、本当に逃げ出したと思っておったわ」
「国王陛下? わたくしだけを推してくださるとおっしゃったではございませんか。帝国との火種になりかねない、そんな小娘なんてやめて、大人の女性をお好きになさったらいかがかしら?」
「ルネル!!」
悲しそうな顔でお母様の名前を呼ぶお父様。そんなお父様に、何かしら、と微笑んだお母様は、こうおっしゃいます。
「平民暮らしがしてみたくて、帝国に遊びに行っておりましたの。可愛い侍従を連れて」
そう言って振り返った先には若い男の侍従……と思ったら、かつらを外しましたわ。女の侍従でしたわ。
「でも、国王陛下が側室を募集していると聞いて、舞い戻ってきましたの。わたくしに愛を囁いてくださったのは、偽りだったのかしら?」
そう言いながら、国王に近づくお母様。わたくしでもわかります。お母様は、わたくしを守ろうとしてくださっているのですわ。自分を犠牲にしてでも。悔しそうに、でも、歯噛みするしかないお父様。周囲は騎士に囲まれております。逃げ出そうにも、わたくしを守るにはこんな方法しかございませんもの。わたくし、やっと気づきましたわ。ずっとお父様とお母様に守られて、平穏に暮らしてこられたのですわ。
お母様は国王から身を守るためだけでなく、お父様の身分と命を守るために、帝国で平民暮らしをしていらしたのです。
「帝国の第二王子は、街へ降りて視察をなさるようなお方。そんなお方の婚約者を奪い取ったら、帝国中が敵になりますわ。しかも、かのお方は、王国の王子との交友もあると聞きますわ」
そう微笑むお母様に、国王は顔色を悪くします。やっと自分のやろうとしたことの愚かさを自覚なさったのでしょう。
「あぁ、そこの男との婚姻は、失踪を理由にして先ほど解消して参りましたわ。だってわたくし、素敵なお方が好みですもの」
そう言ってお父様を見遣るお母様。お母様の視線には愛が溢れています。嬉しそうに鼻を鳴らす国王が、どうしてそれに気付かず喜べるのか……わたくしにはわかりません。
「ルネル、ルネル」
涙を流すお父様に優越感に浸る国王。お父様はお母様のお気持ち、全てをわかっていらっしゃったのです。お母様、あなたはやっぱり恐ろしい悪女ですわ。お父様をこんなに悲しませてまで、わたくしのことを守ろうとしてくださるなんて。
「あぁ、小娘。よくお聞きなさい。その男は、小娘が側室になることをわたくしに隠して、自力でなんとかしようとしていたのよ? そんなに奪われるのが嫌だったのかしら?」
そう言いながら、お母様がわたくしに微笑んで、お父様を擁護なさいます。長い間会っていなくてもわかります。お母様は、ご自身を犠牲にしてお父様の命とやりがいを守ろうとなさった。そして、わたくしが危機となったら、わたくしのために犠牲になってくださる。見た目だけでなく中身も美しいお方。お父様がおっしゃっていたのは、本当のことだったのね。
「ルネル……。ルネ……不甲斐ないお父様を許してくれ……」
お父様が情報を掴んで、全てを捨てて国外に逃げようとした時には、わたくしは国王に捉われていたのでしょう。この国王のことです。思いついたら即座に短略的に行動したのでしょう。そして、お母様がいなかったら、わたくしはきっと国王の好きにされていたのでしょう。
「さぁ、早く邪魔者を追い出してくださいまし。国王陛下」
「かわいいルネルード。そなたの言う通りにしようか」
にやにやとお母様の肩を抱き、いやらしく腰を撫で回す国王。今すぐ殺してやりたい、わたくしは生まれて初めてそんな気持ちになりました。
「いやー。貴国では、僕の婚約者とその母親を横取りしようとする国王がいるんですね」
「何者!?」
玉座の間の天井近くの窓からひょっこり顔を出した少年……あ、いつものお方ですわ!
