ラブホで三人、これからの感情④

 そして彼女はまた回転する。剥き出しの胸を揺らしながらくるくると回り、俺と美咲のいる場所へと近付く。曲に合わせてしなだれるように倒れ込む。彼女と俺の目線が合う。彼女は腰をストンと床に落とす。そのまま脚を開いて彼女の陰部を曝け出す。手を伸ばせば触れる程の距離に、彼女の裸体があった。けれども彼女は恥じらわず、大腿部に手を添えて更に大きく開脚した。顔を勢いよく後ろに反らせた反動で、胸がまた揺れる。脚を上げたまま、床につけた臀部を支えにしてくるりと回転し、四つん這いになった彼女は口元を歪めて、誘うような手招きと共に、指を器用に動かす。その姿は美しいだけではなくて、確かに情欲的でもあって、俺も思わず唾を飲み込み、目を見開いた。

 彼女はそのままスッと俺の目の前に真顔で顔を近付けた。彼女の息遣いが聞こえる程の距離で、彼女は腕を伸ばすが、その肌は俺には触れない。彼女は立ち上がり、ゆったりと歩いて俺と美咲から離れた位置に戻る。また彼女の体の隅々までを露わにするかのように、胸を張り、腕を頭上に真っ直ぐに上げ、両手を組み、大きく口を開けて、腰をくねらせた。そうかと思うと激しい曲調に変わるのに合わせて、服を脱ぎ捨てる前と同じように優雅に体を動かしていく。

 剥き出しの茉莉綾さんが、そこにいた。外出する時も、水着でさえ露出を控えている茉莉綾さんが、今は文字通り何も身に付けていない姿で堂々と踊っている。その姿に、どこか胸を打たれるものを感じるのは、俺が茉莉綾さんをよく知っているからというだけではないだろう。

 曲の終わりと共に、彼女はゼンマイの止まった人形のように崩れ落ち、静かに大きく息を吐いた。


「う、っわ。ヤバい!」


 次に顔を上げて顔を見せた茉莉綾さんは、いつもの彼女だった。俺はそんな彼女に目一杯の拍手を送った。隣からも同じように美咲が拍手をする音が聞こえる。


「お疲れ様」


 俺はいつも撮影を終えた時のような気持ちで、茉莉綾さんにそう言った。茉莉綾さんは「へへへ」と困ったように笑って、小さく頭を下げる。


「ど、どうもありがとうございました。ほ、本当は踊り終わってからもちゃんと立ち上がって挨拶したかったんだけど。ど、どうだった?」


 茉莉綾さんが不安そうに、俺を見る。


「綺麗だった」


 俺は素直に思った通りに感想を言った。


「あ、ありがとう。美咲ちゃんは?」


 茉莉綾さんは俺の隣にいる美咲を見る。そしてまた困ったような顔になって、頬をかいた。


「み、美咲ちゃん? 大丈夫?」


 俺も美咲を見る。茉莉綾さんをじっと見つめながら、美咲は泣いていた。スッと一筋の涙が美咲の頬を流れる


「だ、大丈夫です。何でだろ、なんか色々あり過ぎて情緒が。私の方こそすみません」


 美咲も自分自身、それに驚いたようで、慌てて涙を拭った。


「あ、感想ですよね。はい。すごかった、です。めちゃくちゃエロかったです」


 俺は美咲の言葉に笑った。


「うん。綺麗だったし、すごいエロかった」


 俺も美咲と同じ言葉を感想に加えた。間違いなく、ただ美しかっただけではなかった。俺は茉莉綾さんの本調子のパフォーマンスを客として初めて見た時のことを思い出した。俺はあの時も彼女の艶やかさに魅了された。


