ある神父の秘密

「神父様、こんにちは」


「お出かけですか神父様。お気をつけて」


「わーい、神父さまだー」


 いつものように街の人たちと笑顔で挨拶を交わします。もう日も暮れかけて人気が無くなったのを見計らうと、私はすっと細い裏道に身体を滑り込ませます。目的の場所まであと少し、この時間が一番緊張しますね。


 しっかりとした作りの扉の横に立つ男が私を視認すると、何も言わずにその扉を開けてくれました。私はちゃんと周りに誰もいないことを確認してから中に入ります。


「いらっしゃいませー。1名様ご来店でーす」


 私はいつものように奥の個室に案内されました。革張りのソファーに腰を下ろすと若い娘たちが私の両脇に座ってくれます。そう、ここは『きゃばくら』なる異世界人が広めた新様式の大人の社交場です。


「神父ちゃんだー! また来てくれたのね。嬉しい!」


「お酒はいつものでいいわよね。私たちもいただきまーす」


 天国というのはきっとこの場所のことを言うのでしょう。楽しいひと時を過ごし、いつも通りしっかり延長料金を支払ってお店を出ました。


 夜になったお陰で人の姿もあまりありません。本当はもっと楽しんでいたいのですが、私にも仕事がありますので長くもいられません。


 遠くに私の教会の明かりがついているのが見えます。


「また、こんな時間に……」


 街唯一の小さな教会で、基本私しかいません。入り口の鍵は掛けていて、仕事が入ると明かりがつくように魔道具が設置されているのです。


 鍵を開けて教会に入り、私は真っ直ぐ礼拝堂の隣にある死体安置室に向かいます。


 そこにはずらっと二十個の棺が並べてあります。そのうちの四つが薄ら光を帯びていますね。その棺をひとつひとつ開けていくと、棺に転送されてきた冒険者さんたちが目を覚ましていきます。


「おお、死んでしまうとはなさけない!」


 誰に教えられたか覚えていませんが、こう言うと異世界人さんは喜ぶので、常にそうしています。


「糞っ! あと少しだったのによー」


「レベルが足りなかったのよ。しばらくダンジョンに篭りましょ!」


「賛成であるな。だが、考えなしに突っ込んでいくとは少しは頭を使うことだな」


「なんだと! リーダーに文句があるってのか?」


「はいはい、続きは酒場でしましょ。神父様が困ってるじゃないの」


 そうです。エルフの弓職さん、よく分かっていらっしゃる。胸は控えめですが、私はそれくらいが好きです。全裸で復活した冒険者パーティの面々に同時に転送されてきた防具や武器など荷物一式を渡していきます。彼らは慣れた感じで着替えてくれるので手間が掛からず助かります。あの神官職の女の子は将来に期待といったところでしょうかね。ああ、もちろん男の裸には興味はありません。


「げっ、苦労して手に入れたレアアイテムが消えてるし。所持金も半分減ってる」


「何今更いってるんですか? いつもの仕様じゃないですか。お布施を払って直ぐに行きますよ」


「はいはい。分かりましたよー」


 彼らはひとり金貨一枚ずつ私に渡すとそのまま出て行きました。


 『仕様』というのは何でしょうね。異世界の方たちの使う言葉の意味が分からない事が多いです。私は見えない所に隠して置いたアイテム類とお金を確認します。たしかにこの剣は高く売れそうですね。お金もしっかり稼いでいらっしゃる。これで私の『きゃばくら』通いも安泰ですね。


 そもそも普通、教会で死んだ人間が転送されて生き返ることなんてあるはずがないですよね。私は数年前から、お城で召喚されるようになった勇者たちの存在に目をつけていました。


「何故か異世界からいらっしゃる方たちは、高度な知識をお持ちなのに頭の中がお花畑なんですよね」


 ある異世界人さんが、教会で復活できないのかと怒鳴り込んできたのが、この復活商売を思いつくきっかけでした。こんなこと教会本部に知れたら異端審問官が来てしまいます。私、あの人たち苦手なんですよね。ですから一部の異世界人さんたちを対象にした『会員制びじねす』にしています。この言葉も異世界人さんに教えていただきました。


 そもそも私は神父のフリをしているだけですし。教会の無免許営業ってやっぱり叱られちゃうんでしょうか? まあ、そもそも、こんな私の行いを咎めない女神様という方にも責任があると思うんですよ。もちろんお会いしたことなんてないですけど。


 居るんでしょうか女神様。聖水もこの教会にあったレシピ通りに唱えたら、唯の井戸水が高品質のものができました。自分で試したからよく分かりますよ、あれはヤバい代物です。信仰心とかいらないようですから、そろそろ人でも雇って『びじねす』を拡大しましょうかね。ああ、夢が広がります。


 夢? 


 私は礼拝堂に設置されている女神様の像の前に立つ。いつも彼女に語りかけても何も返ってこないので、久しぶりではありますが……。


「女神様、こんな私でもこの世界で夢を見ても良いのでしょうか? ちなみに私、悪魔ですけど……」


 私には、女神像が苦笑いしたように見えました。


「何だいらっしゃるんじゃないですか……。これは私とあなただけの秘密ですからね」


 隣の部屋が強い光を放つのが見えました。


 どなたか戻られたようです。


 さあ、『きゃばくら』のためにもうひと頑張りしましょうか。

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