宅飲み招かれ、ある日のAV鑑賞③

 古宮さんの家まで戻ってきて、俺は二人の分のアイスとスプーンをそれぞれ手渡した。

 アイスを食べながら、古宮さんがまだ何本か観たいというので、俺は溜息をついて了承した。外に出て夜風を浴び、気持ちもスッキリしたところであるし、さっきよりは心穏やかに見れそうだったのもある。後は美咲に倣ってあまり飲み過ぎないように心掛けることにした。


「じゃあ新人デビュー系のやつにするか」


 アイスを食べ終わって、古宮さんは18歳Gカップ新人デビューとあおりのある作品を選んで再生した。

 さっきの妹モノのように、いきなり演技から始まるわけではなく、小綺麗な部屋でにこやかに椅子に座っている女性の全身像が映った。


『昨日はよく眠れた?』

『少し緊張しちゃって。いつもより寝るのが遅くなりました。でも早起きはしましたよ』

『自己紹介を』

『はい、よろしくお願いします』


 そんな風に、椅子に座っている女性がインタビュアーの質問に答えていく。

 そういや写真撮影の時に、撮影相手の心を開かせる手法みたいなのを一応調べた時に、最初にインタビュー形式で相手のことを聞いていく、というのがあったなあなどと思い出す。


「AVの最初が質問形式のイメージは確かにありましたね」

 美咲が何やら納得した風に言った。


「デビュー物だと特にね。インタビューしてからヌード撮影、それからセックス初絡みみたいな流れ?」


 言いながら、古宮さんはマドラーを片手に自分用のハイボールを作っていた。程々にしろって言ったのにな。まあ、ここは古宮さんの家だしこの間外で飲んだ時のようにタクシーに押し込むようなことは発生しないのが救いだ。


 最初の無難な質問が終わると「初体験はいつ?」「おっぱいは何カップ?」「好きな男性のタイプは?」などと突っ込んだ質問が続く。それに対してインタビューに答える女性は「15歳の時に部活の先輩と。体育館倉庫で」「Gカップです。昔は大きな胸がコンプレックスだったんですけど」「一緒にお話ししていて笑ってくれるような人が良いですね」などと、終始にこやかな表情のまま答えていく。


 インタビューが終わると、カメラマンの言葉に従い、女性が自分から服を脱いだ。

 そのまま、カメラマンがカメラを回して、色々なポーズの指示をして色々なアングルで映像を流していった。


『いいねいいねー。とってもエロいよ』


 などと俺が前に茉莉綾さん相手に言っていた、カメラマンのイメージ通りの声かけをするので俺は思わずにやけてしまった。


「先輩もこんな感じで撮るんですか?」

「裸にはしない」

「でも下着とかは撮るんですよね」

「服の下に見えるようなのは撮る。あんま脱がしたりしない」


 少なくとも下着姿をそのまま撮るということは美咲相手以外にはやっていない。


「ヘタレ童貞がとんでもないスケベになってしまいましたね」

「うるせえ」

「それで童貞なのですから、妄想力が爆発して仕方ないでしょう」

「んだよ、悪いか」

「いえ、それが先輩のためになっているのであれば」

「……うるせえ」


 そんな風に二人で言い合っているのに俺が美咲と話している間、古宮さんが静かなのに気づいた。どうしたのかと古宮さんの様子を見ると、テーブルに突っ伏してよだれを垂らしている。


「寝たぞこの人」

「おや、いつの間に」

「しょうがないな」


 俺は立ち上がると、リビングソファに置いてあったブランケットを古宮さんの肩にかけた。


「とりあえず放っとくか」

「まあこの人の家ですから」


 違いない。


『じゃあそろそろいこうか』


 そうしているうちに、画面の中では先程まで色々なポーズで映像を撮られていた全裸の女性が、大きく股を開いていた。


「先輩って童貞だから実際にどうなってるかは見たことないですよね」

「ねえが!?」


 美咲の容赦ない弄りに、俺は少し強めに応えた。


「でも古宮先輩脱がしたんじゃなかったでしたっけ?」

「脱がせてな……いや、脱がせたけど上だけな」


 あの時のハメ撮り風の写真は古宮さんの上半身だけが映るようにしていたから、下の方は履いてもらっていたままだった。ただ、あのまま俺が更にリアリティを追求していったなら──。


