はなさないで

もと

うっせえ知るかそんなもん

「ですよねー」

「ねー」

 という訳で、異世界から地球を滅ぼしに来たと語るオジサンと雑談をしてる。

「腕、痛くないですか?」

「ウン、大丈夫だよ、地球の生物は優しいンだね」

 オジサンは地面に空いた真っ暗な穴から体を半分出した状態で止まってる。向こう側の機械の故障とかで、地球に出ることも異世界側に戻ることも出来なくなってる。僕は、穴に落ちたっぽい可哀想なオジサンを助けようと手首を掴んだのに実は侵略者だったという、僕自身もだいぶ可哀想な状態になってる。

「えっと、どうですか」

「あ、まだ何の連絡もないからエラーが出てるンじゃないかな、もう少し動けないと思うヨ」

「そうですか」

「いやー、ごめんネ、巻き込んじゃって」

「ああいや別に、暇だったんで大丈夫です」

「ホント優しいネ」

 僕はオジサンの手首を握って、オジサンは僕の手首を握ってる。結構ガッチリ繋がってる。これは、大変だ人だ助けなきゃって焦って引っ張ろうとした名残なごり 。すぐに「あれ?」ってなって、なんとなく無難な挨拶をして、侵略の事とか異世界の事を少し話して分かったけど多分、手、離してもオジサンはピクリとも動かない。黒い穴の真ん中で、太めのお腹辺りが何かに上手いこと固定されてる。異世界のエラーって大変なんだな。まあいいか、悪いヤツを捕まえておいてると思えばいいか、オジサンと少し触れあってるだけだよ。でも、出来れば誰か大人に通りがかって欲しい、そして手伝って欲しい、あわよくばこんな大役から離れたい。

「ところでキミ、こんな所で何してンの?」

「あ、えっと、まあ、なんというか」

「あ、待って待って、当てたいナ」

「あ、はい、どうぞ」

「登山?」

「ブー、です」

「昆虫採集?」

「ブー、です」

「キャンプ?」

「ブー」

 当たるはずがない。「いやー、難しいネ」とオジサンは笑ってる。だからさっきみたいな雑談、しとこうよ。

 オジサンの住む世界は、地球からものすごく遠い所にあるらしい。時空をヒョイヒョイ超えて、アチコチの星に行っては知的生物を全滅させ、普段使わない物をしまう物置の星にしたり、子供用の庭にしたりするのがオジサンの仕事。地球は見た目が良いから別荘として売る予定。そっか、地球ってそんな感じなんだ。なんかちょっと嬉しい。

「アレ?」

「どうしたんですか?」

「なんかチョット、あれ? アレ? 雰囲気がおかしいネ、ハハハ」

「大丈夫ですか?」

「ウーン、どうだろう? ハハハ」

「なんか、汗? 汁? 出てますよ、苦しいんですか?」

「ウーン、ハハハ、まあネ」

「どうしよう」

「ハハハ、もうホント馬鹿みたいに優しいのネ」

 オジサンの表情は変わらないけどオレンジ色のツヤツヤした液体が人間の汗みたいに出てる。下半身、どうなっちゃってるんだろう。

 握り合ってる手首、僕の手首の方が折れそう、痛いのかな、離しておけば良かった、左手にしておけば良かった、利き手が使えなくなったら困る、こんな細い腕なんか粉々に出来るんじゃないかな、オジサン、痛いのかな。

「アッ、ああもうネ、引っ張ったりしなくてイイヨ、ありがとネ」

「いやでも」

「仕方ないヨ、こういう仕事は危険が付き物。こういう事故も何万回に一回ぐらいあるのサ。仕方ないネ」

「でも」

「アッ、アアッ、あのネ、一つだけお願いアッしてもイイかナ? キミ達を殺しに来ておいてアレなんだけどサ、図々アッしいんだけどサ」

「はい」

「はなさないで」

「あ、はい」

 オジサンの口から、目とか耳からも体液が出てきてるから聞き取り辛かった。体液、血かな。オレンジ色が濃くなってる。

 それより、手を離さないでって事でいいのかな? 喋るなって事? 「はい」って言っちゃったし、なんかこんな状況で「どっちですか」なんて聞くのも悪い気がする。もう僕の手首の骨はミシミシいってる。ただ強く握るオジサン、痛いのかな。多分、穴が閉じてきてるんだと思う。黒い空間の真ん中で浮いてるみたいだったオジサンが、今はピッタリはまってる。このまま穴が閉まったら、体が半分になっちゃうんじゃないのかな。

「……ハハハ、参ったネ」

「……」

「アッあのネ、もし私の後に誰か来たら伝言、頼んでイイかナ?」

「……はい」

「地球、やめとけって。ここは優しい人がいるからアッ、アッ子供の夏休みの自由研究とかで、他惑星の観察とかで使うように、保存アッ」

「あ」

「……結婚、したかったナア」

「え」

「……お金貯めてるうちに歳だけ取っちゃって、ネ」

「……そうなんですか」

「アッ」

 ギリギリ繋がってた胴体がギュッと押し出されて千切れた。オレンジ色の血が広がって、白い煙が上がる。オジサンの手がポロリと落ちた。僕の手首には真っ赤な指のあと。裏、表、四本、一本、指の痕。

 励ましたり、なんか色々、怖くないですよとか言ってあげれば良かったかな。痕を見てるうちに、オジサンの最後のかたまりが白くけむって消えた。普通に「離さないで」だったのかな、やっぱり。最後の最後だったのに、なんか冷たい態度になっちゃったかも知れない。ごめんね。

 ――伝言、頼まれちゃったな。

 急にリュックの中身が重くなった。首を吊るためのロープがゲラゲラ笑ってる。百円で買った赤い折り畳み式の踏み台が「お前、地球の救世主じゃん!」と跳ねてる。何かで使うかもと持ってきたハサミが「誉めてつかわす」とか言ってる。軍手が拍手してる、ポフポフポフポフって変な音で拍手してる。学生証の写真が頷いてる。僕の声で「死ぬなよ」って、僕の声で「死ね」って、僕の声で「生きろよ」、僕の声が「死ね」、死ね、生きるな、死ね、囁きながら叫んでる。

 座り込んでた足元、紫色の小さな花がピンと揺れた。

 うちの庭のチューリップは喋る。もう少し、アイツらの話を聞いてあげようかな。オジサンの伝言はチューリップにでも託そう。それで、またここに来よう。それがいい。




 タイトル

 『半分になったオジサンと僕』

 おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はなさないで もと @motoguru_maya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

トリあえず

★3 詩・童話・その他 完結済 1話