2-5-4

 真尋を包んでいた緋色の光が、突如、消えた。

 縁斗は眉根を寄せ、目をしばたたく。

「……術が終わったのか……?」

 いや、そうは思えない。

「……中断された……?」

 無事なのだろうか。

 真尋は。

 朔弥は。

「っ、真尋……?」

 真尋を見つめる縁斗の瞳が、大きく見開かれる。

 固く閉ざされていた真尋のまぶたが、微かに動いた。

 長いまつげとばりが上がり、朔弥によく似た面差しの瞳が――光が、ひらく。

「真尋……!」

 縁斗の声に、真尋は小さく瞬きをして、縁斗を見た。

 視線が、合った――次の瞬間、

「えっ……おい!」

 真尋は布団を退け、外へ飛び出していこうとする。

 とっさに後ろから真尋を抱え、縁斗は真尋を留めた。

 縁斗の腕の中で、真尋は、なおも外へ出ようともがく。

「落ち着け! どうした? いったい、なにを――」

 なだめながら、真尋を抱える腕に力を込めると、真尋は暴れるのをやめた。

 息をついて、ゆっくりと腕を解き、縁斗は真尋と向かい合う。

 真尋は言葉を発さない。しかし、これまで一度も合うことのなかった視線が、今、確かに縁斗をとらえている。

 完全ではなくても、僅かに魂が戻っているのだ。

 真尋を見つめ、縁斗は、ぐっと両手を握りこむ。

「……あいつを、助けに行こうとしたのか」

 真尋は、じっと縁斗を見つめる。

「あいつが、危ないんだな」

 真尋は答えない。答えられない。縁斗の言葉が届いているかも分からない。それでも、縁斗を見つめる、澄んだ黒い瞳は、どんな言葉よりも雄弁に、縁斗に訴えかけていた。

「……分かった」

 真尋の手を取り、縁斗は立ち上がる。

 部屋を出て、廊下を進み、ある一室の前で、足を止める。

「すまない、急ぎ、頼みがある」

 部屋の向こうに、呼びかけた。

 すぐに足音が近づき、引き戸が開く。

 縁斗が手当てをほどこした、身なりの良い男の、従者だった。

「薬師の旦那、いかがされた?」

 従者が目を丸くする。後ろで衣擦きぬずれの音がして、あるじの男も顔をのぞかせる。

「頼みがあると、聞こえたが……」

 主の男が問いかける。縁斗は背筋を伸ばし、顔を上げ、ぐっとこぶしを握りこんだ。

「馬を一頭、貸してほしい」

 深く頭を下げて、縁斗は言った。

 主の男は、しばし驚きと途惑とまどいに目をしばたたいたが、すぐに平静を取り戻し、従者の前に出る。

「なにか急ぎの大事があるのだな」

「あぁ……親友を、今すぐ助けに行きたいんだ」

「ほう……」

 縁斗の必死の声音に、主の男が、笑みの形に目を細める。

「ならば、安い御用だ。乗っていくと良い」

主様あるじさま……⁉」

 従者が慌てて、主を見上げる。

「よろしいのですか? 馬を貸すなど……」

「構わぬ。どのみち私は、ここで数日、療養の身だ。この者には恩もある」

 それに……と、主は鷹揚に笑った。

「人を助けるのを、阻む道理はない。世話になった者の親友ならば、なおさらだ」

 縁斗を信じ、助けとなることを望んでくれた。

 改めて深く頭を下げ、感謝を伝えると、縁斗は真尋の手を引き、宿の階段を駆け下りた。

「真尋、あいつの居場所が分かるのか」

 宵闇のせまる中。繋がれていた馬の手綱を取りながら、縁斗が真尋に言う。

 真尋は、じっと南の空を見上げていた。

 その視線を辿たどった縁斗が、息を呑む。

「っ、何だ……あれ……」

 星の灯り始めた南の空の一角が、そこだけ墨に塗り潰されたように、光を欠いていた。

 道行く人々も気づいて足を止め、おびえた声でささやき合っている。たたりだ、わざわいだ、と。

「……あそこか」

 真尋を馬に乗せ、縁斗もまたがる。

 馬に乗るのは久し振りだったが、体が覚えていた。最後に馬に乗ったのは、南の国府にいた頃。故郷の村を救うため、必死に馬を走らせたのを、思い出す。そして今、縁斗は親友のために、再び馬を駆ろうとしている。

「行こう」

 唇を引き結び、縁斗は強く手綱を握った。

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