三連単 九百八十円

理猿

三連単 九百八十円

「おい! 三番や! 三番のほうが先にゴールしたやろ!」

「なに言うとるんや! 七番のほうが先にゴールしたわ!」

「あ? どこ見とんねん!」

 中年の男が二人、すぐ後ろで言い争いをしている。

 だいぶ深酒しているのか、ここまでアルコールの匂いが漂っていた。

 正面に据えられた電光掲示板には一から五番まで着順が表示されるのだが、いまだに三着と四着のところには馬名が表示されていなかった。

「だいたいなんやねんその買い方は! しょっぼい馬券やなあ」

「そんな馬鹿みたいな大穴狙ってる阿呆に言われたないねん! そんな買い方していままでいくら負けとるんや! 言うてみい!」

 手元の馬券に目を落とす。

 相変わらずの相馬眼と冴え渡らない勘で、はじめて買った手元の三連単は全くかすりもしていない。十八頭が出場したこのレースで上位の三頭を順番通りに当てるだけなのだがこれがなかなか難しいものだ。

 後ろの男たちはますますヒートアップする。流石に耳障りになってきた。二人を避けるようにして空間ができる。

 意を決して振り向いた。

「あのー……」

「なんや!」

 二人の声が重なる。

「そんなのに争わなくても、同着でいいじゃないですか。

 話を聞いてる限り一着とニ着は当たってるんでしょ?」

 二人は目を合わせ、「これだからお子様は……」とでも言わんばかりに肩をすくめ、大げさに首を振った。

 本当は貴方たち仲良いでしょ、という喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

「あのな兄ちゃん、同着じゃオレの払い戻しが安くなるやんか。こんな豆券買ってる奴と一緒なんてぜーったい嫌や」

「オレだってそんなことになったらトリガミになる。だいたいこいつと当たりを分け合うなんて気に食わん」

「はあ? こっちの台詞や!」

 それが口火となり、二人は言い争いを再開した。諦めて馬場のほうへ向き直る。

 時を同じくして電光掲示板のランプが点灯した。

「あ、点いた」

 三着に表示された数字は七番だった。

 四着には三番、その着差には「ハナ差」が表示された。二頭には馬の鼻先ほどの僅かな差しかない。

 だがそれは微差ではあるが競馬においては覆すことのできない大差である。

 悲喜こもごもの声があちこちで上がる。

「おっしゃ勝ったで! 競馬の神様はオレを見放さなかったわ!」

 言い争っていた男のうちの一人が叫び声とともに両手を天に突き上げる。

 大喜びする男の横で、手に持った馬券を宙へと放り投げてもうひとりの男は嘆いた。

「あんまりや! あんなんハナ差ないで!」 

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