話を聞いて聞下内さん‼

山岡咲美

話を聞いて聞下内さん‼

話雅はなしがくん、幼馴染の彼女のことあげて……」

 僕の彼女、聞下内きかないさんは突然おかしなことを言う。


「なんのこと聞下内さん?」

 僕はまたかと思った。


「話雅くん、幼馴染の隣野となりのさんと付き合ってるんでしょ!」

 聞下内さんはまるでドラマのワンシーンのように僕に向かって感情的に叫んだ。


「聞下内さん、落ち着こうか、とりあえずここ教室だし」

 クラスのみんなが僕を見る。

 イヤ、高校の教室で修羅場を演じてるからでも、僕が浮気グズ野郎だからでも無い。

 クラスメイトは僕に同情の眼差しを向けているのだ。


「落ち着いてなんていられないわ、だってわたし見たんだもん!」

 聞下内さん、もしこれが演技だとしたら世界が泣くレベルの名演技なんだけど……。


「何を見たの聞下内さん?」

 僕には心当たりが無い。


「この前、隣野さんと二人仲良く街を歩いてたじゃない‼」

 聞下内さんは顔をハンカチでおおい、泣き崩れた。


 わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん‼


(――それだけ?)


「聞下内さん落ち着いて、それただの高校からの帰り道だよ、だって隣野さんの家、僕の家のマンションの同じフロアだよ!」

 当然一緒になることもある。


「イヤ! ! 言い訳なんか聞きたくない‼」

 聞下内さんが耳を塞ぎ僕の言葉をさえぎる。


「どうしたん話雅?」

 隣野さんが僕に声をかける、手をハンカチでふきながら女子トイレからご帰還のご様子だ。

 隣野もクラスメイトの一人だった。


「隣野さん……」

 聞下内さんが僕の影に隠れながら隣野を恨めしそうに見つめる。


「ああ隣野、僕と隣野が付き合ってることになってるらしい……」

 僕は経緯を隣野に説明する。


「…………なんで?」

 隣野にしても驚きの話だ。

 当然だ、僕と隣野は付き合ってないんだから。


「二人で帰るところ見て誤解したらしい」

 僕は「なんで?」かの説明をする。


「あー、」

 隣野の反応は淡白だ、隣野にとっても聞下内さんの妄言は日常茶飯事なのだ。


「聞下内さん、私と話雅は付き合ってないよ、安心して」

 隣野も説明してくれる。


(通じるか⁉ 聞下内さん‼)


「隣野さん話は解ったわ、でも本当は私達の事を引きほしいの、わたしは話雅くんのことが好きだから…………」

 感動の名シーンみたいな台詞だ。

 そして全然話は聞いて無い‼


「話雅ちょっと」

 隣野が僕に人指でチョイチョイと指招きをする。

 僕に対する扱いが雑すぎないか隣野……。


「なんだよ」

 僕はまるで悲劇のヒロインみたいに僕を見送る聞下内さんをおいて、隣野に近づく。


「え!? 嫌だよ! ココ教室だよ? なんでそんなことを……」

 隣野が僕に耳打ちをする。

 僕はたぶんすごい嫌そうな顔をしていたと思う。


「ほら行って!」

 隣野が僕を聞下内さんの方へと押し出す。


(えーーーー? マジかーーーー!) 


「ずいぶんと仲がいいのね……」

 聞下内さんがなんだかすてられた女風ムーブをしている…………。


 僕は聞下内さんをそっと抱きしめる。


 おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


 クラスが感嘆の声をあげた。


(恥ずかしい……)


「話雅くん⁉」

 聞下内さんの顔が赤く染まり、こわばった表情が柔らかなものへと変わる。


「僕が好きなのは聞下内さんだけだよ」

 僕は聞下内さんを抱きしめたまま、そう耳元でささやいた。


「話雅くん♪」

 聞下内さんも僕を抱きしめる。


 *


「おーい、話雅、聞下内、もういいか〜?」

 担任の数学教師、担沢任兵衛たんざわにんべい先生が数学の教科書をもって教壇で授業を始めたがっている。


「あ、ハイ先生もう大丈夫です!」

 僕は聞下内さんを引き剥がし、隣野の席の隣の、僕の席につく。


「もう、テレ屋さんなんだから!」

 聞下内さんが嬉しそうにそう言った。


 聞下内さんは話を聞かない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

話を聞いて聞下内さん‼ 山岡咲美 @sakumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