はなさないで

金谷さとる

慣れぬ場所

 


「はなさないでね」


 記憶を手繰ればそんな言葉と冷たい手を思い出す。

 状況がよくわかっていないおれはお姉ちゃんがママに「わかった」とこたえていたのになにか拗ねていたような気がする。確か約束を守ってもらえなくて拗ねていた。今となってはその内容も覚えてない、つまりたあいもないことだったのだろうけど。ただ、小さかったおれには大事なことだったから拗ねていた。だからさいごのママの顔を思い出せない。

 ばたばたとあまりにも忙しなく状況が、環境が変わっていって気がつけばおかあさんの家に居たような気がする。

 伯父さんとおかあさんの旦那さん(おじさん)が二人してパパ……父の情けなさについて語り合っていたような気がする。その中におれと姉をどちらが引き取るかも話題になっていて、おれを抱きしめる姉の手が痛かった。

 おかあさんは母の友人で姉とおれに「家族になるのよ」と目線を合わせてくれた。

 あの時点でおれはまだ母の死をきちんと理解していなかったんだと思う。

 それでも時間が流れれば生活には慣れていくもので、おばさんと呼んでいたおかあさんをおかあさんと呼ぶようになっていった。おじさんはおじさんかおかあさんの旦那さんである。

 だって父と同じであまりにも留守が多い人だったから。

 今ならオッさんフットワーク軽過ぎだなぁと思うけど。全部おかあさん任せだったし。うん。伯父さんやイトコ達がしょっちゅうかまってくれてはいたけど。

 むしろ、あの頃姉の過干渉に息が詰まりそうだった。今思えば姉も変化に対応できてないだけだったのだろうけど。

 ネオンに会ったのはようやく短時間くらいは姉からかいほうされるそんな時期だった。

 姉からすこし自由になるといっても、近所を探検がてら散歩するぐらい。

 おかあさんの家は住宅地にあって特徴的な住宅はたまにあるけれど、どちらかと言えば似たような住宅が多かった。

 いつも姉やイトコ達に連れまわされていて道順をあまり意識していなかったのもある。

 金網で封鎖された隙間を前にしてしゃがんでいる女の子。それがネオンだった。

 具合でも悪いのかと思った。

 ただ、怪我をした猫を確保している幼女だった。

 ついでに不思議そうに「ここ、しらないばしょ」と言われたおれが困惑したのはいうまでもない。

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