江戸あやかし始末屋
如月いさみ
第1話 夜鷹の川
綺麗な女だった。
面白で髪は長く、座するとその黒髪が床の上に流れるように広がって闇の河を描いた。
そこにほっそりとした白い肢体が見え隠れして髪が絡みつくその様は見るだけでゾワッと何かが心を震わせるそんな妖艶な女だった。
一切り数両の吉原にいてもおかしくない女だった。
半井半兵衛は脇差を置いて羽織っていた着物を脱ぎ捨てると床に座り濡れるような漆黒の目で見ている女に手を伸ばした。
「お前が……そうか、噂のあやかしか」
ここ数カ月の間に徒士や下級武士がこの周辺の川で浮かんでいるのが見つかった。
斬られた痕はなく黒髪が身体に絡みついていたので江戸の町では妖の仕業だという噂を呼んだ。
女は口角をあげて紅で弧を描いた。
肯定の意だ。
半井半兵衛は女を夜具の上に押し倒し熱を籠った目で見降ろした。
「何故、あやかしに憑りつかれた?」
女は彼の身体を絡めるように黒髪を巻きつけた。
「はなさんとって……」
半井半兵衛は口元を歪め
「そうか、あやかしに覚えさせた言葉がそれか」
と言うと女の露になっている白い双丘の真ん中に指をあてて六芒星を描くと
「安心しろ、もう寂しくなくなる」
と綺麗に微笑みかけて己の手の平をそこへ当てた。
女はその六芒星からボロボロと崩れていく身体に驚きながら彼を見た。
「はなさんとって……はなさ……」
全てが崩れた後に残った白い小さなモノに半井半兵衛は目を向けると、そっと懐紙で包み
「貴女は苦界でも生きていたかったんだな」
と呟いて脱いだ着物を纏い、帯刀すると立ち上がり周囲を見回した。
閨は消え去り足元は川の水で濡れ、見上げると石積みの川堀で風に揺れる柳が目に入った。
そこに屈み覗き込む陰陽師の姿があった。
「綺麗な女だったようだが抱いた後に処理をしても良かったんだぞ?」
半井半兵衛は肩を竦めると
「徒士に斬られた悲しい夜鷹を抱くなんてできるかよ」
と答え、懐紙を渡した。
「せめて、もう寂しくないように……彼女を眠らせてやってくれ」
江戸あやかし始末屋 如月いさみ @k_isami
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