悪役モブは退場予定のモブ仲間と幸せな隠居生活させていただきます。

花月夜れん

はなさないで

「婚約破棄だ!」

「そうですか、わかりましたわ! 後悔なさらないで下さいね」


 ここは乙女ゲームの世界で私は背景に溶け込むモブキャラクター。そう思うのは私がこの世界に生まれる前、前世の記憶を持っているからだ。そして、このやり取りを見るのは三度目。今度は悪役令嬢が優勢そうだ。

 私はこの役を三度経験している。

 一度目は婚約破棄された悪役令嬢の取り巻き令嬢として。そして、王子の策略により取り巻きの私達まで国外追放されてしまった。国外追放という名の暗殺だった。

 私には婚約者がいた。優しい、少しおバカな……婚約破棄した王子の取り巻きモブ。彼は私を庇ったせいで一緒に追放された。

 一緒なら怖くない。ゲームの主人公じゃなかったけれど、幸せだったのだ。モブなのに仲良しの婚約者がいて、なのに。


「手を離して!」

「駄目だ。絶対に離さない。今引き上げる」

「お願い手を離して!」


 私の不注意で足を踏み外し崖から落ちそうになり、彼がギリギリで手を掴んでくれていた。

 追手が彼の背中に剣を向ける。手を離して逃げてくれれば。だけど彼はそれを選ばなかった。

 だから、私はさよならと言って手を振りほどいた。

 どうか彼だけでも。


 気がつけばまた幼少期の私になっていた。二度目は巻き添えをくわないようにとゲームのシナリオ通りに動かず悪役令嬢から逃げました。

 するとどうでしょう。今度は悪役令嬢様の方が王子に婚約破棄を叩きつけました。だから大丈夫。今回は追放されないはず。なのに、今度はすべての罪を私の婚約者が被せられ追放され同じ道を辿る事になったのです。

 今度は私が崖の上。彼を女の私が引き上げるなんて事も出来なくて、涙を流し必死に食いしばります。

 手を離せ? そんな事できる訳が無い。

 お願いだ? 絶対に離したりしない。

 振りほどかれ目の前で落ちていくあなたを見て、私は後を追いかけた。あなたも同じ事をしたのかな。


 三度目。

 今度は王子と悪役令嬢がやり直した。私と彼は無事困難を乗り越えられたのだ。

 だけど、やっぱり心配だったので二人は遠くに引っ越したのです。彼らと二度と関わらない遠くへ。


「話してくれてありがとう」


 二度目。あまりに非現実的だったので彼には何も話さないでゲームシナリオを進行させていた。

 三度目。彼にすべて話して信じてもらい手伝ってもらえた。そして――。


「そろそろ手を離して下さい」

「絶対に離さない」


私だってずーっとはなさないでいて欲しい。だけど――。


「仕事、遅刻しますよ?」

「それは困るな。二人を守らないといけないもんな」


 私と彼は田舎でゆっくりとしたモブらしい小さいけれど幸せな生活を送っている。

 もうすぐ生まれてくる新しい命とともに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役モブは退場予定のモブ仲間と幸せな隠居生活させていただきます。 花月夜れん @kumizurenka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