「あなた、こんなところで何をなさっているの!? お逃げになって!」
思わず私がそう叫ぶと、天井近くからひらりと飛び降りていらっしゃいました。
「きゃあ!」
目を瞑ると、着地寸前でなぜか減速した少年は、そのまま地面に降り立ちました。
魔法……それは、帝国民だけがなぜか身につけている技術。
「そ、そなたは!?」
慌てた様子で臣下の礼をとるお父様とお母様。
立ち上がった国王陛下は、顔色を赤くしたり青くしたり忙しそうです。
「彼女は僕の婚約者のはずですが? この国の国王が誘拐して側室にしようとしたと、聞いてね……。父上に相談したら、そのような国は好きにしていいと言われたんだ」
「な!? 他国に対してそのようなこと、」
「忘れたの?」
国王陛下の言葉を遮り、そう微笑む彼の姿は、お母様のように妖艶でいらっしゃいました。
「先の戦争で、敗れたこの国は、我が国の属国扱いになっているよね?」
「え?」
わたくしが思わず首を傾げると、周囲にいた騎士たちにも動揺が走ります。お父様だけが神妙な面持ちで俯いていらっしゃり、国王は口をパクパクとうごかしていらっしゃいます。その様子から判断すると、事実なのでしょう。
「へー。属国になったことを国民に知らせてないんだ?」
「いや、これはだな、ルネが知らないだけで」
「ルネ?」
「いや、は、マルタード伯爵令嬢が、」
「では、マルタード伯爵。ルネ嬢には、しっかりとした教育を受けさせていないのかい?」
王子の問いに、満面の笑みを浮かべた国王がこくこく頷きます。わたくし、伯爵令嬢ながら、公爵令息以上の教育を受けてきたと自負しておりますが。
「……ルネには、私のできる限りの教育を施し、通っていた学院でもトップの成績を取得しております」
「ふーん」
「その、あの、違ってだな! マルタード!」
国王は、お父様に怒鳴りつけますが、お父様はもう怯えたりいたしません。
「では、宗主国皇帝代理として命じる。現国王を廃し、幽閉した上で、僕マリウス・スティムサードが今この時を持って、国王となる」
はい、書状ね、とおそらく皇帝の承認のある書状を差し出して微笑みながら、マリウス殿下……いえ、陛下はおっしゃいました。
「ということで、ルネ。君は僕の婚約者だ。君の母上も父上と共に暮らすといい」
マリウス陛下のそんな言葉に、お母様は泣き崩れ、そんなお母様をお父様が支えていらっしゃいます。
「ルネ。わたくしのかわいいルネ。ずっとあなたに会いたかったわ。ごめんなさい。弱いわたくしは、あなたとお父様を守る方法をこれ以外、思いつきませんでしたの。あなたもごめんなさい。黙って出て行ってしまって」
「いや、ルネルが僕たちを守ろうとしてくれたのは、わかっていたよ。すまない、そんな決断をして、ずっと僕らを守らせてしまって。しかも、自分を犠牲にしてルナを守ろうとさせてしまった……本来、僕が皆を守るべきだったのに」
「あなたは、国政では生き生きと活躍なさるけど、武力や隠し事では全くないじゃない。あなたたちを守ることができて、わたくしは幸せでしたわ。いえ、これからもっと幸せになりましょう」
「お母様……ずっとごめんなさい。ありがとう」
「いい子よ、ルネ」
そう言って、わたくしたちが抱き合っているのをマリウス陛下は微笑ましそうに見つめていました。
「な!? ルネルード! 儂と共にいると言ったではないか!!」
「わたくし、一言も元国王陛下をお慕いしているなんて申し上げておりませんわ」
「な!? この悪女が!」
何やら喚く元国王陛下は、兵士たちに連れ去られていきました。
「実は、事態に気づいた前王妃がわたくしに知らせてくださったの。可愛い我が子が危ない、と」
「まぁ」
そうおっしゃったお母様がウインクなさると、その妖艶さに数人の騎士が倒れられました。
「前王妃陛下とは……」
「親友よ。彼女は国政に興味があって、そのためならあの前国王に嫁ぐことも厭わない、そんな女性だったのよ」
「愛していらっしゃるのでも、権力にとらわれたのでもなく……?」
わたくしが、首を傾げると前王妃陛下が現れました。
「ほう。ルネル。戻ったか。あのエロ親父はどうなった?」
「え、お言葉遣いが、え、」
わたくしの混乱を横目に、お母様と前王妃陛下は親しげに言葉を交わされます。
「妾も、害悪しかなさぬあやつをいかに処分しようか悩んであったからちょうどよかった。では、前王妃として、ルネルの娘の教育に力を入れさせてもらおうかのぅ」
いっしっしと笑う前王妃陛下の手元に分厚い教本の幻影が見えますわ。わたくし、頑張りますわ!
「ねぇ、ルネ嬢。僕は君との会話が楽しくて、君に興味を持ったんだけど、僕との婚約は嫌じゃない?」
「わたくし、お父様とお母様のように、美しいお方が好みですの!」
そう微笑むわたくしに、マリウス陛下は笑われます。きっとわたくしの好みは正しく伝わったのでしょう。お父様とお母様のように心の美しい、マリウス陛下のようなお方が好みだと。
傾国の美女〜お母様に捨てられたわたくしは悪女です 碧桜 汐香 @aoi-oukai
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