2-2-2

 牛車が速度を落とし、満雅は、回想から意識を引き戻した。外の景色を見ると、間もなく満雅のやしきに到着するようだ。

 深く息を吐いて座り直し、満雅は、胸もとから、そっと勾玉を取り出す。

 御統みすまるの玉は、一つでも絶大な力をもっていた。満雅は、勾玉の力を使い、すめらぎに取りいた上皇の怨霊を、たった一人で清めてみせた。そこから先は、成功に次ぐ成功。称賛に彩られた道を、満雅は瞬く間に駆け上がっていった。

 南條朔弥を失い空席となった地位の全てを、満雅は押さえていった。

 満雅の筋書きを――南條家の当主がすめらぎの呪殺をくわだて、北條家が阻止したという報告を――いぶかる者も、当然、存在した。しかし、真相をあばける者は、誰もいなかった。南條朔弥の死体が見つからないという疑念も、呪い手の身は滅ぶという理由を立てれば、それ以上の追及をまぬがれた。

 南條家の滅亡、そして、南條家との戦いで北條家も家臣の多くを失い、数を減らした巫師は、ますます貴重な存在となった。その巫師たちを、満雅は今、圧倒的な力で束ねている。満雅に表立って刃向かえる者は、今や誰ひとりいなかった。

 牛車が止まる。満雅は勾玉を、ふところに収めた。

 従者がうやうやしくすだれを上げ、満雅は牛車を降りた。

 やしきの門前には、使用人が両側一列に並び、一斉に深く礼をする。

「おかえりなさいませ、父上」

 最前列にいた青年が、精悍せいかんな顔をほころばせ、満雅を見上げる。北條満征みちゆき――今年で十七になる、満雅の嫡男だ。

「神祇官長の、引き続いての御拝命、まことに大慶に存じます」

 拝命の知らせは、既に邸へ伝わっていたらしい。家の者たちは、早くもうたげの準備に取りかかっているようだった。

「父上の他に、神祇官長の御役目を全うできる巫師は、おりますまい」

 満征が、心からの尊敬のまなざしで、満雅を振り仰ぐ。

 家の者たちを見渡して、薄く笑みを置き、満雅が、門をくぐろうとしたとき、

「北條満雅……っ!」

 背後が、にわかに騒がしくなった。

 眉をひそめ、満雅は振り向く。

 一人の年若い青年が、衛士に取り押さえられていた。色褪いろあせ、ぼろぼろになったあかね単衣ひとえ――南條家の家臣だった者だ。

「朔弥様は無実だ……! 全部、あんたのでっち上げた嘘だ! 濡れぎぬだ……っ! よくも朔弥様に汚名を着せたな……! 俺はだまされない! ゆるさないぞ! 朔弥様を返せ……っ!」

 拘束されながらも、青年は、鋭い眼光で、満雅をにらみつけている。

「……父上に対する不敬罪で、投獄されていた者です。刑期を終えて、釈放されたものかと……」

 満征が満雅に耳打ちする。満雅は嘆息した。三年が経った今でも、南條家の家臣だった者たちは、朔弥を信じて疑わず、満雅を深く怨んでいる。やむなく北條家に下った者もいる一方、どれだけ力で押さえつけてもなお抗う者も多かった。

「いかがなさいますか、父上。再び不敬罪で罰しますか? それとも、今この場で黙らせますか?」

 青年を冷徹に見据え、満征が腰のつるぎに手をかけながら尋ねる。

 満雅は、軽く手で満征を制し、青年を見下ろした。

「証拠はあるのか?」

 冷ややかに、言葉を落とす。

「証拠もなしに、人は人の罪を信じはしない。私は、南條朔弥が罪人であるという状況証拠をもって、その罪を世に知らしめた。すめらぎが呪殺の危機に瀕したことも、そののろいを私が清めたことも、まぎれもない事実。それを嘘だというのなら、くつがえせるだけの証拠を用意し、世に訴えかけることだな。……今更それが叶うならの話だが」

 それだけ言い捨てて、満雅はきびすを返す。青年は、なおも何事かを叫んだが、満雅の歩調は変わらなかった。

「……良いのですか? あの者の処罰は……」

 満征が、眉根を寄せる。

「構わぬ。……捨て置け」

 満雅は、静かに言った。

 北條家が南條家のやしきに攻め入った夜、当時まだ十四だった満征は、南條家を討ち滅ぼす計画に参加しておらず、事の真相も伝えていない。生き残った家臣たちには箝口令を敷いたが、満雅が命じずとも皆、真実が明るみに出ることを恐れ、ほころびとなる者は現れていない。そのため満征は、北條家の中にいながら何も知らずに満雅の筋書きを信じ、満雅に尊敬のまなざしを向けている。

「……眩しいものだな」

 やしきの門をくぐりながら、満雅は、傍を歩く満征に向けるでもなく呟く。その瞳は、降り注ぐ光も、広がる青天も、映してはいなかった。自嘲めいた薄い笑みとともに伏せた満雅の双眸は、足もとに落ちる黒い影を見つめていた。

 三年が経った今もなお、北條の臣に下らず、南條朔弥を信じ、忠誠を誓い続ける者が少なからずいるのだ。

「今や北條は、あまねくべる晴天の青。南條は、あとは没するのみの斜陽の赤にございます。南條にくみする者など、ことごとく地の底に追いやってしまいましょう。世の光は、我々、北條にあるのですから」

 満征が語気を強めて言う。

「……我々は、常に、照らされる側だ」

 満雅は薄い笑みを引く。

「ええ、まさに」

 満雅の言葉の裏に、満征が気づくことはなかった。

 北條は、光を浴びることこそあれ、光そのものになることはないのだ。

 胸の奥が、鈍く痛む。

 衣の下に隠した御統みすまるの玉を、満雅は布越しに、静かに撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る