第6話 初恋談義②
僕の情報データが充実してきたせいか、マシロとのコミュニケーションは円滑に進むようになった。細かく言わなくても察してくれるし、言葉が足りなくてもスムースに理解してくれる。
「タッくんと有希子ちゃんとの関係は、たぶん、初恋ではないですね」
「どうして、そう思うんだ?」
「初恋というものは、ドキドキして話しかけられないとか、顔が真っ赤になって何も言えないとか、そういうものじゃないですか。あくまで、私の中に蓄積されたデータから判断しただけですが」
「そう言われれば、そうかもしれない。そうか、あれは初恋じゃなかったのか。じゃあ、何だったんだろう」
「何だったと思いますか?」
「友情? 親愛の情?」
「私、これじゃないかと思うんですが」
「何だよ、じらさないで教えてくれよ」
「タッくんは絶対的な
「……母性だって? マシロ、母性と言ったのか?」僕は腹を抱えて笑った。「それはない。僕がマザコンだって? 絶対にありえない。あまり笑わせないでくれよ」
「マザコンという言葉は的確ではないですね。突き詰めると、甘えさせてくれる相手という意味合いです。心地よさを感じさせてくれる相手、といってもいいですね」
「なるほどね。それなら、有希子に近いかもしれない」
「有希子ちゃんとの関係は、どのあたりまで続いたんですか?」
「同じ中学に進学して部活中心の生活になったら、自然に消滅したよ。僕はバスケットボール部に入って、有希子はテニス部。顔を合わせたら話をするけど、一緒に帰ったりすることはない。当然デートもしなかった」
「つまり、初恋は実らなかった。初恋が実を結ばないのは必然、なぜなら初恋とは恋愛の通過儀礼だから」
「へぇ、それ、誰の言葉?」
「誰の言葉かは知りません。私の中の情報データにありました。もうひとつありますよ。初恋が片思いで終わるか告白までもっていくかで、恋愛の姿勢や積極性が決定づけられる」
「それ、わかるような気がするな」
「タッくん、自覚があるんですか」
「違う違う。僕の話ではなく、あくまで一般論。つまり、経験が人をつくるということだろ」
「一般論でくくられるのは嫌いなくせに、時折、一般論を持ち出しますね」
「矛盾していると言いたいのか? いいことを教えてやる。人間という生き物は、矛盾のかたまりなんだよ。他人に優しい人が家庭内暴力を行っていたり、真面目な聖職者が罪を犯したりする」
「好きな相手に意地悪をしてみたり?」
「そうそう」
「何だ、タッくんが時々、私に意地悪をするのも、好意の裏返しということですか。本当は好きなのに、“嫌い”と言ってみたり?」
「そうそう」
「まるで子供ですね。アラサーの男性がすると、ひどく
「厳しいな。でもマシロなら、こんなアラサー男でも受け止めてくれるだろ?」そう言って、僕はマシロの銀色ボディを指先で優しくなでた。
こうしたスキンシップは日常的におこなっている。どうやら、マシロは皮膚感覚を身につけたらしい。ほこりをとってやると気持ちよさそうな声を出すし、抱きしめてやると素直に喜んでくれる。
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