2-1-7

 宵闇が、滅んだ村に満ち、その静寂を際立たせていく。

 村の片隅、屋根の傾いた小さな家。囲炉裏いろりを挟んで、彼らと向かい合って座る。

 縁斗にうながされ、青年は静かに口を開いた。

「……三年前、私は、対立する氏族の手にかかり、命を落とした……死者となった私を、息子は巫術で蘇らせようとしたが……術は未完成で、息子は代償に魂を失い、私の体は命を失ったまま、魂だけを宿している」

「死者を蘇らせる……? そんなことが……」

「禁術だ。……特別な神具を用いなければ、使えない」

「神具って……」

「……この、御統みすまるだ」

 青年は衣の下に収めていた首飾りのようなものを、そっと取り出す。

 みどりと紫、二色の勾玉が、光を灯して連なっている。青年は、そこに、先ほど手にした黄の勾玉を加えた。

「御統の玉は、元は五つ。……蘇りの術を発動させたことで封印が解け、子どもの巫力では制御できず、御統ははじけ、国中に散ってしまった。……御統の玉は、上代に大天災をもたらした五大神の依代よりしろ……落ちた先の土地の神を、荒魂あらみたまに変えてしまう。私たちは、御統を再び封印するため、勾玉を探す旅をしている」

 ぱちぱちと燃える囲炉裏の炎が、目を伏せた青年の顔に、濃い影を描いていく。

 唇を引き結び、じっと聞きながら、縁斗は青年と少年を、改めて交互に見た。

 命をもたない父と、魂をもたない子。

「……その、御統みすまるとかいう神具を封印したら、あんたは、どうするんだ?」

「あるべき死を取り戻す。魂を黄泉よみへと送り、この身を正しく死者に還す」

「っ、なんで……」

「もとより三年前にほろびた身だ。本来、私は、とうに死んでいる。存在してはならないしかばねだ」

「息子は、どうするんだよ」

「……あるべき生を、取り戻したいと、思っている。その身に失われた魂を注ぎ、私の亡きあとも、生きてほしいと……」

 青年は、そこで静かに言葉を切った。囲炉裏の炎に落としていた瞳を上げ、縁斗を見つめる。

「蘇りの術は、死者が術者の呼び声に応えなければ発動しない。全ての罪は、私にある」

 板張りの床に、青年は両手をついた。

「そなたには、本当に――」

びなんていらない」

 青年の言葉を、縁斗は遮った。勢いをつけて立ち上がり、青年を見下ろす。

「どれだけ詫びられても、喪った人は還らない。滅びた故郷が元に戻ることもない」

 ぐっとこぶしを握り、眉根を寄せ、青年を睨みつける。

 胸の拍動が、頭の内側に響くほど、大きく打ち鳴らされていた。体が芯から熱く、今にも焼け焦げていきそうな心地がした。沸き立つ激しい怒りと悲しみと、怨み。しかし、それだけではない、別の感情が、縁斗の胸に広がり、張り詰めた苦しさを緩めていく。

「だから……見届けさせてもらう」

 詰めていた息を吐くように、縁斗は言った。

 縁斗の言葉に、青年は瞠目して、縁斗を見上げる。

 真直ぐに注がれる青年の瞳を、らさず見つめ返して、縁斗は続けた。

「あんたのつぐないを、最後まで見届ける。俺には、その権利があるはずだ」

 握りこんだ拳に、一度、強く力を込め、縁斗は、ふっと手を開いた。

 大股で囲炉裏の脇に移り、座り直すと、縁斗は右手を、てのひらを上にして、青年に差し出した。

「縁斗だ」

 青年に向かって、自身の名を、告げる。

「あんたが滅ぼした村の一員として、俺の名を憶えてくれ」

 彼の罪のあかしとして、そして、縁斗自身のいましめのために。

「そして、あんたの名を教えろ。故郷を滅ぼした人間として、あんたの名を憶えてやる」

 彼の償いのしるしとして、そして、縁斗自身のゆるしのために。

「……朔弥」

 青年の瞳が、湖水の水面みなもに雫の落ちるように、揺れる。

「南條朔弥だ」

 縁斗の手に、彼――朔弥は、自分のそれを、静かに重ねた。ひんやりと冷たい、命をもたない掌だった。

 重ねられた朔弥の手を、縁斗は握った。朔弥も、確かに、それに応えた。

 縁斗を映す、透き通った黒の双眸は、縁斗の心の奥底を、そのもろさを、弱さを、見通すようで、そのうえで、受け容れ、ゆるすかのように、深い色をしていた。

 故郷を失った悲しみ、理不尽にたたりもたらした神への怨み、無力だった己に対する怒りと、ぬぐえない自責……行き場のない感情に、潰れ、崩れそうな脆い心を支えるために、彼を理由にする自分は――彼の罪と償いをよすがにする自分は、なんて、弱く、狡いのだろう。

 彼の旅は、贖罪だ。

 その旅路を見届けたなら、縁斗も己の心の苦しさを、解き放つことができる気がした。

 彼を赦すことで、己自身を赦すことが、できる気がした。

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