はなさないで

長万部 三郎太

Did you like it?

「日曜がこんなに退屈に感じるなんて……。

 早く明日にならないかなぁ~」


都内の私立女子高校に通う葉奈は、週明けに迫った修学旅行のことで頭がいっぱいであった。


初めての海外旅行。

念には念を入れた前準備に加えて、現地のニュースや天気予報もチェック。観光に役立つ簡単な英会話も手帳に書き写し、脳内リハーサルを何度もやった。


とはいえ、心配なのは食事やお土産の購入のときの支払いだ。

心配する両親はしきりに「トラベラーズチェック」を薦めてくるものの、残念ながら日本では10年も前に取扱いは終了している。


母が急きょ用意した学生用のナンバーレス・クレジットカードは、葉奈にとって特別なキャッシュレス手段となった。高校に上がった際のお祝いとして、初めて自分用のスマホを持てたときに似た高揚感。


「カード払いって憧れ。結局、貯めたお年玉から引き落とされるけど」

葉奈は財布からカードを何度も取り出しては眺め、妄想にふけっていた。



そして待ちに待った月曜朝。

羽田空港発、ホノルル行きは7時間ほどのフライトであったが、前日熟睡できなかった葉奈にとってはちょうどいい睡眠時間となった。



「佐内……、おい佐内! 着いたぞ、起きろ」


引率の先生から小突かれて起こされた葉奈は、窓から差し込む陽射しに目を奪われた。赤道により近いホノルルでは、日本とは比べ物にならないほどに陽が強いのだ。


まだ道路からの照り返しも強い午後3時。

葉奈は自由時間を満喫すべく、友人を誘い早速買い物へと出かけた。


「三泊四日だからスーツケースに余裕はあるし、お土産たくさん買えるね!」

「せっかくだし、ブランドショップとかも……行ってみない? 見るだけ、ね?」


友達の勧誘に負けた葉奈は、財布を握りしめて未体験の領域へと足を踏み出したが、タイミング悪く店の前で他のクラスメイトと遭遇してしまう。


「よう、佐内。お前らこの店に入るの? やっぱ女は金持ってんなぁ~」

「これだから男子は……。せっかくの海外よ? ちょっとくらいいいじゃない」


冷やかし半分で入ったお店は予想以上の興奮をもたらした。しかし同時に、商品に付けられた値札は乙女らの浮かれた気分を落とすのに充分すぎた。


「葉奈、もう出よっか。店員さんもなんか半笑いだし……」


ここから逃げ出そう、そう思った時であった。棚に飾られた小さなペンダントに目を奪われた葉奈は、友人の手を振りほどき商品に近寄った。


「これ、かわいい……!」

「Did you like it?」


流石観光地だ。店員は冷やかし半分の学生客に対しても丁寧な対応をする。


「セール品で$79ってことは、えっと……」

「待って」


素早くスマホを取り出し、レートに換算する友人。


「だいたい11500円……。葉奈、それ買うの?」


これを逃すと二度と会えない。

そんな衝動に駆られた葉奈は、財布からカードを出してこう言った。


「I'll take this!!!」


暗記した買い物英会話を思い出し、ダメ押しとばかりにカードを店員に押し付ける。店員は慣れた手つきで端末に入力し、小さなペンを葉奈に渡すのだった。


『そうだ、サインか』

そう思ったとき、さり気なく友人のフォローが入る。


「英語圏だから、名前が先で苗字は後よ」

「分かってるって!!」


葉奈は使い慣れない電子パッドにアルファベット表記でサインを書いた。



「えっと……。Hana Sanai で」





(勢いで書いたシリーズ『はなさないで』 おわり)

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はなさないで 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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