「リアリティって言っても限度があるよな。リアルではないんだから」

「そうでしょうか」


 画面の中で女優が大きく両腕を開いている姿に、ラブホの古宮さんを思い出した。あの時は妙な高揚感が勝ってはいたが、胸を曝け出した女性相手に俺は両手を握って、擬似的な性行為まではしていたわけだ。古宮さんにとってはあの写真は元カレ撃退の為に撮ったものではあるが、あれもまた一つのフィクションを撮っている。

 別に俺があの場で古宮さんと本当にセックスをして、たとえば今映像に写っているように二人の接合部を撮ったりすれば、それはもう疑いようのないリアルだった。


「古宮さんも言ってたけど、この作品だってファンタジーであってさ。全てにリアルがあるわけじゃない」


 リアルに肉薄しようとする精神はある。だが、それが本当に本物なのであれば、そこにはまた別の問題が生じる。


「AVで映る精子とかもあれ本物ではなくて作り物を使うんでしたっけ」

「みたいだよな」


 それ、全裸監督で観たわ。あのドラマでは、AV撮影にリアルを求めた監督が結果的に本物の性行為を撮影しようとしたりはしていたし、実際のAV監督の半生を描いているけれど、基本的にあれが許されるのはフィクションの話だからだ。


「よくある話だけど、本物のスナッフフィルムは本物ってだけでそこに芸術的だったり娯楽的価値が生じるわけじゃない。そうだったら、そもそもフィクションなんて存在する必要ないんだ」


 アダルトな物から子供向けの作品まで全て、そこにあるリアルとは違うものを求めて人は作品を受容する。

 画面の中で、18歳Gカップの女優の胸と腰が大きく揺れている。


「別に世の中にはフィクションじゃなくなって、娯楽は山ほどある」


 それこそセックスだってそう。スポーツやその観戦も、小説や映画に比べたらリアルな娯楽だ。リアルだから良いとか悪いとか、そこに区別はない。

 美咲や茉莉綾さんが働いた見学店や、なんなら他の風俗店だって、ある種のフィクションを提供しながら、リアルな体験をさせる娯楽だ。やはりそこに優劣はない。


「でも、私達はリアリティを求めます。多分、そこに自分自身を見るから」

「自分自身?」


 美咲は依然として画面から目を離さないまま、頷く。

 画面の中では、今度は女優が四つん這いになって、その後ろから男性が覆い被さる姿を正面から映し始めた。


「キャラクターが可愛い、格好いい。物語がスリリングだ、先が読めない。そういうのも小説を読む時に大事な要素の一つでしょう。それは間違いありません。でも、そこに生きる登場人物、それも自分とは全く違う生き方をするキャラクターの在り方に自分を重ねる。それこそフィクションの醍醐味ではないのでしょうか」


 それはそうだろう。これもまた否定されがちなことではあるが、人は少なからず作品に表現されるものに共感や感情移入を覚えるから楽しめる。


「AVは特にそれが欲望と直結しているから、わかりやすいですよね。客が願望するものがそのまま需要になる」


 美咲がいうほど、そう簡単な話でもないのだろうが、確かに他ジャンルより分かりやすいジャンルなのは確かだろう。


「別にそれはAVに限らず、一緒だとは思うけどな」

「そう思います」

「もちろん、人とは全く違う思考体系のキャラクターを描いている作品とかもある。それなら、そのキャラクターの特異さが面白さに繋がったりするかもしれないけど、それだって俺たちがという尺度を元に作品を観るからに他ならない」


 美咲は大きく頷いた。

 画面内では女性が男優とのキスを始めているところだった。キスをされながら、自分自身の股間に手を伸ばし、指を小刻みに動かしている。


「自分は感情移入や共感はしないと言う方もいます。私も割とその口ですが、そういう人でも、あくまでフィクションとは現実に根差したものであることを否定できないと思います」


