滅びゆく恋の物語

金澤流都

約束された滅び

 この世界が壊れてしまう夢を見た。わたしは怖くて怖くて、目を覚ますなり彼のもとに向かった。着替える余裕すらなかったほどに、わたしはとてもとても、焦っていた。

 わたしの「力」は「夢が現実になる」というものだ。いや、世界が滅びに向かっているのは何年も前から言われている学説だ。でもそれの裏打ちをされてしまったのが、恐ろしくて恐ろしくて、彼の顔を見るなりその胸に飛び込んだ。


「どうした? まだ寝間着じゃないか」


「世界が滅びちゃう夢を見た……怖い。本当に、この世界は滅びちゃうんだ」


「落ち着け。とりあえず着替えてこい」


「怖いよ……怖い。ねえ、世界が滅びるときも、あなたの『抱きしめる』力は使える?」


 分からないなあ、と彼は笑ったけれど、その瞳には揺らぎのない意志があった。

 わたしはその体質から、幼いころから夢占いの巫女として育った。彼はわたしに仕えるために選ばれた戦士だった。

 彼には「抱きしめる」という力があり、先代の戦士長を見事に鯖折りにして戦士選抜試験を突破したのだった。先代の戦士長はわたしの魔法で回復したものの、しばらく彼を恨み、それに飽きたら彼のことを、自分が負けたというのに武勇伝としてあちこちで語って、彼は周りの人から「戦士長のお気に入り」と認識されるようになったほどだ。

 その戦士長が戦傷が元で死んでしまったのも、きっかけはわたしの夢だった。

 わたしは死神なのだと何度も己の力を呪った。そしていま、わたしは死神でなく、世界を滅ぼす破壊者になろうとしていた。


 世界は、少しずつ縮み始めた。

 円盤状の世界の果てが、ぼろぼろと崩落し始めたのだ。それはもう誰にも止められない滅びだった。

 王はたくさんの学者を城に招いて、なんとか滅びを止められないか、と学者たちに尋ねたが、それはできない、と学者たちは答えた。

 王はその日から放蕩三昧を始めた。遊女をたくさん城に呼び、世界中から美酒や珍味を集めた。あの偉大な王がこうまでなるのか、と、世のひとは絶望した。

 そして誰もが刹那的な欲望に走り、殺したり盗んだり奪ったりするようになった。それが咎められることもなかった。


 神殿の戦士たちも多くがそういう欲望に魅入られ、巫女たちも同じくなり、神殿にはわたしと彼だけが残った。

 この神殿は世界の中央にある。


 そしてある朝目覚めたら、神殿のまわりの世界がなくなっていた。毎年花が咲くのを楽しみにしていた木も、遠くに霞む雄大な山々も。風すら吹かない、石造りの神殿だけが残されて、その神殿も外壁や地面からどんどん崩れていく。

 神殿中央にある救いの神の像――そんな神はいないことがわかったわけだが――、その前に彼と二人で座り込んだ。彼はそっと腕を伸ばしてきて、わたしを抱き寄せた。


「わたしを、はなさないで」


「わかってる。永遠に、二人っきりでいよう。誰にも邪魔されないんだ。永遠に……」


 足元から世界が崩壊してゆく。

 わたしと彼の体は淡く輝いて、まるで高級な発泡葡萄酒の泡のようにぱちぱちと爆ぜて消えていく。

 意識を手放せば、ただただ幸福がそこにあった。一緒に消えてしまおう。一緒に。


 そしてそこに残ったのは、「抱きしめる」という力だけだった。いくあてのなくなった力は、わたしの存在した影を抱きしめながら、光の環となって輝きつづけたのだった。

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滅びゆく恋の物語 金澤流都 @kanezya

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