「二人ともありがとう。えと、ごめん。ちょっと良いかな?」


 茉莉綾さんは俺の方を見た後、さっきまでの堂々とした様子とは打って変わって、頬を赤く染めて目を泳がせた。


「た、立てない」

「え」


 茉莉綾さんはそう言って、床に倒れこんだ。緊張の糸が解けたせいか。


「ごめん、立ち上がらせて」

「えっと」


 俺は茉莉綾さんに手を貸そうと腰を少し上げたが、今の茉莉綾さんは全裸だ。そのまま抱き上げることに、少し躊躇いがあった。


「先輩」


 美咲がそんな俺の背中を手で押した。確かに、茉莉綾さんを抱え上げるのは美咲の力では無理だろう。俺は覚悟を決めて、茉莉綾さんに駆け寄る。


「ごめん、触るよ」


 俺は彼女の前で腰をおろして、脇の下に腕を潜り込ませた。そのまま茉莉綾さんをゆっくりと立ち上がらせる。


「あ、ありがとう」


 茉莉綾さんはそう言って、俺の肩に顎を乗せて背中に腕を回した。茉莉綾さんの柔らかい肌の感覚がほぼ直接伝わってくるが、今そんなことを気にしている場合ではない。俺は茉莉綾さんをゆっくり引きずって、ベッドの上に座らせた。そして彼女の脱ぎ捨てたバスローブを拾って彼女に羽織らせた。一応、前の方で紐を結んでおく。そうしている間、美咲は床に落ちていた茉莉綾さんの下着を拾って持って来て、茉莉綾さんに手渡した。


「う、わー。ホントにごめん! ダメだー、私」

「そんなことないです。ダメだなんてそんな。茉莉綾ちゃん、すごかったです! 何ですか、今の?」


 美咲は茉莉綾さんの隣に腰掛けて、目を輝かせながら尋ねた。涙もいつの間にか普通に引いているし、茉莉綾さんが踊る前の少しピリついた空気など、忘れているように見える。全く自分勝手な奴だな、と俺は思わず失笑した。


「二人とも私がダンスの動画よく見てるの知ってたでしょ?」


 俺も美咲も頷いた。俺も美咲が見学店のキャストをしていた頃、茉莉綾さんとシフトが被っていた時に一緒に動画を見ていたりしたのを覚えている。


「ダンス自体は昔から好きなの。それでね、今のでわかったと思うけど」


 茉莉綾さんは、いつものように「ふう」と息を整えてから、次の言葉を言う。


「私、ストリップやりたいんだ」


 それは俺も初めて聞く話だった。


「ストリップって、えっと、ちょっとだけよみたいな?」


 茉莉綾さんの言葉に対して、美咲がそんなことを言った。古いだろ、それは。美咲の反応に、茉莉綾さんはおかしそうに笑う。


「そうそう、それそれ。大学入ってすぐくらいの頃かなあ。サークルの友達の付き合いみたいな感じでストリップ劇場に行ったの。でも私も最初は美咲ちゃんくらいの感覚だったよ」


 茉莉綾さんはそう言って、首と肩を回す。少しずつ体の調子が戻ってきているようだ。


「そしたらもう圧巻で! 踊り子さんのパフォーマンスに、私は魅了された。それで私、その時思っちゃったんだ。あ、私この人みたいになりたいなって」


 茉莉綾さんは、狭いラブホの部屋の中、遠くを見つめるように天上を見上げた。


「私の夢で、憧れで」


 彼女の魅了された舞台を思い出しているのか、茉莉綾さんは恍惚とした表情で語る。


「見学店のバイト始めたのも、人の目線に慣れようと思ってたからだったりするんだよね。それがまあ、よくなかったわけですが」


 茉莉綾さんも茉莉綾さんで豪胆な性格の人だな、というのは最初に喫茶店に行った時から感じていたことだけど、昔から猪突猛進なのは変わらないらしい。


「知ってる? ストリップ劇場って言うとさっき美咲ちゃんが言ったみたいな、昭和の臭いみたいなのをイメージする人もいるけど、すごい綺麗なところも多くてね? 女性客も結構いるの。女性のお客さんの方が、男性よりも多い日もあるくらい」

「そうなんだ」


 茉莉綾さんがストリップをやりたいというのも初耳ではあったが、ストリップの実情みたいなものも初めて聞く話だな、と思った。そちらの話にも驚かされる。


「私も何度も行ったけど、その度に色々な人の色々なダンスが見れて楽しいの。何より、皆堂々としてる。そんなところに、私も憧れた」

「そうだったんですか」


 美咲が茉莉綾さんの言葉に、感心するように息を吐いた。


「でも、そんなこと知りませんでした。先輩は?」


 俺は美咲を見て、首を横に降る。


「いや、俺も初耳。前に何でお店やってるのか聞いた時は稼げるからとか言ってたけど」


 まあ、よく考えたらそれだけの理由でこれだけ長くキャストを続けるのも厳しいだろう。ただ続けるだけじゃない。茉莉綾さんは、迷惑客のせいでトラウマを負っている。その時点で店を辞めなかったのは何故だったのだろう、というのは少しだけ思ってはいた。


