幽霊はストリーマーに恋をする

雪村灯里

Opening 潜入 

 不快な暑さが纏わりつく夜、俺は幽霊屋敷と対峙する。


 スマホをセットしたジンバルを握り締め、RECボタンを押した。最初が肝心だ、初潜入は一回しか撮れない。自分にカメラを向けオープニングの撮影を始めた。


「始めまして『騒霊キネマ』のソウです。僕は知人から幽霊が出ると言う一軒家を借りました。この家に幽霊が出るのか実際に住んで検証したいと思います」


 暗闇と静寂に支配されているこの家は、駅から10分ほど離れた閑静かんせいな住宅街の一角に忘れられたように存在している。昭和レトロな和風住宅で、田舎いなかのばあちゃん家を思い起こす。


 ポケットから家主より渡された鍵を取り出す。外観を映さないなどの条件付で撮影許可を貰い、かつ月3万円の賃貸契約を結んだ。


 俺は月島颯太つきしまそうた、27歳。仕事に慣れ精神的にも金銭的にも余裕が出てきた俺は、副業として憧れていた心霊系の配信業を始める事にした。配信のスタイルは動画投稿がメイン。その初撮影が今日だ。


 仕事帰りに、この2日間寝泊まりしていた漫画喫茶でシャワーを浴び、ジーンズと黒いTシャツに着替え撮影に挑んでいる。シャワーを浴びてスッキリしたはずなのに暑さと緊張で額にじわりと汗が滲む。


 手汗で鍵が滑り落ちそうになるが……グッと力をめ、意を決して鍵を開けるとガラスがはまった引き戸がガラガラと低い音を立てて動いた。中に入り、戸を閉めリュックからライトを取り出しスイッチを入れると、心許こころもとない光が数メートル先を小さく丸く照らす。


 二週間前まで家主である先輩夫婦が住んでいたので、室内はカビ臭さも無くとても綺麗だった。靴を脱ぎ、置かれていたスリッパを借りて一歩一歩進んでいくと、板張りの廊下が『ぎしり』と音を立てる。


 ひと通り巡ってから定点カメラを置いて検証する部屋を決めよう。


 廊下の左側にふすまが有ったので開けてみた。畳と線香の香りがフワッと漂い、壁には遺影が飾ってある。更にその奥にも襖が有るが……閉っている為、何が有るか確認できない。仏間が有るのかな? 確認しようとスリッパを脱いで和室に入ろうとしたら……


 ―――ゴトン 


 二階から物音がした……冷や汗が流れ落ち、脈が速くなる。

 ただの肝試しならここで叫んで逃げるが、これは人様に見せる動画だ。騒いで見づらい動画は作りたくない。ぐっとこらえ、息を整える。


 ―――そうだ、これはいい取れ高に成る。


 そう思い、俺は音がした二階へと向かうため階段を上るが、ミシッミシッと気味悪く階段が鳴く。

 上るにつれてひんやりとした空気を感じた。霊が居ると気温が下がると聞いたことが有る。この家は本物かもしれない。



「……うぅ」



 階段を上りきると同時にかすかに声が聞こえてきた。女のうめくような声だ。

 緊張で鼓動が早くなる。落ち着け! パニックになるな!!大丈夫、ハクビシンみたいな動物かもしれない。そうやって 自分を鼓舞しながら、辺りの様子を伺う。


 声は正面のガラス戸の部屋から聞こえた。先輩方が使っていなかった部屋なのだろうか、擦りガラスの向こうには荷物が乱雑に置かれている。

 夏なのに不気味な寒さを覚えた。すると再びミシッと部屋の中から音が聞こえる。このガラス戸の向こうに何か居る。


 俺は意を決し、ゆっくりとガラス戸を開けた。


 部屋の中は涼しく廊下とは別世界だ。そのギャップに思わず鳥肌が立つ。ライトで部屋をぐるりと照らすと、月明かりがカーテンから漏れる窓際に、ベッドが置いてある。ベッドの上を照らして俺は息を呑む。


 人のようなモノが寝転がっている。


 驚き過ぎて声が出ない……心拍数が上がり息が荒くなる。


目を凝らしてよく見ると、長い黒髪に紫色の着物を着た女がそこに寝そべっていたのだ。乱れた黒髪がとあるホラー映画を思い起こす。


(幽霊ってこんなにはっきり見えるのか? それとも人形? マネキンか??)


 急に襲われたらどうしようという不安にさいなまれながらも、俺は詳細を確認しようと更に近づく。横たわるそれにライトを当てて観察するがピクリとも動かない。旅館でよく見る浴衣を着ている。着崩れた着物から白い足がすらっと伸びる。膝関節に切れ目が無いのでマネキンでは無いようだ。


 ライトを足から顔に向けてゆっくりと移動する。


 着崩れている為、肌色面積が多く映る。

 ……動画的に大丈夫だろうか? ライブ配信ならBANされてたかも。


 顔にライトを当てると……それはとても綺麗な幽霊だった。


 凛としたその美しさに息を呑む。長い睫毛と通った鼻筋、そして形の良い柔らかそうな唇。20代半ばだろうか……俺より若い。怖さよりも幽霊への興味で脈が跳ねる。


 ―――こんな綺麗な幽霊になら、憑りつかれてもいいな。


 そんな事を思ったのも束の間、幽霊が眩しそうに顔を歪めまぶたを開けた。


 動いた!? 俺は驚き一歩後ろに下がる。それと同時に……

 見開いた目が俺の姿を捉え、小さく開いた口からヒュっと息を吸い込む音が聞こえた。




「キャァァァァァァァァァァァ!!!」



 耳をつんざくような、事件性を感じる悲鳴が部屋の中に響き渡る。そして物が飛んできた。騒霊現象ポルターガイスト!? いや! 人だ! 彼女が投げたんだろう。不法侵入者だ!!

 この家は先輩の持家で先輩夫妻以外は誰も住んでいないと聞いている。俺はその女に向かって必死に話しかけた。


「誰ですか? ここは佐倉さんの家です! 不法侵入ですよ?」


「「警察に通報しますよ!!」」



 え?



  最後のセリフが彼女と被った。



 すると『ピッ』と電子音が聞こえて世界が明転する。

 枕を抱えベッドにぺたんと座り込んだ彼女が、天井に向けて何か構えていた。シーリング照明のリモコンだ。


 彼女も俺が同じセリフを言った事に困惑を隠せない様子だ。リモコンを俺に向けてビシッと構え、怯えながら抗議する。


「なんで……あなたが通報するのよ……ここは私の家よ」


 幽霊屋敷で変な女と出会ってしまった。

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