 女性が自身の股間を弄りながら、悲鳴にも聞こえるような大声を出した。


「お、すごい」


 画面を観続けていた美咲が、絶頂する女優とびしょ濡れになるレンズを観て、感嘆の声をあげた。それから「ふふっ」と、おかしそうに吹き出して、俺の方を見た。その笑顔に、もはや落ち着いてきたはずの俺の心臓がドキリと動く。


「どうしたよ?」

「いえ。私達、AV観ながら普段の部室と変わらない話してると思いまして」

「あー、確かにな」


 はぁはぁという息切れの声が画面から聞こえてくる。

 美咲は未だ俺の方をにこやかに見つめていた。


「私、先輩と会う前は独りでしたから」


 美咲が言う。高校までは学校に通わずに引き篭もっていたという話は聞いたっけ。

 それがまあこんなになっちまって。


「先輩と創作の話するのも、こんな風に色々な体験ができるのも、楽しいです。私は」


 そんなもんは俺だって一緒だ。


 画面からの声は少し落ち着いてきていた。その代わり、ちらりと観てみると今度は男優が女性の股に顔を埋めている。ちゅぱちゅぱと女性の肌に舌と唇を這わせる音が聞こえてくる。


 部室であっても、こうした場であっても、美咲と話すのは俺だって楽しい。


「それは俺も──」

「うわ! 寝てた、わたし!?」


 ブランケットを肩からボトリと落として、古宮さんが顔をあげた。

 急なことに驚き、さっき美咲に微笑まれた時とは違う意味で俺の鼓動が跳ね上がる。


「古宮先輩おはようございます。寝てましたね」

「マジかあ」


 美咲に言われて、古宮さんがため息をついた。テーブルに思い切りよだれを垂らしている自分にも気付いて、古宮さんは慌ててティッシュを何枚も抜いて顔とテーブルを拭いた。


 俺も美咲も、それを見て笑いが堪えきれなくなって、お腹を抱えた。


「ちょっと。笑いすぎ。っていうか何? その雰囲気? え? もしかして君ら、人ん家で? 家主が寝てる間に?」


 アホ言うな。


「ずっとAV観てましたって。ほら、二本目終わりましたよ」


 美咲がテレビ画面を指差した。確かに、さっきまで映っていた全裸でよがる女優の姿がいなくなり、映像が暗くカットアウトするところだった。


「楽しかったです。色々と有意義な時間でした」

「そうだな」


 古宮さんは釈然としてなさそうな表情だったが「それなら良かったけど」と大きく伸びをした。


「というかそろそろ帰ります。終電になっちゃう」

「俺も。古宮さん、今日はごちそうさまでした」


 俺と美咲は立ち上がり、古宮さんにお辞儀をした。


「えー、泊まっていきなよー」

「いえ、今日はそのつもりなかったので。また今度」


 古宮さんが引き留めるのを、美咲がばっさりと断る。

 俺は美咲に言って、自分達が飲んだ酒の空き缶をゴミ袋に捨てていった。残ったつまみに関しては古宮さんが別に置いていって大丈夫というので、蓋を閉めてテーブルの上に並べて片す。


 古宮さんの家から出て、俺は美咲が自分の家の最寄り駅で降りるまで、ガラガラの電車の中、隣り合って座った。


「古宮先輩が使ってたサブスクってこれですかね」

 車内で揺られながら、美咲が古宮さんが観ていたAV視聴サイトをスマホで開いて俺に見せた。


「多分。入んの?」

「ちょっと他にも観てみようかと。先輩は観ないんです?」

「あんまそういうの聞かないの」


 今日AVを通しで観たことで、観る機会ができた時に観ること自体は増えるかもしれないけども。


「ほら、見てくださいよ。裸なしのグラビアとかもいっぱい観れますよ。先輩もこういうのは観といた方が」

「あー、それはそうかも」


 などと、車内でも話を続けるうちに美咲の住む家の最寄駅に着く。


「では先輩、また部室で」

「ああ、またな」


 俺は美咲を見送ると、ただ静かに自分の姿が映るガラスを静かに見ながら、電車に揺られ続けた。

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