2-4-2
辻を曲がると、先程までの大路より少し狭い通りに入った。呉服屋が多く並んでいる。仕立ての済んだ衣を扱う店があると良いが……と、朔弥が歩みを向けたとき、喧騒に混じって、男の言い争う声が、後ろから聞こえた。振り向くと、辻の手前に、人だかりができている。
人垣の中心にいたのは、身なりの良い若者と、町人らしき老女、そして、老女の身内だろう若者だった。
老女は足を痛めているのか、立ち上がれない様子だった。
「なにがそんなに偉いんだよ。怪我をさせたなら
身なりの良い若者を、町人らしき若者が睨みつける。
「格上の人間が、格下の人間に詫びるだと? 私の家は、
身なりの良い若者――乾家の者が言い返す。隣に従者らしい初老の男がいたが、
「そもそも、高貴な人間が歩いてきたら、下々の者は
「えぇ……さようでございます。後ろから来られたもので……あたしが気づかず、申し訳ないことでありました……」
「なんで婆ちゃんが謝るんだよ。悪いのは、ぶつかってきたこいつだろうが」
町人らしき若者が、腹立たしげに
「名家とやらが聞いて
「っ、なんだと⁉」
乾の顔色が変わる。朱の差した頬を強張らせ、眉を吊り上げると、相手の胸倉を
「聞き捨てならんな。……知っているか? 都には、不敬罪ってものがあるんだ。高貴な者に楯突いて、投獄された者が何人もいるんだぞ? ならば私も、この場で下賤の者ひとり斬り捨てたところで、
そう言い放ち、乾は相手を突き飛ばすと、腰の
しかし、その剣が、
驚愕と
「……な、なんだ、おまえは……」
乾の声が、
「そなたは、教わらなかったのか」
乾の手を抑えたまま、朔弥が静かに口を開く。
「
淡々と、問いかけるように、朔弥は言った。
乾の顔が、先程とは別の色味の赤に染まる。
「う、うるさい……っ!」
身を
だが――
乾の動きが、ぴたりと止まった。
真尋だった。
乾が
「……な……っ」
乾が、悲鳴になりきれない
真尋の剣は、ぴたりと狙いを定めたまま動かない。
一歩、二歩、乾が
やがて、
「今日のところは勘弁してやる!」
捨て台詞とともに身を
「勘弁してやるのは、こっちだっての」
相手方の若者が、
「真尋」
朔弥が
遠巻きに見守っていた人々が、一気に安堵の息をつく。ほどけていく人垣。朔弥と真尋、そして若者と老女に、
「ありがとな。助かったよ。……あんたの言葉も、その子の行動も、清々しかった」
老女を背負い、若者が朔弥に微笑みかける。
「あたしは縮みかけた寿命が延びたよ……あんたたちが間に入ってくれなかったら、どうなっていたか……」
若者の背中で、老女も眉尻を下げる。
「礼をさせてくれ。おれの家は、この先の呉服屋だ。仕立て済みの衣もあるから、贈らせてくれ」
若者に案内された呉服屋は、
「まったく、この子は……曲がったことが大嫌いなところは父親譲りで……一本気なのは良いけれども、危なっかしくて仕方がなくて……」
苦笑しながら、店主は店の奥から、綺麗に畳んだ衣を運んでくる。
丁寧に仕立てられた、浅緋の衣だった。
懐かしむように目を細め、店主は、そっと衣を広げる。
「元々は、赤の衣も反物も、たくさん置いていたのだけれど……最初に誰が言い出したのか、赤は縁起が悪いって、あまり売れなくなってしまってね……聞いた話、都で何か良くないことが起きたのが
店主は慈しむように微笑んだ。朔弥と真尋に向けたまなざしには、同じ子をもつ親としての、温かな親しみの色もあった。
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