「ストリップやりたいなんて、簡単に人に言ってもドン引きされるだけだし。ハルトくんに言ったことも嘘じゃないよ? 実際すごい稼いでるし」

「ベテランだもんな」


 茉莉綾さんははにかみながら、ピースサインを作った。この調子だと、もう体調は大丈夫そうだ。


「そんなこと言ってるハルトくんもベテランスタッフさんでは?」

「俺はスタッフじゃねえのよ。あくまで手伝い」

「そんなこと言って、店長がイベント企画考える時とかも声掛けられたりしてるじゃん」

「それは人手足りないからだろ」


 いや、実際のところ店のどこに何があるかとか、客が退出した後の部屋の清掃の手順とか、もうある程度体に染み付いてるところはないでもないが。


「俺があの店で働き始めたのは美咲のせいだけどさ。あの店で続けて働いても良いと思ったのは茉莉綾さんがいたからだよ」

「ん? え?」


 茉莉綾さんが困惑気味に首を傾げた。そんな様子を見て、茉莉綾さんのこれまでのことを色々と思い出せる。


「さっきのダンス見てても思い出したよ。茉莉綾さんのパフォーマンスはエロくて、魅力的で、ああこれなら客がつく理由もわかるなって思った」

「ハルトくんはホントに、そういうの正直に言うよね」

「ヘンタイモンスターなので」


 美咲、今そういう場面じゃねえだろ。


「茉莉綾さんなら、なれると思うよ。茉莉綾さんの憧れに」

「だったら、嬉しいな」


 茉莉綾さんはニコリと笑う。それから「よいしょ」とベッドから降りた。もう脚も動くらしい。茉莉綾さんが、美咲の持って来た下着を拾い上げようとするのを見て、俺は「待った」と茉莉綾さんを制した。


「どうしたの、ハルトくん?」

「あ、いや。えーっと」


 俺はさっきの茉莉綾さんを思い出す。妖艶で美しくて、堂々としたあの姿。あれを写真におさめたいと思ったが、流石にさっきはスマホカメラを構える雰囲気ではなかった。


「えっと、せっかくだから茉莉綾さんの写真を撮りたいな、と」

「う、わ」


 美咲が俺を薄目で睨む。


「先輩、マジですか?」

「何でだよ、あれ見せられて写真撮りたいと思うのは、おかしくないだろ!」


 俺はヒいた眼差しを俺に向ける美咲に抗議した。それからベッドから立ち上がり、バスローブを羽織った茉莉綾さんに目を向けた。


「茉莉綾さんが初めて人前でストリップ踊った日を記録するのも悪くないと思う、んだけど。どう、かな?」


 茉莉綾さんはきょとんと目を丸くした後、おかしそうに吹き出した。


「全く、しょうがないですね。カメラマンさんは」


 そう言って、茉莉綾さんはスピーカーに接続したままだった彼女のスマホを取りに行った。


「はい」


 茉莉綾さんはスマホを少しだけ操作した後、俺に手渡した。カメラアプリが既に起動している。


「いいよ、撮って。さっきみたいな表情とかはできないかもだけど」

「ありがとう」

「こちらこそ」


 茉莉綾さんは、大きく息を吐いて呼吸を整えた。そして改めて深呼吸をした後に俺に背を向けると、肩に羽織ったバスローブをはらりと床に落とす。またしても産まれたままの姿になった茉莉綾さんの後ろ姿を俺は一枚撮った。スマホからシャッターが静寂な部屋の中に鳴り響く。その音を聞いて、茉莉綾さんは俺を振り向き、笑った。


「早いって」

「綺麗だったから」

「相変わらずだなあ」


 茉莉綾さんはくるりとこちらに体を向ける。まだ腕で胸を隠し、手で下腹部を抑えてはいる。


「どんな格好が良い?」

「茉莉綾さんがこれだと思う決めポーズを一枚」

「……わかった」


 茉莉綾さんは胸を押さえつけていた腕を天井に向けて、真っ直ぐに伸ばす。それから少しだけ上を向いて、俺を見下ろす。堂々とした姿はさっきと同じ。以前にWeb宣伝用の写真を撮影しま時と比べても恥も照れもない。今ここで、全てをさらけ出して、何か一つ茉莉綾さんの中で吹っ切れた様子を、俺は感じ取る。ただ、それでも茉莉綾さんの表情は、さっきのダンス中とは違って、真剣な面持ちではなかった。俺に視線を向けながら、どうしても顔が綻んでしまっている。できればダンスの時と同じ表情の茉莉綾さんを撮りたかったが、本人も言っていた通り、こればかりは、仕方ない。

 俺はスマホを構え直し、茉莉綾さんに向ける。そして優雅で、堂々とした裸体を晒す彼女の姿を一枚、パシャリとカメラにおさめた。

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